PAGE.328「豪火の臣下(後編)」


 その男の名は大王・アーケイド。 

 この炎の城の主にて王。魔王直属の幹部であることを意味する“地獄の門”の一角であり、ここにいる四人の魔族の長である。


「エキスナ、貴公は人間を嫌悪していたな」


 一人、人間の文化を否定するエキスナに問う。


「……はい、正直に申します。私は人間に何の魅力も感じません。虫のように騒がしく活発なだけ、そのくせ脆すぎる……何も感じないのです。人間という存在に興味というものを」

「そうか」


 アーケイドは五重塔より、街を見下ろす。

 人材として捕虜となった人間達が魔物に連れられ、牢へと運ばれていく。


「確かに人間は脆い。炎を浴びれば一瞬で灰になる。手を下さなくとも、たった数十年近くしか生きられない。我々魔族と比べれば、ノミも同然の生き物よ」


 絶望する人間の姿を見下ろした直後、再びテーブルへと足を歩み寄らせる。


「……だが、その短命を人間は力強く燃やすのだ。その短い人生の中で数多くの芸術品を生み出し、その名を残し散っていく。我々魔族とは違う、輝きを放っている」

 ピザの一かけらを手に取り口にする。

「私は、このピザという食べ物が好きだ」

 実に美味。本来取る必要もない食事であるはずなのだが、この絶妙な味わいを前にアーケイドは力強く賞賛する。


「人間の残した芸術は好きだ。命を燃やした人間が残した遺産……実に興味がある」

 この城には人間の文化が幾つか残されている。

「そのまま滅ぼしてしまうのは、勿体ない」

 このピザもその一要素だ。こうして宴の度に巨大なピザを部下の料理人に作らせ、幹部以外にも、配下の一般兵達に振舞っている。


「お前にも一つはあるのではないか。人の生、人の何かに興味が」

「そんなもの、私には……」

 エキスナは王の前であろうと否定を貫こうとする。


「あら~ん、本当かしらん?」

 アルヴァロスはニヤついた表情でエキスナを眺める。


「あなた、数か月前に侵略した国で、喉が渇いたとか言って何か飲んでたわよね? 最初は嫌そうな表情を浮かべてたけど、次第にその表情は女の子らしい表情に、」

「アルヴァロス! 余計な事を言うな!」

 エキスナは怒りを剥き出しにアルヴァロスへと拳を向けようとする。


「ほほう……エキスナよ。是非とも聞かせてくれ。人間に対し、微塵も興味を持たぬお前が興味を持った芸術。私も興味があるぞ」

 笑みを浮かべるアーケイド。その微笑みは臣下を可愛がるよう。まるで娘と会話をする父親のように和やかとした表情であった。


 ……エキスナは次第に怒りを引っ込ませる。

 何処か観念したように、少し恥じらいを浮かべてエキスナは口を開く。


「……コーヒー、と申しておりましたか」

 彼女が、人間の一国にて口にしたという飲み物。

 偶然目に入っただけであった。破砕された建物の中。取り残されていた飲み物に微かな興味を抱き、喉が渇いたという理由で口にした飲み物。


 コーヒー。と近くの紙切れには書いてあった。


「……あれだけは認めます。あれは、確かに美味でした」

 堅物な態度のエキスナであるが、アーケイドを前には微かに笑みを見せた。

 口元が緩む程度で変化したかどうか最初は見分けしづらくあるが、主であるアーケイドに同僚である幹部三人はすぐにその表情の変化に気づくことが出来る。


「ほほう、コーヒーか」

 アーケイドはピザを一口つまみ、ワインを一杯。


「それは我が国には存在するか?」

「うーん、それっぽいものは見たことあるけれど、あれ違うと思うのよねぇ~」

 泥水のような印象を受ける飲み物があるか、あれはおそらく違う。コーヒーを真似た何かなのだと思う。


「ふむ、作り方がわかれば、是非とも口にしてみたいが……何が必要なのだ」

「豆、だと思います」

 エキスナはポケットの中からコーヒー豆を取り出す。


「近くにこれがありました。この豆から作るのかと」

「あら~ん。エキスナちゃん、コーヒーって飲み物に案外ゾッコンじゃな~い?」

「黙れ、アルヴァロス」

 コーヒー豆を握りしめ、再び睨みをきかす。


 アルヴァロスとエキスナは不仲ではないようだが、こうした付き合いであるが故にエキスナからしたら折り合いが悪いのだろう。


「なるほど、よし!」

 アーケイドは何か思いついたかのように手を叩く。

「エキスナよ、その豆を貸してはくれまいか」

「構いませんが、何を……」

「この豆を調べ上げる。そして」


 玉座の間に腰掛ける。


「その豆が最も量産されている一国を次の標的としよう!」

「……ええっ!?」

 エキスナは驚いたように表情を歪ませる。


「コーヒーとやらを是非とも口にしたい! エキスナが絶賛するのなら尚更だ!」

 乗り気なテンションにアーケイドは既に計画を進めようとしている。近くにいた部下の兵士に豆を預け、リサーチが既に開始された。


「私も賛成ね。エキスナちゃんの笑顔、もう一回見たいわ~」

「俺も俺も!」

「右に同じく!」


「貴様ら……いい加減に、その目障りな口を閉じろ!」

 エキスナは首を鳴らし始める。これ以上からかうのなら一戦は免れない。


「行くぞ! 新たな地へ!」

「……何故、こんなことに」

 これまた観念したのか、エキスナはテーブルに戻りピザを口にした。




「感謝するぞ、我らが“魔王”よ」

 アーケイドは空へ視線を向ける。


「こうして人間界に足を踏み入れる機会をくれたこと、この世界の芸術の全てを我が手に収めるチャンスをくれたことを!」


 大王の城。アーケイドの国。


「ヒャッハー! また戦いだァッ! 次も勝とうね、兄貴ッ!」

「ああ! 勿論だ、弟よォッ!」


 人間にとっての脅威の一つが……新たなる進軍計画を企て始めていた。

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