PAGE.415「千年の歴史を救った英雄の真実(その3)」
偉く高貴で、とてもお人よし。
人間と魔族、分かり合えぬはずの存在。故に世界の命運をかけた戦争が起きたというのに……あの男は、どこまでもロマンチストで、どこまでも甘ったれた男だった。
世界が完成した直後。それでもなお、フォドラを脅かすものは多かった。
結界の影響を受けず、この霧の世界へと迷い込むイレギュラーの存在。
英雄カルナに安息の時間はなく、その命を常に張り続けていた。
ある日の事だった。
『逃げろっ! ナーヴァ!!』
彼は体こそ若くとも、その精神は既に老人だった。
感覚面での限界は訪れている。それでもなお油断をすることはなく、どのような魔物が相手であれど無双の強さを誇り続けていた。
『このことをっ……ロードに伝えろ……ッ!』
そうだ。彼が敗北した原因は彼にはない。
『頼んだ、ぞ……ッ!』
そうだ。彼が敗れたのは___
彼以外の人物のほんの一瞬の油断。そうだ……その原因は。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
遺跡の奥で待ち構えていたのは黒の甲冑を身に着けた騎士だった。
染まり切った甲冑はところどころで錆びている。パズルのように欠けた部分からは風船のように膨張し腫れあがった肉のようなものが顔を出し、首根っこは骨が抜けているかのようにぐらんと揺れ続ける。
そこにいるのは人間というには生気がない。
ただの肉人形。意識も何もない無機物のような怪物だった。
「これが……カルナ……?」
確かに彼は生きている。しかし、ナーヴァはこうとも口にした。
“人間としての彼は既に死んでいる”とも。
「おい、どうなっちまってるんだ、コイツ!?」
「“魔物”だ」
ナーヴァは震えた声で告げる。
「彼の体は……数百年の間、魔物に乗っ取られたままだ……!」
目の前にいるのは魔物に心も体も支配され壊れた人間。
最早、人間としての意思も魔物として意思もない。砕け散った理性の中でただ一つ残っている本能のままに暴れる獣だ。
「私の油断が原因だった……私を庇ったばかりに、カルナは……!」
「何で助けもせずに数百年もこのままだったのさ」
「助けようとしたさ……声は最早届かない。彼を止めるには倒すしか方法はなかった……だが奴の強さは普通じゃない。人間としての理性が外れた奴に限界などない。フォドラの精鋭も、私でさえも……奴を止めることは出来ない」
クロの問いに答えるナーヴァ。
力を抑えていても強靭であったカルナ。しかしその体は人間という器を破壊し、別の何かへと変わり果ててしまっている。抑えようのない力をただ振り回すだけのモンスターとなってしまった。
「奴はそれを危惧し、最後の力を振り絞り自らこの遺跡へと封印したのだ……自身を停めてくれる戦士が現れるのを待つために」
数百年。ずっとここで待っていた。
この悪夢から解放してくれる者を。それをずっと、だ。
「倒す以外に方法はないのか」
「ない……アレに体を乗っ取られた以上、人間としての再起は不可能だ」
その魔族については一度、ナーヴァも耳にしたことはある。
動物を発見次第寄生し、その体を蝕んでいく。意識を完全に乗っ取り、その支配権を手に入れるのだという。だが、その本体に危険が察知した時、新たな生命体に飛びついて生き長らえようとするのだ。
カルナ達との戦いで瀕死においやられた寄生型生物は新たな宿主としてナーヴァに飛びつこうとした。それを庇ったカルナが代わりに寄生されてしまい……彼を、肉片紛いの破壊生命体へと姿を変えてしまった。
「……王である彼にも、伝えられないわけだ」
小声でフリジオは唸っていた。
カルナは怪物となった。そして、王であるロードは臆病者だ……いくつもの地獄を見てきたロード。同胞の死にあれほど恐怖していた魔族が、唯一の友であったカルナの死を伝えられたらどうなるものか。しかも彼を助ける方法は、その手で彼を滅ぼすしかない。
あまりに酷な話であろう。
ナーヴァはそれを思ったが故に、数百年もの間その事実を封印し、見回りと漕ぎつけ、カルナの眠るこの遺跡を見張り続けていたのだ。
「ワタリヨに導かれし者たちよ。これが真実だ」
英雄の行方、精霊皇の剣の行方。
今、目の前にいるのは、魔物と化した強靭なる戦士。
ラチェット達が世界を救うためには……このカルナという英雄を倒さなくてはならない。
「彼に挑むかどうかは君達次第だ……判断は委ねる」
「お前はいいのかよ……仲間なんだろ。それを何処の誰かも分からない奴らに殺させるなんて」
「ならば問う。ここで彼を見逃した場合、お前達の世界はどうなる」
クロの慰めに対し、ナーヴァは当然の返答をする。
「……外の世界の滅びはフォドラの滅びにも直結する。それは私も王もカルナも望んではいない。彼がここで待ち続けたのは死ぬ為だ。今、ここで彼を処刑するのは我々の願い。我々からの……頼みだ」
冷たい言葉だ。その事実を仕方ないと飲み込むような対応である。
「……これから話すのは私個人の意思だ」
しかし、社交辞令にも近いその対応を飲み込んだ。
「頼む……カルナを、彼を……解放してやってくれ……!」
「言われなくても、そのつもりダ」
どの理由であれ、ラチェットは精霊皇の意思を守り通さなくてはならない。それが契約、友を救わせることの条件として出した彼の提案だ。
「……助けてやる。お前の仲間を」
___それを抜きにしても。
数百年の呪いに苦しめられてきた、あの騎士を放っておくことなど出来やしない。
「行くぞ、皆ッ!!」
レプリカの剣を取り出す。
覚悟を胸に、一同はそれぞれの武器を構えた。
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