PAGE.416「邪卿カルナ」


 先手を打ったのはラチェットだった。

 レプリカの剣でどこまで行けるかは分からない。先に向こうを動かすことを頭に入れていた。

『___ッ!!』

 黒い鎧の中からは、最早人間のものとは思えない悲鳴のような声が上がる。

 その剣は想定していた物よりも遥かに巨大。長身であるカルナと同じ長さの剣を豪快に振り回し、ラチェットへと振り下ろす。

「くっ!」

 受け止める。先に仕掛けたのはラチェットだというのに、それよりも早い足取りでカルナはリーチを活かした攻撃で攻めよってきたのだ。

 国を背負い続けてきた騎士の一撃。重くのしかかる。

 今の彼に国の事を想う心はまだ残っているのか。それとも、破壊の衝動だけに支配された本能のまま剣を振り下ろすのか。その一撃は数十年程度の若人の身にはあまりにも重すぎる。

「やぁあっ!」

 コーテナは既に魔王の力を解き放っている。以前行ったギリギリまでの解放の反動がまだ残ってる故に出せる力は四割程度。いつもの本調子にも満たない体ではあるが、ラチェットへと降りかかる災厄を薙ぎ払うには有り余る。

「お願いです! 目を覚ましてください!!」

 カルナの頭上から黒い炎を纏った一撃が振り下ろされる。無理だと言われても尚、彼を救えないかと言う懇願を叫びながら。

『ッ!!!』

 長身のそれにはあまりにアクロバットな動き。

 前方にいたラチェットを蹴り飛ばすと同時、頭上から襲い掛かってきたコーテナの横腹に、肥大化した片腕が鞭のように叩きつけられる。

「がはっ!?」「うわあぁッ!?」

 二人とも、それぞれ違う方向へと吹っ飛ばされる。

 誰も足をつけていない遺跡だ。微生物による分解で壁は壊れ始め、少年少女の身を支えた直後に崩壊するまでには脆くなっている。

「チッ……!!」

 ラチェットは立ち上がり、仮面に手を触れる。

「これが……歴史に名を刻んだ英雄、かッ……!!」

 重い一撃をぶつける必要がある。それだけの強敵。お手並み拝見だなんてカッコつけていられる状況ではない。

「あれだけの動き……それにこれだけ壁が脆いんだッ。外したら……!」


 見た目の癖に派手に動き回る。この狭い部屋でいつもの殲滅兵器を使用するにはあまりの制限がかかる。

 数百発の砲弾は使えない。使うにもスペースが足りない上に、これだけ狭い空間では仲間達を巻き込む可能性がある。使えるとなれば……出力を調整できる殲滅の極光のみだ。

 だが、出力を控えたとしてもその威力は計り知れない。万が一、その攻撃を外して遺跡の壁に命中したとなれば全員纏めて生き埋めになる可能性だって否めないのだ。

「俺だって! 気を逸らすことくらいは出来るはずだぜ!!」

 スカルだって日々トレーニングを重ねてきたのだ。

 この一年。受けてきた仕事の数は計り知れず。その力仕事の数はメモ帳一冊で補完するには足りない数である。

「こんなヒョロヒョロの騎士の一撃なんて! 俺が受け止めて、」

『___!!!!』

 騎士の呻き声。同時に降りかかる剣。スカルは堂々と胸を張って、その一撃を“鋼鉄化した体”で受け止めてみせる。

(……くっはぁ!? 重たすぎるぜぇええええ!?)

 頑丈化した体とはいえ、その一撃は相当なものだった。

(だが掴んだ!! 絶対に離さねぇぞ、おいッ!!)

 こんなものをよくも生身で耐えたものだとスカルは絶句する。彼の体は精霊皇の加護がある故に頑丈にはなってはいる。それをもってしても、体の頑丈さならスカルの方が上なだけに、彼がどれだけ我慢強い性格なのかが理解できてしまった。

 だが彼の一撃を受け止める事には成功している。生まれつきの馬鹿力でその剣を鷲掴む。


「スカル! そのまま押さえておくんだよ!」

 カルナの背後にオボロが迫る。

『!』

「させるかよっ!」

 背後に回ったオボロを馬の如く後ろ蹴りで追い払おうとしたカルナをしっかりと羽交い絞めで引き受ける。流石の馬鹿力だ、何分耐えられるかは分からないが、オボロの思惑が上手くいくかどうかの確認が取れるまでは踏ん張り続ける。

「それが、お邪魔するよっ!」

 鎧にピタリと両手を触れる。

 そう、彼女の魔衝は触れたものを爆弾に変える事。しかもその爆発の範囲は調整こそできるため、触れたその矢先に死滅させることだってあり得る。

 生命の鼓動が流れるモノ。生物に対しては使用できない能力ではあるのだが、その上に纏われた鎧であるなら話は別となる。

「……くっ! ダメかい!」

 しかし、オボロはすぐに両手を離して離脱する。

「鎧も体と完全に一体化してる! 効かない!」

 彼女の魔衝の構造としては、触れた物体の中に爆発関係の因子を放り込み、それが時限式として肥大化し物体を爆破させるというものだ。しかし、生物にそれを注入しようとすると、その体内に入っている抗体因子により死滅させられてしまうため、無力化されてしまうのだ。

 カルナが纏う鎧。あれもまた、魔物に取りつかれたカルナの手によって完全に体と一体化してしまっているようだった。あらゆる細胞が鎧の中で蠢いている。

「マジかよ……!」

「我が目よ」

 アタリスが目を光らせる。本体直接を燃やす。それを試みた。

「……やはり、対魔法用の仕掛けは施されてるか。ならば!」

 精霊騎士同様。その鎧には魔法の反射が施されている。

「奴をこちらに投げつけろ!」

「本当にいいのか! ブチまけて言っとくけどコイツ、マジのマジでトンデもねぇぜ!?」

 予測済みの展開であった。対魔法反射の鎧をつけていない騎士などこのご時世ほとんどいない。魔族界戦争終期手前より戦い続けてきた戦士ともなれば、その仕掛けが施されていないわけがない。

「構わん! やれ!」

「ぬううぉおおりゃぁあああああッ!!」

 それは予測していた。ならばと別の作戦に切り替える。


「奴から離れろ! 炎で奴を飲み込む!」

 “空間”そのものの爆破だ。

 飛んできたカルナ。そこに再びアタリスは赤い瞳を向ける。

 ___カルナは火に飲み込まれる。

 とはいえ、遺跡が崩れない事を考えての火力だ。一撃で吹っ飛ばすには足りない火力であることを彼女は理解している。騎士カルナは地に転がる。

「逃がさんぞ。畳みかける」

 片腕から“炎の剣”を具現化する。

 父であるヴラッドより受け継いだ唯一無二の能力。かの有名な騎士が相手となれば、その白兵戦の実力は未知の領域ではある。だが、彼女はそれをむしろ興味と捉え、全力で迫り寄る。

『ッ!』

 黒き騎士と化したカルナは起き上がる。追撃を防御するつもりのようだ。

『……!!』

 だがその矢先、体の違和感を覚え、震えを見せる。

「逃がすわけないだが!!」

 黒い縄。無数の影がカルナの体を縛り付ける。

 クロの魔衝だ。地面から立ち上がることまでは阻止できなかったが、その両足と両手を拘束してみせる。

「ありがとう、クロ!」

 彼の動きを止めるように指示したのはルノアであった。正面から自身の剣を力任せに振るって圧倒する。自由を奪われた今の状況ならばそれが可能である。

 左右両方からアタリスとルノアの両方が迫り寄る。炎の剣、そして巨大な剣。対魔法反射だろうと関係のない武具を挟み撃ちで仕掛けに入る。

『___ァッ!!』

 しかし、英傑の力は底知れない。

「ぐっ!?」

 振りほどかれてしまう。クロの影の拘束は。

「言葉通りトンデもねぇ……!?」

 自由を取り戻した騎士カルナは左右より襲い掛かる二人の戦士を相手に剣を振り回す。人間のそれとは常軌から外れてしまった類なき一撃を。

「ほほう……!」「うわっ!?」

 アタリスは間一髪でそれを回避。ルノアは回避が間に合わず大剣による防御を選択。コーテナ達と同様受け止め切られずに吹っ飛ばされ、ボールのように地面を跳ねて、転がっていく。

「何とか、動きを止められればッ……!」

「ボクが何とかする!」

 コーテナは出力を上げる。魔族化に体が耐えきれるかどうかは分からない。四割程度の力を五割へと引きあげる。

「うぐっ……?」

「コーテナ! 無茶をするな!」

「平気……だよっ!!」

 強がりながらも再びカルナへと突っ込んでいく。

 攻撃を回避し、今も尚反撃を続けているアタリスの援護もある。二人がかりで無力化を試みる。

 しかし、二人の手をもってしてもカルナの動きは止まらない。

 疲労もダメージも一切見えはしない。底知れぬ魔力の気配と頑丈な体。人間と魔物の類を越えてしまった怪物は雄たけびを上げながら武器を振り回す。



 獣。あまりにも獣。

 そこには伝記で記されているような英雄の姿はない。


「これが、英雄だと……」

 ただ一人。その獣のような姿をした騎士を見て___

 フリジオは、レイピアを片手に立ち呆けていた。

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