PAGE.390「散らばる思惑(後編)」
殲滅の光を浴びた大地は、雲間を裂いて輝く太陽の光に照らされている。
焦げ臭い匂い。魔族にとってそれは天敵である光。黒い砂嵐の晴れた戦場のど真ん中で全ての生き物にとって害のある存在となっていたクーガーは炭のように燃え盛り、転がっている。死に物狂いで戦場から逃げてきたようだ。
息一つしている様子はない。触れてしまえば一瞬で崩れ去ってしまいそうだ。
身動き一つとれなくなったこの状況でも……まだ、微かに魔力の反応がある。
「おっと、いたいた」
光の照射直後に誰よりも先にその場へ辿り着いたのはコーネリウス。
現在となっては一応の仲間であるクーガー。ボロボロに砕け散ろうとしている儚げな姿を前に薄ら笑いをしている。
「よいしょっと」
ボロボロのクーガー。赤子一人の手でも粉々になるであろう地の闘士の遺体へとコーネリウスは何の躊躇もなく手を突っ込んだ。
その地点は心臓。化け物の姿になろうと変わらず残り続けている生命維持装置。
弱まりつつも今も尚、息を噴いている“魔力”の保管庫へと腕を突っ込んだ。
……クーガーの体が塵となって消えていく。
その塵は空へ飛び立つこともなく、魔力を残す心臓へと集約されていき次第にコーネリウスの片腕一つに収められていく。
「ふふふっ」
クーガーの魔力。そして、消えそうにある魔王の魔力。
その全てが集約された心臓を……コーネリウスは自身の胸へと押し付けていく。
次第に心臓は胸へと減り込み、その体の中に取り込まれていく。あっという間にクーガーだったソレはコーネリウスの中へと押し込まれてしまった。
「何をしている、コーネリウス」
その場へ一足遅れて到着するノスタルド。
「役立たずの後始末のつもりか?」
「違います。これは救助……まだ魔力が残っているのなら、蘇らせる方法はいくらでもある。だから、そのチャンスが来るまでは私が保護してあげるだけのことです」
この場で放置すれば後に駆けつけて来るであろう騎士団が始末。最悪の場合、何かしら利用される可能性もある。そうなれば魔族側が不利になることは明白だ。
まだ利用価値はある。貴重な戦力の一つを残しておけば、魔王としても喜びの声の一つくらいは上がるだろうとノスタルドに提案した。
「ならば、よいのだが」
ノスタルドも深追いはしない。
「それでは行きましょう。騎士団がここへ来る前に」
これ以上の長居は無用。戦争のスペシャリストであるエージェント達の強さをコーネリウスは知っている。本人曰く、まだ“力を扱えない”状況で彼ら全員に挑むのは無謀である。
「今のお前ならば、消耗している奴らなど相手ではないであろうに」
「……ダメですよ。それだけは」
ノスタルドの言う通り今の彼女ならば消耗しきっている人間の相手など簡単である。しかしコーネリウスはその行為は愚策であると告げる。
「こっちの前線には、あまりに“厄介”なのがいますので。この状況なら“彼”が本気を出しかねませんからね……そうなると非常にまずい。私たち二人でも勝てるかどうか」
「……詳しく聞かせてもらいたいところだが」
「時間がありません。まずは移動しましょうよ」
急かすようにこの場から離れようとノスタルドに告げる。口論になる前にコーネリウスは歩き出してまでいる。
あと数分もすれば騎士団達がやってくるはずである。その必死さから彼女の言葉に偽りがないことは理解できた。
「……コーネリウス」
ここから立ち去る前、一度ノスタルドは告げる。
「あまり、マックス様の手を煩わせるようなことはするなよ?」
「御意」
ノスタルドの真似なのか、ニヤリと笑みを浮かべコーネリウスは敬礼をした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数時間後。ファルザローブ城へ一同が集められる。
「おお! よくぞ都を守り切った! 見事であるぞ! 我が精霊騎士団、そして精霊皇の使いとその従者達よ!」
ファルザローブ王はひと時の勝利に喜びの声を上げている。
今となっては歳である王は戦う手段がない。故に騎士達に身を委ねている。数年前による王都の被害もあって心配を浮かべていたようだが、このような結果へと繋げられることに成功し、紛れもない成長を見せた騎士達を褒め讃えていた。
「従者って」
「まあ、あながち間違いじゃないですけどね」
スカルの言葉にルノアは苦笑いをする。
「肝心の精霊皇の使いサマはあっさり負けそうになってましたが?」
サイネリアは面白おかし気に真実を口にする。
「あれでも必死こいたんだゾ。それにお前等も三人がかりであの始末だったじゃねーカ」
「まぁ本来なら一対一で戦うのが私のセオリーだし? 制限掛かってやりづらかったくらいだぜ?」
「じゃあ、なんで三人で行ったんダヨ」
いつの間にか始まり始める口喧嘩。
そしてサイネリアの言葉に反応したクレマーティの反応。それを見て苦笑いをするホウセン。次第にその場の空気の締りが悪くなり始める。
「ごほんっ!」
同じくして、玉座に腰掛ける騎士団長ルードヴェキラ。
彼女の咳払いに一同は気づく。
……勝手に始まった私語。故に王様もこらえてはいるが、笑顔で説教モードに入ろうとしているこの状況に。
あの王は短気である。即座に私語を慎む一同である。
「それと、魔王の子よ」
王の目線はコーテナへと向けられる。
「確かに感じ取ったぞ。人間のため……否、味方の為に力を振るう様は他の騎士より報告を受けている……よくぞ戻ってきた。人の子よ」
「はい!!」
王に認められること。魔王の力に支配されない姿、魔王の子としてこの世界に脅威を植え付ける存在ではないことを証明すること。
「やったよ! みんな!」
その第一試験をクリアし、コーテナは喜んだ。
一年半の修行の成果を発揮することが出来た。コーテナはルノアとハイタッチをすることは勿論、ラチェットにも喜びの声を上げていた。
「……ふっ」
私語は慎めと口にしたいところだが、ほんの一瞬の喜びくらいは許してやろうと王は寛大に見守っていた。
まだ幼い少女だ。それくらいの感情に叱責をつけるほど、この王も子供ではない。
「とりあえず、これにて一件落着ってことかな!」
コーテナのわだかまりも解決して、オボロは大笑いする。やや不完全燃焼ではあるが勝利は勝利。王都は一時の平和を取り戻したのだから。
「……いや」
しかしただ一人。不安な表情を浮かべたままのラチェット。
「まだ、安心できねぇゾ」
忘れていない。いいや、忘れるはずがない。
“俺を越えると言ったな?”
あの言葉を。あの威圧を。
“この街とお前の全てを斬り捨てる”
その言葉を思い出すたび、恐怖が駆け巡る。
「二週間以内に、奴と決着をつけねぇト……まだ俺達は……ッ!!」
その怯え様、一同も唖然とし始めていた。
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