PAGE.324「REPORT,8 闇の精霊・ラチェット」
「失礼すル」
コーテナが王都を旅立ってから二日が経過した。
あれから、ラチェット達の様子は幾らでも気になった。仕事の為、中々そちらに気を引けなかったステラは、シアルからここ数日の様子を伺うことが多かった。
とにかく、静かな日々が続いたという。
普段から騒がしかったアクセル達ではあるが、騎士団の監視もあってか大人しい。あまりはしゃぐことが出来ずに退屈な日々を送っているらしい。
コーテナと一番会話を交わしていたルノアは、一人自宅の庭で大剣を素振りする姿を目撃したとのこと。
魔王という理由で恐れ開いた壁。彼女はコーテナを否定してしまった自分に深く罪の意識を背負っている。だが、コーテナはそんなルノアを許してくれた。
心の弱い人間にはもうなりたくない。コーテナが旅立ったあの日からそう誓ったのだろう。彼女は毎日、一人鍛錬に励んでいるという。
静か。そう、静かなのだ。
何より一番静かだったのは……今、ステラの目の前。彼女の自室に呼び出され、ソファーに腰掛けているラチェットだった。
コーテナはアタリスと共に旅立った。その数日間、何でも屋スカルの営業は停止し、一度それぞれの気持ちを整理するための休暇を取っていたらしい。
スカルとオボロの気遣いであった。
「……随分と、雰囲気が変わったわね。大人っぽくなったというか」
「大人っぽくなった、というのは気のせいダロ……雰囲気が変わったのは、否定できないガ」
元よりそういう年齢だった。ラチェットは小馬鹿にするように笑う。
平気を装いながらも、やはりラチェットからは孤独を感じられる。
大人っぽく見えるのも、その哀愁から漂うものなのかもしれない。元より、見た目の割には年齢の高かった男だ。年相応の青年らしい見た目になったというのが正しいか。
「……話は全部聞いたわ。その仮面の事も、貴方の正体も」
異世界人。こことは違う世界からやってきた人間。
そして、精霊皇に選ばれた存在。彼がいつも身に着けていた仮面はその証。精霊皇としての使命を受け入れた今、その証は顔と一体化している。髪も少し長くなったのは気のせいではない。
「全部、決めたのよね」
「ああ」
ステラの言葉にラチェットは即答する。
「……精霊皇の使命。大いなる存在が引き起こした革命はきっと私達学会の人間は愚か、精霊騎士団でさえも理解できない神の領域の世界。何の力もなかった人間が生半可な気持ちで飛び込んでいい世界ではない。その体が朽ち果てるか、精神が壊れてしまうか……耐え切れない絶望の日々が、貴方を待っていると思うわ」
「だとしても、ダ」
それは強がりの言葉ではない。その返事は、確かな意思。
「俺は世界がどうなろうと知った事じゃない。だが……コーテナ、スカル、アタリス、クロにみんな……俺の大切な仲間。そいつらが傷つく世界は、もう見たくなイ」
きっと、その覚悟を背負った後悔が訪れる日も来るだろう。これから彼に待っているのは壮絶な戦いの運命。世界という“大きすぎる存在”を背負い、その重圧に耐え続ける日々が待っている。
そうであっても、だとしてもだ。
「俺は“世界の理を敵に回してでも、仲間のいるこの世界を救ってやる”」
盟約。世界を救う意思は背負っている。
そして運命と戦い続ける。皆が笑顔でいられるその世界をつくるため、彼は魔王と戦う決意をその身に受けたのだ。
大人っぽくなった雰囲気はやはり気のせいなんかではない。
彼の言葉には充分な“責任”があった。重みがあった。逃げ出すつもりは毛頭ない。
「……ならば、今の貴方に頼みたいことがあるの」
その覚悟を前に、ステラは告げる。
「精霊皇。貴方の力となりえる存在がある……だけど、それは貴方にしか起動することが出来ない禁断の箱舟。場合によっては、また、あの地獄を見る危険性はある」
数日前の無人島の出来事を思い出す。
仲間全てを焼き払おうとした巨大な箱舟。その獰猛なる存在を。
「それでも、来てくれるかしら」
「当然ダ」
……今、ここに契約は交わされた。
ラチェットを引き連れ、再び彼女たちはあの島へと向かう事となった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数日後。
ステラ達は帰ってきた。
「いやぁ、ここが例のアイランドビーチかい! 絶景だねぇ!」
「ハッハッハ、何度来ても最高の景色だが、ねぇ……」
スカルとオボロ。何でも屋コンビのオプションもつけて。
オボロは滅多に来れないビーチを前にはしゃいでいるが、スカルはこの島での経験が結構トラウマになっているのか、その景色を見るたびに顔が青ざめている。
「なんで、アンタたちまでいるのよ」
随分と空気の違いすぎる輩が来たものだとステラは呆れ果てる。
「大丈夫。何でも屋は畳んでるからよ」
「そういう意味じゃなくて」
ここに来るのならせめてアポイントメントくらいは取ってほしかったのが本音。人数分の食糧などのあらゆる調整が二人増えるだけで大きく歪んでしまうのだ。当日の突撃参加だけは避けてほしかったと告げている。
「……でも、いいわ」
しかし、今回ばかりはそれを大目に見た。
「今の彼には……仲間であるアンタ達のような大人が必要、だからね」
緊張の糸がほどけてしまった空気の中。
ラチェットは一人、天空を見上げている。上の空になっているわけではない。透き通ったその瞳の先、一体何を見ているのだろうか。彼の目には、その空の向こうに何が映っているのだろうか。
「……ああ、言われなくても、な」
彼等がついてきたのも、ただ単にもう一度リゾートを拝めたかったからじゃない。
運命の日。きっと、この島で彼を待っているのは、始まりを告げる出来事なのかもしれない。
もう後戻りは出来ない。その覚悟のままに進むしかない、運命の日へと。
一人、進み続けるラチェットの背中を支えるために、スカルとオボロはついてきたのだから。
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