PAGE.348「救世の光(その1)」
コーテナは静かにその言葉を口にする。
ピンチになった時。困っている時。
……何もできなかった過去の自分。ただ、いつかはやってくる虚無に怯えながら過ごしていた彼女に向けられた手。震えながらも懸命な気持ちが込められた救いの手。
その手を伸ばす、少年の姿が一瞬だけ空へと浮かび上がる。
炎。大量の炎が空から降ってくる。
コーテナは冷酷に降りかかる現実を前に、また瞳を閉じようとした。
幻覚。少年の幻影。
その姿は……“思わぬ何か”によって溶けてなくなっていく。
「……!?」
コーテナは目を見開いた。
“光”だ。
一線の光が“空中の竜騎士達”を一斉に焼き払う。
空に突如現れた光線。少年の幻影が消えたと同時に現れた光はそのまま、アーケイド城の管制塔の一つである小さな砦をほんの一瞬で崩壊させる。
『な、なんだ!?』
思いがけない奇襲を前にブレロも攻撃を止める。
……アーケイドの城とは反対方向からやってきた光。
その場にいた全員が、光の放たれた遥か彼方の境界線へと視線を向ける。
“ドラゴン”だ。
数匹のドラゴンが、何者かを乗せてグレンの島へと一直線に向かってくる。
「おいおい! まだまだ敵がくるのかよ!?」
「いや、待て……!」
竜騎士。まだアグルの援軍はやってくるのかと悲嘆する戦士達。しかし、光からやってきた戦士を前に数名が疑問を投げかける。
城とは反対方向だ。そこからやってきた援軍は本当にアグルなのか。アーケイドとその部下によって送り込まれた援護部隊だとでもいうのだろうか。
「あれは」
「敵、じゃないぞ……!?」
光の空からやってきたドラゴン。それは魔族が飼い慣らすソレとは違う。
人間の手によって品種改良された害のないドラゴン。人間の味方であると同時、騎士団の手の者によって従われたドラゴンである証明として、“首輪と鞍”がつけられている。
味方だ。光の空からやってきたのは味方。
アーケイドの部下に属する竜騎士のドラゴンに負けず劣らずのスピードでグレンの島へと騎士のドラゴン達がやってくる。
「……挨拶代わりだ」
ドラゴンに乗っている“騎士”の一人が手のひらを竜騎士達に向ける。
「見せてくれよ。魔族界でメチャクチャ強ぇドラゴンはどのくらいの炎で黒焦げになるんだよ?」
形成されるのは“ファイアボール”。
オレンジ色の炎。魔導書程度であれば、誰にでも作れるようなファイアボールだ。その程度の炎では、耐性を持つ竜騎士のドラゴンには何のダメージにもならない。
しかし、ファイアボールは“色を帯びていく”。
オレンジから赤へ。赤から黒みを帯びた深紅へ……目に眩しいだけの光を帯びたファイアボールは次第に“マグマの球”へと姿を変えていく。
「なぁ!? どうなんだよぉ!?」
放たれたファイアボールは一直線に竜騎士の元へと向かって行く。
巨大な花火。真っ黒の散花。
空と地上にはかなり距離がある。そうにもかかわらず、ファイアボールによる巨大な爆発のあとの爆風が燃え盛る民家を吹き飛ばし、地にいた魔族や人間達の姿勢も崩してしまう。
見覚えがある。
今の炎には、コーテナは見覚えがある。
「まさか……!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
突如空に現れた光。そして洒落にもならない魔力が放り込まれた超特大クラスの威力のファイアボール。
当然その被害は数百以上の敵を相手にしていた自警団とソージにも降りかかっている。全員が地から足を離し、倒れている魔族達を流し目に空を見上げる。
「なんだなんだ!?」
空にやってくるのは“騎士団所属”のドラゴン。
そのドラゴンから、一人の騎士が戦場へと降り立つ。
「よいしょっと!」
降りてくると同時、近くにいた魔族を“斬り捨てる”。
爆風の衝撃から立ち上がった先に通り魔感覚で倒された魔族は真っ二つ。それといった叫び声をあげる間もなく、血しぶきを立てて再び地面に転がった。
「今日の戦場はいつも以上にハード……うん、いいねぇ!」
降ってきた騎士。
騎士というよりは“侍”の風貌を持つ男が笑い声をあげながら、後ろを振り向いた。
「程よい熱さ。こりゃあ、祝杯の酒も何千倍はうまくなっちまうか想像も出来ねぇな……なぁ、“ソージ”?」
「“ホウセン”の兄貴!?」
ソージは大声をあげて驚いた。
何食わぬ顔。戦場を前に不謹慎に笑みを浮かべる騎士の名前は、精霊騎士団のホウセン。
「よっ、久しぶり!」
このグレンの村の出身の戦士であり、同時“ソージの兄貴分”の男であった。
「元気そうだな。相変わらず」
「……はっ、兄貴も変わらず愉快なこって」
ソージが立ち上がると、その場にいた自警団にも目を受ける。
想定外の爆風に足をくじいたものも数名いる。飛んできた木片で傷を負った者もいるが……“ホウセンの登場”により、一同はそれを些細なものとして片付ける。
「行くぞ、お前等! 反撃開始だ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
光の放たれた空。
結構な数の竜騎士を撲滅したはずだが、それでもなお、援護の数はやってくる。光から免れた竜騎士達は両手の指では数えきれない数が存在する。
二匹の騎士団所属型ドラゴン。
そこにはそれぞれ、ローブを羽織った少女達がいる。
「俺達は空で露払いってか……いきなりハードな気がするんだが」
「そうは言ってられませんよ!」
ローブを脱ぎ捨てる一人の少女。
風に揺れる結われた髪。胸当て付きの上着に茶色のスカート。
少女は“背負われていた巨大な大剣”を手に取ると、大剣の内側にセットされた“魔導書”を起動する。
次第に大剣は熱量を纏っていく。
炎に耐性のあるドラゴン相手であろうと、その皮膚を溶断する大剣を身構えた。
「はぁああっ!」
一騎撃墜。首を切り落とされるドラゴン。
意識を失ったドラゴンと共に、一体の竜騎士は燃え盛る民家へと落ちていく。
「相変わらず熱心な奴……」
もう一人の少女は気だるげにローブを脱ぎ捨てる。
フード付きのコート。その内側には私服。キャミソールのような薄着に動きやすさを重視した革製のショートパンツ。
黒いショートカットには猫の耳のような癖毛が出来上がっている小柄な少女。
「……俺も始めるか」
少女は魔力を練り込み始める。
それは彼女がここ数年の修行を得て、ついに習得したという彼女の“魔衝”。
影の魔法。自身の影を実体化させ、形を変えて敵を薙ぎ払う変化の魔法。
それはかつて、王都で名を馳せた英雄のエージェント・レイヴンと全く同じ能力であった。レイヴンと全く同じ力を扱う少女は、その周辺にいた竜騎士達を次々“鈍器に変貌させた影”によって叩き落していく。
「行きますよ、クロ!」
「言われなくても分かってるよ」
そう、空の竜騎士達を次々と撃退するこの少女は。
“クロ”と“ルノア”。
一年半という時間。学園で鍛え続けた少女二人であった。
「さぁて……」
クロは後ろを振り向く。
「道は作ってったぜ……とっとと行けよ」
クロの真横を高速で飛んでいく、一体のドラゴン。
風になびく白い髪。
一人の青年が……巨竜の元へと向かって行った。
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