PAGE.419「強き者の資格」
「……」
街の墓場はかなり静かだ。
騒がしい墓場なんてあるはずがない。騒ぎ立てる人間はよほどの罰当たりだ。
霧に包まれたこの街。その外れにあるこの場所は不気味である。その中で一人、ラチェットは用意されたベンチで一人腰掛けている。
「ここにいたか、少年」
足音が聞こえる。金属交じりのこの音は甲冑の音。
振り向くとナーヴァが一人、彼の元へと赴いて来る。
「こんなところで何をしている」
「考え事をしたい時がある。アイツらと比べて、俺はナイーブだからナ」
ベンチに腰掛ける彼の横に並ぶナーヴァ。
ふと横に向けた視線の中で、ラチェットは両手を小刻みに震えさせる。
「かの精霊皇に選ばれた戦士。第二の戦争を止める勇者と選ばれた者が意外だな……こうも、恐怖する人間とは」
ナーヴァは今、外で起きている戦争とやらがどれほどのものかは知らない。
だが、彼もまた……魔族界戦争が起きていた当初より生きた魔族の一人である。魔族故にその寿命は長い。軽く見積もってもその命は千年近く。
彼は当時の魔族界戦争の恐ろしさをその身をもって知っている。
人間も魔族も互いにとっては地獄のような風景であっただろう。外で起きているのはその悪夢の再現、場合によっては以前よりも悲惨な末路を辿りつつある悲劇が起きているのかもしれないとナーヴァは理解している。
その戦争を終わらせるために選ばれ立ち上がった少年。
その見た目は想像よりも若く想像よりも弱い。以前、世界を救うため前線に立って猛威を振るった無双の精霊皇と比べると、その差は歴然である。
何より、最も印象的だったのはその心の弱さだ。
彼は世界を救うと口にした。友を守るために皆の生きる世界を守るという覚悟を確かにその目で見せてくれた。
……だがそれと同じほど、彼はとても優しく甘い一面もあった。
世界を救うため、彼は老体でしかないロード相手に強硬してでも居場所を吐かせようという真似はしなかった。精霊皇のように多少の強引さや傲慢な一面が見え隠れしつつも、少年は以前のカルナやロードのような輝きだけを見せてくれた。
カルナとの死闘。最後の最後で彼は迷った。
カルナは元を辿れば人間であった。だが、数百年という長い歴史、彼を救おうと動いていたロードやナーヴァを気遣おうとした。殺す以外に方法はないモノかと希望を見出そうとしていた。
今もまだ。
彼を殺したことの罪悪感で一人、この場で懺悔していたのだろう。
「……君の気持ちがどうであれ、私はこう伝えたい」
ナーヴァは霧の空を見上げる。
「ありがとう。彼を救ってくれて」
「……カルナとロードの出会いは城で聞いたよ」
同じ志を持つ戦士同士惹かれ合い、ともに立ち上がった仲間。
千年という長い歴史が経とうと、その絆は断たれることはなかった。
「だが、お前とカルナの話は聞いたことがナイ……あれだけ、必死になってアイツを救おうとしていたんダ。数百年という時が経っても、ずっと」
「私も彼に救われた身でね……物好きな人間だとは思ったが、今でも熱意は胸に残っている」
当時の事を深くは掘り返さず、霧のように多少モヤのかかった言い方で話してくれる。
「恩人だった。私にとって、彼は師であり友だった」
「ずっと数百年も」
「私はお世辞にも強いとは言えなくてね。彼が魔族に取りつかれてすぐに助けることは出来なかった。この悲劇をロードに伝える事も出来なかった」
そっと、ナーヴァは自身の拳へ目を向ける。
「私は弱かったのだよ……私は何度も“覚悟”が出来なかった……気が付けば、こうして老体となって“他人に救いを求める”ほどに弱くなってしまった」
それほどに彼は大きな存在だった。
超えることは出来ず、救う事が出来なかった。
「戦士としての君は弱い……だけど、強い」
「……お前ほどじゃねえヨ」
ラチェットは立ち上がる。
まだ多少のモヤこそあるが、気持ちを落ち着けるには充分な時間をかけた。あと数十時間もたてば……剣を受け取り、決戦へと赴くこととなる。
鋼の戦士・サーストン。
彼の妄執を……彼のエゴを、終わらせるために。
今のうちに睡眠をとる必要があった。
椅子に座ってうつ伏せなんて不規則な眠り方ではなく、ちゃんとしたベッドの上で悪夢にうなされる事もない癒しの祈りを込めた眠りを。
「じゃあナ、ちょっと眠ってくる」
墓場から立ち去り、軽く片手を振る
「ああ、彼等みたいに……真っ直ぐで」
霧へと消えていく少年。
若かりし時の“カルナとロード”の面影が移って見えていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
後日。フォドラ門外平原。
ガルドは予定通り離陸を開始する。
「霧が……晴れてきた」
甲板には一人、ラチェットが晴れていく霧の中で空を見上げている。
剣は受け取った。これにより役者は揃った。
世界の命運をかけた戦いが……待っている。
エゴとエゴ。
戦士達の死に場所の名は……フレスキア平原だ。
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