PAGE.354「それぞれの咆哮」


 アーケイド城。玉座の間。

 戦闘がはじまり数時間が経過。いつもなら宴だ何だと騒ぎ立てるこの空間は、今までの空気とは全く違う静けさが漂っていた。


「いてて……チクショウ、痛い目にあった」

 玉座の間に姿を現すのは、後頭部に巨大なコブを作って戻ってきたガンダラであった。

 何故か爆発した地面。そのまま城まで戻されてしまったガンダラは管制塔の一つである砦に突っ込んでしまい悲劇的大被害。頑丈過ぎる肉体故に衝突した相手の砦は木の枝のように真っ二つに折れてしまった。


 現在、砦周りの被害の修復中。怪我人は少ないようで何よりだと周りの兵士達は慌てていた。



「戻って来たか」

 玉座には王が腰かけている。

 いつもと変わらぬ声。特に機嫌には変化のないアーケイドがガンダラを出迎える。


「あ、申し訳ありません王よ! 現在、外は」

「分かっておる」


 ……一斉に戻ってきた兵士。魔族界でも並々ならぬ強豪と精鋭揃いの軍隊が何故尻尾を巻いて戻って来たのか。その理由は既に報告によりここまで流れている。


 ブレロ。四天王の一人であるブレロが押さえ込んでいた真の姿を晒してしまい、国の占領から破滅へと行動を回してしまった。

 この国の兵士ではどうしようもできない暴徒と化してしまった彼を止めることは出来ない。自らもやられる前にと兵士たちは一斉に城へ戻ってきたのである。


「クッソぉ……まさか、これほどとはな」

 平和になじみ過ぎた人間など手に余る相手だと思っていた。

 しかし、想像以上の戦闘力。それなりの力を出せば本気を出す必要もないブレロの堪忍袋を断ち切ってしまうほどの相手。


「お待ちしていてください王よ! 今すぐに弟の目を覚まさせに」

「報告します!」


 魔族の兵士が一人、更なる不穏を胸に玉座の間へ姿を現す。



「ブレロ様が……ブレロ様がやられました!!」

「!?」

 ガンダラの目つきが険しくなる。


「待て! 何の冗談だ!? ブレロが負けた? あり得ん!! 人間はおろか我々でさえも手を焼くアイツが人間に!?」

「間違いありません……! ブレロ様は、人間の手によって……!」

「そ、そんな……」


 ガンダラは両手を地につけ、唸り声をあげる。

 

「ブレロ……まさか、アイツが……」

 瞳からは涙が零れだす。

「アイツは頭の回らない馬鹿だったが兄想いのいい奴だった。他の弟達のことも考えていたし、誰よりも余生を謳歌していた……! 自慢の出来る最高の弟でさえも、負けたのかよ……」

 ブレロ。彼はガンダラにとって、数百人以上は存在するリザードマン兄弟の中でも一番上の弟だった。誰よりも家族としての付き合いが長く、誰よりもずっと一緒にいた存在だった。


 手の焼く弟であった。誰よりも言う事の聞かない問題児だった。

 そして、このガンダラにとっては……。



「ぐぅうう……うおおおおぉッ!!」

 余生をかけてでも守り通したい仲間であり家族。存在意義であった。


「許さんッ! 許さんぞ人間どもォオオ!!」

 ガンダラの体が次第に巨大化していく。

「うぉおおッーーー!! ブレロォオオーーーッ!!!」

 魔物らしい巨大なドラゴンへと姿を変えていく。ブレロとは違い、見た目も整ったガタイの良い巨大な竜へと。


「ああ、わかったッ!! 弟達っ……カタキは必ず取る! 今、行くぞ! 人間ドモめッ!!」


 ブレロのように多少の愛らしさなど一切ない。

 ナイフのような棘で覆われた甲殻。溶岩のような真っ黒な肉体。ドリルのように鋭い角に、見るものすべてを飲み込む巨大な口と濛々とした牙。


「ウゥガァアアアッ!!」

 

 玉座の間の壁を突き破り、完全に変化しきる前に外へ飛び出した。

 また一匹。魔族の兵士達では手の付けられない暴君の竜が外へと放たれた。





「……相変わらず楽しませてくれる」

 アーケイドは動じることなく玉座から動かない。

「人の子たち」

 むしろ、その表情はこれからの展開に期待をよせるような眼をしていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 焼け切ったグレンの村。

 見るも無残な姿へと成り果ててしまった大地の中で、戦士達は集う。


 生き残った兵士は多々いる。しかし、その戦いで散ってしまった兵士も……指では勿論、口で数えるのをやめたくなる人数だ。


 残った兵士も残りわずか。これ以上の援軍は求められない。おそらく間に合わない。

 今集められる最大戦力のほとんどがグレンの島へと集結した。


「……どうするよ」

「やっぱり突っ込むか?」

 ソージの提案にホウセンは相変わらずな返答をする。

「お前はそればっかりか」

「それで数年生きてんだよ、俺は」

 サイネリアもホウセンの突っ込み番長的思考には呆れていた。


「だが、この機を逃し、敵に回復の目途を与えるのも愚策ではある」

「そうだな」

 アタリスの提案にロザンも頷いた。

 あの城の中にはどれだけの兵士がいるかは分からない。状況も分からない状態で敵の本拠地に突っ込むのは愚策であろう。


 ……しかし、敵は予期せぬ事態に混乱しているように見えた。敵が全て撤退を余儀なく申し立てられた事態。混乱状態に陥っているのは向こうも同じはずである。



「となれば、確かに突っ込むのは正解か?」

「でも、この人数で大丈夫なんでしょうか?」


 あれだけの人数の兵士。それに対してこちらは一握り。

 チャンスとはいえ、やはり不安はその場にいる兵士達全員に募っている。



 イチモク寺の方には“護衛”がいる。アタリスが信頼できる代わりの護衛が。

 グレンの民達の問題はない。あとは、ここにいる戦士達が最後の追い込みをかけるかどうかを決定づけるだけ。



「……考えている間に向こうも状況を整える、ってんダロ」

 フードを脱ぎ、ラチェットは一度頭をかく。


「俺は頭は良くねぇ。策なんか考える能もねぇヨ……でもよ、考える間もなく強い奴らがここには集まってるてのは分かル」

 

 ここには信用できる強さを持ったメンバーが出揃っている。ラチェットもそれを理解している。考えは一つ。今、何をすべきかも彼の頭の中には一つしかない。


「だったら、俺も何をすべきかは一つしかいえねーナ」


 突撃を拒む理由が“不安”。だというなら尚更その答えに行きついた。




「……突っ込むゾ」

 

 チャンスだというのなら突っ込む。やるべき時にやる。思い浮かんだ時にはいつも行動してきたのが彼等だ。


「いつも通り、張り切ってナ!」


 アーケイド城。

 魔法世界クロヌス最初の脅威へと……戦士たちは決戦を挑みに駆けだした。

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