PAGE.400「西へ」
ルードヴェキラ騎士団長より許可が下りてから数時間。日を跨ぐ前にラチェット達は王都を出て西へ渡ることを宣言した。
時間も二週間とそう長くはない。一刻も早く剣を回収するために出発を急いでいた。
あと一時間近くもたたないうちにラチェット達は出港する。彼らが口にした西へと旅立つために。
「……」
ファルザローブ城のバルコニーにて、ルードヴェキラは空を眺めている。
「騎士団長」
そこへ一人、クレマーティが姿を現す。
「決断をするのは貴方です。一度決定したことを中止させろとは言いません。ですが、言わせていただきます」
無礼であることは承知している。しかし、たった一人クレマーティにとって、その発言はどうしても胸に収めておくには苛立ちが募る事。
「貴方の決断はハッキリ言って無謀であると思います。正気の沙汰とは思えません」
空想上の存在と会って、次の目的地を聞いた。
こんな如何にもな作り話。信憑性も何もない、突拍子がなさすぎるこの発言を信じるだなんて狂っていると言い切った。
「精霊皇の器はこの街にいなくなる。これでもし彼らが帰ってこなかった時……貴方はどう責任をとるおつもりですか」
「クレマーティ」
ルードヴェキラはクレマーティの言葉へ返答するように振り返る。
「言ったはずです。私の友を侮辱するなと」
やはりその顔には曇りなどない。狂気の欠片は一片たりとも見えはしない。いつも通り、胸を張って行事に努める騎士団長の顔だ。
「彼は……ラチェットは絶対に仲間を見捨てない。約束は必ず守る人です」
「ですが」
「貴方は何も感じなかったんですか」
そこから先は___”騎士団長”としてある以上に。
“ルードヴェキラという一人の少女”としての側面が強い言葉。
「あの光景を……誰一人として、ラチェットを疑わなかった仲間達の姿を!」
クレマーティの言葉に対して牙を剥いた一同。それはラチェットの味方だけではない。同士であるはずの精霊騎士団からも向けられたのだ。
「精霊皇の器だから? この世界を救うかもしれない英雄だから? 違いますね」
胸に手を当て、ルードヴェキラは高らかに言い切った。
「彼らは! 彼女らは! 私は“ラチェット”だから信じたのです! 仲間も約束も必ず守り切ろうとする心優しい少年だと知っているから信じれたんです!」
徐々に瞳が鋭くなっていく。それは一人の少女から、騎士団長へと気持ちが切り替わる合図。
「クレマーティ、貴方は!」
「……いずれにせよ」
クレマーティは背を向ける。
「これでもし、彼らが帰ってこなかった時は覚悟を決めておいてください……もし、貴方にその覚悟があるのなら“私がその首を刎ねても”結構です」
「……私は、曲げません」
どのような脅しを前にしても、ルードヴェキラは意見を変えようとしない。
「私は、仲間を信じます」
少女の言葉。騎士団長の言葉。
「私はまだ至らないところが沢山ある。故にまだ自分に自信を持てないでいる……でも彼の事だけは、間違っていないとこの胸に誓います」
「……甘ったれた事を」
クレマーティは彼女の想いを受け取ろうとはしない。ただ一人、まだ不穏を抱えたまま、その場を早足で去って行った。
「クレマーティ。どうして、貴方は___」
その背中。彼の真意に辿り着けないルードヴェキラは虚し気に歯を噛みしめることしか出来なかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
物資追加完了。一週間分の移動距離の燃料の補給も完了。
メンテナンス終了。この飛行艇の操縦全般を行う六面体キューブの調子も絶好調。
いつでも出発可能。ラチェット達は必要な荷物を抱え、飛行艇の中へと移動する。
ついてくるのはスカルとコーテナ、アタリスにオボロといつものメンツは変わらない。そして何処の部隊にも属していないフリーのクロとルノア。
そしてやはり監視という名目をつけてフリジオも同乗することに。この人物に至っては街に残らなくていいのかと不安になるが……話を聞かないので無理に叩き落すことにはしないようにする。というより単に面倒であった。
「さて、行くカ」
出発準備完了。全員も飛行艇に乗った。
六面体のキューブが作動する。全ロックを解除し、目的地に向かっての飛行の準備及び作動転換を開始。シャレにならない数の魔導書演算をたった一体でこなし、古代遺産のテクノロジーを宙へと浮かせていく。
甲板の上。出発の瞬間は飛行艇の中へと移っておかないと危険のため、最後の乗客となったラチェットは手荷物片手に甲板から離れていく。
「おーい! ラチェットーッ! みんなー!」
その直前に声が聞こえる。
「気を付けてなー!」
「ちょちょいとやっつけてきてやりなー!」
「グッドラック、です」
アクセル、ロアド、コヨイ。
三人の学友たちが、サーストンとの戦いへ旅立つ一同を見送りに来ている。
____彼等だけじゃない。
エージェントであるシアルとミシェルヴァリー。ステラにその他数名の騎士達。
全員が彼の無事を祈って、その旅立ちを見届けにやってきたのだ。
「絶対! 帰ってくるからナ~~~ッ!」
全員との新たな約束を胸に秘め。
ラチェットを乗せた飛行艇は……西へと旅立って行った。
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