PAGE.325「REPORT,9 未来へのカギ」


 彼等は再び訪れた。

 災厄の現場。少年少女を絶望へと陥れた箱舟の眠る場所へ。



「うっひゃぁ、こりゃあトンデモないお宝がいたもんだねぇ。売ればどれだけ金になるか」

「金、になるのか、コイツ?」

 トレジャーハンター。古代遺跡に眠るお宝については人一倍の知識があるオボロにとって、その箱舟はまさしく世界最高峰のお宝といっても過言ではないだろう。罰当たりな表現かもしれないが、こんな時にまで売り物にできないかどうかを口にしてしまう。


 今、箱舟は再び眠りに備えている。

 また、魔王と呼ばれる存在と戦い始めるその瞬間まで。この世界を守るため、光を放つその日まで。


「……よろしい、かしら」

「ああ」


 精霊皇ラチェットは、箱舟へと近づいていく。


「任せナ。この艇の扉くらい開いてみせるゼ……!」

 そっと、ポケットから“例のアイテム”を取り出した。

「こんな飛空艇を解体したことはないガ!! やってみせるからナッ!!」

 “ラチェットレンチ”だ。本当に久々に取り出した。

 この飛空艇の扉を開く。その仕事を任されたラチェットは気合を入れ、咆哮した。



「……いや、たぶん。目の前に立つだけでいいんじゃないかな」

「え? ああ、そう……?」


 テンションを低くするようで申し訳ない。だが、仕方のない事だ。そうかもしれないから。


 扉を開く鍵。コーテナがその場にいたから飛空艇は動き出した。精霊皇の魔力をこの艇が探知すれば……自然に封印は解けるかもしれない。



 言われた通り、ラチェットは艇の前に立つ。




「これで、いいのカヨ」


 ……今、目覚める。


「「おっ」」


 箱舟は再び、地より姿を現し、空へと舞い上がる。





 ___攻撃、はしてこなかった。



「大丈夫……みたいね」


 目の前にいるのは人間の敵である魔族ではない。まさしく、その破壊の箱舟を使役した、世界の救世主・精霊皇の力を引継ぎし者だ。


 数百年。実に長い年月を得て、再会する。

 精霊の皇と箱舟。歴史的邂逅。



「あっ……!」



 箱舟は地上へと戻ってくる。

 精霊皇。そして彼に選ばれた戦士を出迎えるように……その固く閉ざされていた扉を開いたのだ。




 一同は顔を見合わせる。

 生きた古代文明。その体内へと、足を踏み入れた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 箱舟の内部は、それこそ、そこらの飛行艇とは特に変わらない内装ではある。

 しかし、装甲の鋼材やエンジンに使われているエネルギー。そして、収納されているのは使用不可能になっている古代の魔導書達。


「なんてこったい! ここは宝庫! 生きる博物館そのものじゃないのかい!?」


 まさに、生きた歴史博物館である。

 数百年。誰の手にも届くことなく身を潜め続けた古代遺跡。オボロは歴史の痕跡が綺麗に残っている内装に興奮を隠せないでいる。


 先へと進んでいく。

 エンジン室、食堂、戦士達の寝室……最後に待つのは“操舵室”だ。


「ここが、舵、か」


 ここで、箱舟の操作が人間の手によって行われる。

 選ばれた人間のみが、その箱舟の背に乗ることを許されるのだ。



「……これは?」


 操舵室の真ん中。そこには巨大なカプセルがある。何かしらのエネルギーが生み出され、艇全体に送り込まれている。


 しかし、そのカプセルの真ん中に“不自然な空間”がある。

 何かをはめ込むような……何かを入れてくださいと言っているような、丸い空気の泡のようなものが。


 


「箱舟は精霊皇と第二のカギで起動する。そう書かれていたわ」

「車両登録みたいなもんだねぇ。これはカギ穴ってことかい」


 オボロはエネルギーコアを嵌めると思わしき白い泡の空洞を覗き込んだ。

 


「第二のカギ、ってなんだ」

 ラチェットは首をかしげる。

「この艇を起動するためのもの……って、なんで私が質問に答えてるのよ」

 精霊皇の跡継ぎ本人がやる質問ではないだろうとステラは問いを投げ返す。


「仕方ないダロ。それっぽいものに覚えがない」

「精霊皇とやらに何か貰ってないの?」

「貰っていないナ。ただ、必要なモノは出揃った、的な事を言っていたが」


 正確には、その言葉を吐いたのは精霊皇ではなく、その力の継承を任されたもう一人の神・ワタリヨだ。世界を救う準備は全て終わったと口にしていたのをしっかりと記憶している。


「ラチェットをそのまま刺し込むとか?」

「先にお前の頭をぶっ刺してやろうカ?」


 そんな簡単な方法で動くはずがないだろうとスカルを叱責する。


「なら、この箱舟はどうやって」

「……ッ」


 その瞬間だった。


「……!?」


 熱い。腰回りが熱い。

 魔力なのかどうかは分からない……だが、このエネルギーコアに反応するかのように、その熱は次第にラチェットの体全体へ帯びていく。



 手荷物のポーチの中からだ。

 いつも肌身離さず持ち歩いていたポーチの中から、その熱が込み上げてくる。



「……まさかッ!?」


 ラチェットは何か思い出したように“ソレ”を取り出す。






 ____六面体。

何度も彼らの窮地を救った謎の物体。


 スカルと最初に出会ったあの街。その近くの古代遺跡で手に入れたゴーレムの破片。基い心臓ともいえる部分だ。結局これの正体は何なのか分からず、ともかく放っておくのも嫌な予感がするので持っておくことにしておいたモノだ。


 共鳴している。

 六面体のキューブが、一人で勝手に浮き上がる。カプセルの前に移動する。



 光が芽生える。いつか見せた虹色の点滅を繰り返す。



「な、なんだいなんだい!?」

「うおっ、眩しい!?」

 スカルとオボロはそのあまりの眩しさに目を瞑る。

「これは……!?」

 ステラもその謎の異常現象を前に動揺する。





「、る、ど」

 点滅を繰り返す中、ラチェットだけは光に対し、目を見開いたまま。

「ガ、ル、ド……おまえの名前、ナノカ?」

 彼の言葉にこたえるように、また光が点滅を繰り返す。




 “会話”をしている。

 ラチェットは今、空飛ぶ古代文明と会話をしている。


 キューブだけじゃない。飛空艇の内装の壁のアチコチにも虹色の光が見え始める。艇そのものが、ラチェットの会話に反応を示しているように見える。




 ……六面体のキューブは一人でにカプセルの中へ入り、不自然な白い泡の中に。


「!!」


 そして、虹色の光が再び、点滅を繰り返した。




 ___箱舟ガルド。

 世界最強の戦艦が今、青年ラチェットへと伝承された瞬間である。



「……」



 ステラは今、その一部始終を見て改めて感じた。






 もう、ラチェットは我々人間とは違う領域に足を踏み込んでしまった。

 神の領域の少し手前。この世界の運命を握る“カギ”へとなったことに。世界の今後を左右する渦の中心となってしまった事に。



 彼が呼び起こすのは再生か、破壊か。

 ラチェットは白い髪を靡かせ、六面体のキューブから背を向け、スカル達へと面を向けた。



「……世界、だったみたいダナ」


 それは救世主としての使命を帯びた瞳。

 そして、仲間を守る頑固とした意思を秘めた瞳。


「これで、いいんだよナ」


 揺らがぬ心。その手にはかつての彼から感じられなかった確かな鼓動を感じ取れる。







 カギは今、世界に刺し込まれた。

 

 魔法世界クロヌスへと迷い込んだ一人の青年は___

 この瞬間、運命の物語の一ページを、刻み込んだのである。

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