PAGE.391「攻略不可能の”アイアン・メイデン”」


 ラチェットは告げる。鋼の闘士・サーストンより告げられた言葉を。


 フレスキア平原。王都より数キロ近く離れた場所にある何もない平原地帯。

魔物の出現が多くあまり人通りの少ない地点として有名であり、水気もないその場所はここ数年で草木が完全に枯れ果て荒野と化しているらしい。


 何もない。人工物である建造物や要塞などの跡地も一切なく、川や活火山なども近くに存在しない何もない荒野。そこでサーストンは二週間の間、待つと宣告した。

 もし、その間に姿を現さなかった場合。また、彼の求める結果とは程遠い戦いを持ち込んできた場合は……この街を容赦なく破壊すると。


 それがどれほどの脅威なのか。


 あらゆる魔法も通さない鋼の肉体。精霊の加護も受けているあの体はあらゆる魔法を弾き飛ばしてしまう。生半可なものは勿論のこと、上級魔法使いによる最大火力はおろか、精霊皇の殲滅兵器すらも受け止めて何の苦痛も浮かべなかった。傷一つつけることも叶わなかった。


 サーストンの身に傷をつけることが出来るのは、鋼のみ。

 しかし“この世に存在する鋼”で彼の体を切り裂けるのか。レプリカであるとはいえ、かなりの硬度を誇る精霊皇の剣でさえも叩き折られてしまった。

 誰も、あの男に傷をつけることは出来ない。

 魔法使いが数万人束になろうと相手にならない脅威なのだ。


「そんなことを言ってたのか……」

 サイネリアもあの瞬間にトドメを刺さなかったサーストンの行動には疑問を浮かべていた。彼が史実通り想像以上のバトルジャンキーであることを思い知る。

 サーストンは魔族界戦争より人間を苦しめ続けた無敵の剣士。数百万人の人間を斬り捨て、誰一人としてその男に傷をつけることが出来なかった。


 魔王に忠実な下僕であったなら、それは紛れもなく脅威であっただろう。

 しかし彼は魔王の思惑など眼中になく、ただ一人私利私欲で強い敵を求め、戦場を彷徨い続けていたという。


 人間側は勿論、魔族側も手を焼いているような怪物だった。

 そんな怪物が“人類を滅ぼす”宣言をしたのだ。

 己が目指す戦いのため。その引き金の材料として王都と彼の生きる理由全てを天秤にかけたのである。

 今、この場にいる戦士だけではどうしようもない。

 攻略方法が見つからないことに絶望を浮かべていた。奴を倒す方法を二週間以内に見つけ出せるのかと。


「ねぇ! ボクだったらどうにかできるんじゃないかな!?」

 コーテナは手のひらに黒い炎を出す。

「この力は魔族の力も掻き消す力があるんだ。それならあの肉体も」

「いや、無理だと思うぜ」

 ホウセンはコーテナの言葉を否定する。


「アイツと戦ってるとき、魔力的な気配を一切感じなかった」

 ホウセンはサーストンと刃を交えた事も思い出す。

ホウセンは数千人以上の王都の罪人を捌いてきた。数千体以上の魔物も相手にした彼は自然と体で魔力的な何かを感じ取れるようになっていた。

 しかし、サーストンからはそれを感じなかった。


「奴の体は精霊の加護関係なしに硬いんだ……無力化したところで、結果は変わらないと思う」

 彼の肉体を貫ける突破口にはならないと口にする。

「……剣。魔力も何もない特殊な剣で、あの野郎を貫く映像が頭に浮かぶんダ」

 時折見えるようになったという精霊皇の記憶。

 それは魔族攻略の為に一通り残しておいた断片のようなもの。サーストンの攻略のヒントとして映像がくっきりと残っていることを口にする。


「史実でも残っていたな。鋼の闘士・サーストンは魔法という文明ではなく、彼を超える鋼でのみ貫くことが出来るってな」

 鋼の闘士は精霊皇の剣を前に敗北した。胸に残った傷はその時につけられたもの。数百年たった今でも傷は残っている。

「だけど、お前のそれがレプリカってことは……もう、この世にその剣は残っていないってことじゃないのか?」

 精霊皇が使用していた剣。しかしラチェットが手にしているのはレプリカ。

 彼は魔力を得たことで精霊皇の武器は一通り出せるようになった。夢幻装庫の中身のほとんどを取り出せるようになったはずであるが、いまだに本物の剣は取り出せない。

 そもそも……その剣の本物がこの世界には存在してないのではかろうか。


「それって、手詰まりってことじゃねぇのか!?」

 スカルもその事実を前に絶体絶命であることを知らされる。

 サーストンを殺した剣。その存在がすでにないという事に動揺を隠せない一同。


「……」

 だが、そんな中。ただ一人。

 クレマーティは……その話が出た途端に、“騎士団長”を見つめ続けている。



「___っ!!」

 その視線に騎士団長は苦しそうな表情を見せる。

「ルードヴェキラ……」

 彼女だけじゃない。ファルザローブ王も複雑な表情を浮かべていた。


「私が」

 騎士団長ルードヴェキラは震えながらも口を開く。

「私が……その“剣”を振るえるに適した体となっていたならば……!」

 無念の表情。歯痒い仕草。

 自身の不甲斐なさを呪うように彼女は何故か唸っている。

「お嬢様。どうかお気持ちを」

 玉座の近くにいたエーデルワイスも彼女を宥め始める。


 突如、どよめく空気。

 それを前に気が付かない一同ではない。ラチェット達は何事だと玉座へと視線を向ける。


「……その剣は一本ではない」

 クレマーティが口を開く。

「そうでございますね。騎士団長?」

「クレマーティ!!」

 エーデルワイスが珍しく怒りをあらわにする。

 その言葉はあまりにも不用意であると言いたげに。ここまで感情を取り乱すエーデルワイスの姿がとても新鮮で不穏な空気を更に加速させる。


「おい、どういうことダ」

 クレマーティの言葉。そして王族たちの反応。これには動揺を隠せない者達が次々と現れる。

「……そうです」

「お嬢様」

「かまいません。事実ですから……」

 エーデルワイスの気遣いにそっと感謝をしつつも、ルードヴェキラは告げる。


「滅魔の剣……精霊皇の手により作られた、この世最強の鋼」

 この世にて一番の硬度を持つと呼ばれていた剣。

「それは彼が持つ一本だけではない」

 史実では、サーストンを貫いた剣は一本しか登場しない。

 しかし、その剣の逸話には真実が隠れていることが告げられる。


「三本の剣がこの世にあった。そのうちの一つは精霊皇が、もう一つはその同胞に……そして最後の一つは」


 剣の行方。


「それは……我々、王族の手によって代々受け継がれてきたのです」


 切り札は王族により守られてきたことが明かされた。

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