PAGE.353「カッコのつかない再会」
巨竜ブレロを討伐してみせたラチェット。
「……!?」
倒れている。
さっきまで軽口叩く余裕すら見せていたラチェットは大の字で地面に倒れてしまっている。
「ラチェット! ねぇ、ラチェットどうしたの!?」
虚ろな目。焦点が定まることもなくラチェットは赤く染まる空を見上げている。
どれだけ声をかけようと動く気配がない。身震い一つ起こさずマネキンのように体が硬直している。
「何があったの!? もしや、あのドラゴンに何かされて」
「……チッ!!」
直後の事だった。
「!?」
動く。ラチェットの顔が一瞬で歪む。
体は今もそのままピクリと動こうとしない。しかし顔の筋肉だけは不機嫌極まった表情を浮かべていた。
「……やっぱり、一発が限界かヨ!」
舌打ち。そして、これでもかと文句を垂れ流す。
歪んだ唇に尖った瞳。いつも通りのラチェットの顔だった。
「一発、限界?」
「あぁ~、よいしょット……」
ガサゴソとラチェットはローブの胸ポケットに手を伸ばす。年増も良いところのおじいちゃんみたいに体は震え続け、伸ばされている右腕はあまりにもスローモーションのせいか、目的の場所まで到着するのに一分近く経過している。
……胸ポケットから取り出したのは一本の細い瓶。
真っ青でありながら透き通った謎の液体。太陽に照らされる水平線の海と同じような輝きを液体は放っている。
「んっ……」
瓶を開けると、ラチェットは瓶の中身の液体を全部口の中に放り込む。数量しかない液体はあっという間にラチェットの喉奥へと消えて行った。
「……」
「ラチェット?」
液体を含んだ後、再びラチェットの動きがピタリと止まる。
「……よし、ふっかツ!」
今までのヨボヨボとした疲労は何処へ行ったのやら。
ラチェットは大の字で横になっていた状態からそのまま飛び跳ねて綺麗に着地。軽くスクワットを行いながら天に両手のグーを突き付ける。
「うん、王都でも貴重な最高級品のポーションとだけ言われてることはあるナ……完全回復だゼ」
スクワットだけではなく屈伸運動も派手に行い、フラフープでも回しているかのように腰を幾度もくねらせる。
さっきまでの光景が嘘のように完全再生。ラチェットの顔色も輝きを増していた。
「さてト、これからどうするカ……」
ラチェットは城の方を見上げる。
あれが敵。魔族界より進行してきた炎の闘士の城であり国。
さっきのドラゴンの出現は何かしらの異常現象だったのか、近くにいた兵士たちは一斉に城の方へと退避してしまっている。敵の攻めも止まっているこの状況。攻め込むべきか、一度態勢を立て直すべきかと頭の思考を張り巡らせていた。
「……ラチェット」
声。コーテナは再び声をかける。
「……久しぶりだね」
再会の言葉をかける。
実に長い期間は顔を合わせる事すらできなかった二人。お互いに力をある程度制御出来るようになったことで、ようやく“出会ってはいけない”その制約から解放される。
「……よォ、コーテナ」
声に反応したラチェットも静かに振り返る。
「……ああ、うん。確かに大きくはなったナ」
以前と比べて大人っぽい雰囲気を出すようになったラチェット。
顔つきは変わらない。物事を難しそうに考えている目つきだし、理不尽な世の中に唾を吐いてそうな歪んだ唇。相変わらず世界に対して敵意を振りまける可愛げのない子供のような顔だ。
……だが、以前よりも落ち着きを見せるようになっていた。冷静さを見せていた。
ほんの少しだが……少年は大人の階段へ足を踏み入れたようだ。
「……そうだよっ! ボクもラチェットと一緒で大きくなったんだから!」
「俺は大して変わらねーダロ」
「ううん、変わったよ。なんというか、大人っぽくなった」
「ケッ、以前は大人っぽくなかったてカ」
雰囲気は変わったが、やはりラチェットはラチェットだ。
些細な事で不貞腐れるその姿。仲間を前には正直に感情を見せる少年である。
「……ラチェット」
ムズムズする。コーテナは一歩ずつラチェットに近寄った。
「ラチェット!」
駆けだす。
コーテナはその数年ぶりの愛おしさを我慢できず、両手を突き出しラチェットへと駆けだした。
「……へっ!」
飛びついてきたコーテナに対し、ラチェットも数年ぶりの愛おしさをぶつける。
ハイタッチ。突き出した両手に応えるようにラチェットも両手を突き出した。
シンバルでさえも敵わない大きな破裂音。数年ぶりの再会を果たした二人の嬉しさを乗せた響きがその辺一帯にこだました。
「コーテナちゃーん!」
空から声が聞こえる。
二匹の竜。それぞれには手を振り叫ぶルノアと、二人のことをじっと眺め続けているクロの姿。
「ルノア! クロ!!」
「コーテナちゃん!」
竜から飛び降りたルノアはコーテナの元へ駆けつける。
「久しぶり!」
「うん! 久しぶり!」
女の子同士、その喜びを分かち合い抱き合った。
久しぶりの風景。子犬同士がじゃれ合うような愛らしい二人の姿。
「久々に会ったけど、やっぱり子供のままだな」
クロは二人の事を眺めながら呆れ気味に言い放つ。
「お前も子供ダロ」
「いたっ」
ラチェットのデコピンがクロのおでこに直撃した。
「……よいしょっと」
巨竜ブレロの足止め、そして囮を買って出たマーキュリーが戻ってくる。
「どうでしたか? 久々の飛竜は?」
「さすがは王都産だな。言う事はしっかりと聞くし、私が経験者だってことを理解してくれたしな……大金はたけば寄こしてくれねぇかな。あのドラゴン」
「無理でしょうね。アレ、鞍と手綱を見る限り、精霊騎士団レベルの人物にしか許可を与えられていない代物でしょうから」
「だろうな。残念ながら」
マーキュリーとロイブラントはひとまずの無事を喜んだ。
あれだけの絶望的な状況。火の海に飲み込まれ焼野原の風景の一部に成り果てるであろう展開が待っていたはずなのにこうして生きている。
奇跡なのか、それとも必然なのか。
二人は王都からの援軍である“世界の光”へと視線を向ける。
「主役はようやく登場……ったく、遅れるにもほどがあるぜ。本当」
笑みを浮かべたマーキュリーはふと見渡す。
ホウセン、そして弟分ソージと部下の自警団のメンツにイチモク寺の修行僧とギルドの面々達。
反対方向からは異変に駆け付けたロザンとアタリスの姿が。
「……役者は揃った、てか」
駒はついに出揃った。
炎の闘士アーケイドの城。
この世界。現代における最初の脅威への布陣が今、ようやく完成したのだった。
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