PAGE.316「絆の先」


 後日。イチモク寺・門の前。

 今日も朝早くからそれぞれのグループに分かれて、山道を往復ランニング。途中で休憩を挟みつつの三時間。


 水筒と非常食の常備はオーケー。あとはメンバーが全員そろっているかどうかの確認のグループ長がしっかりと確認する。出発まであと数分近くと言ったところだ。


「よし、それじゃあボチボチ行こうか」

 グループ長が合図を送り、一同もランニングの準備に入っていた。

 今日も修行僧の調子は絶好調。いつでも出発できますよと愉快気に足踏みを始める者もいる。


 イチモク寺の修行僧達の一日は美味しい朝御飯から数分の会話、そして始まるランニングから始まるのである。今日も気合十分な修行僧達の声が響いた。


「あ、ちょっと待ってください!」

 コーテナが慌てて声を上げる。

「どうかしたか?」

「ちょっとだけ、待っててくれますか?」

 何故待つのか。その理由を告げる。


「そろそろ来ると思うので」

「来る……?」

 一体誰が来るというのだろうか。修行僧達は当然首をかしげている。


「……あ、来た!」

 コーテナは目を輝かせながら指をさした。


 ガ・ミューラだ。

 オオカミ少年は昨日の約束通りの時間にしっかりと顔を出してみせた。何処か照れくさい表情を浮かべてこそいるが、堂々とコーテナの元まで歩いていく。


 悪戯の常習犯ガ・ミューラの登場に当然修行僧達は身構える。

 ひとまず水筒を守らなくてはならない。あとは食事だ。もしくは山道の途中で落とし穴なんかも仕掛けているんじゃないかと身構える始末である。


 ……だが、何もしない。

 むしろ、身構える修行僧達には見る目もくれずにコーテナの元へ。


「約束、通り、きた」

 ガ・ミューラは片手をコーテナへ差し出す。

「だか、ら、終わったら、遊んで、くれるか」

「うん! 遊ぼう! 思い切り!」

 約束はちゃんと守る。

 その言葉にガ・ミューラはまたもや子供らしい笑みを浮かべた。


 一体何がどうなっているのやら。

 いつもは毛嫌いしているトレーニングに何故参加してくれたのか。そもそも、いつの間にこんなに仲良くなったのだろうか。

 

 混乱しながらも、修行僧達はランニングの準備に取り掛かっていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 数日が立ち、イチモク寺ではちょっとした変化が訪れていた。

 悪戯好きのガ・ミューラが毎日トレーニングに参加するようになった。これはイチモク寺ではあまりにもビックリなニュースであった。


 修行僧達も何がどうなっているのかと当然困惑こそしていた。とはいえ、あのガ・ミューラが悪戯もせずに真面目にトレーニングに励むようになったのは嬉しい限りだと、彼を歓迎する者もたくさんいる。


 まあ、念のためにと悪戯を身構える者は当然数名はいるのだが。


 トレーニングを終えた後、そこからは約束通り毎日遊んでいた。

 コーテナだけじゃない。そこにアタリスも加え、アリザとスーノウも一緒にだ。たまに一部の修行僧が遊びに付き合ってくれたりしてくれる。


 笑顔だ。

 ガ・ミューラは遊んでくれる皆に対して笑みをまいていた。


「……そうか、そんなことが」

 事情を知った姉のガ・メノは遠くから騎士のフリジオと一緒に子供達同士はしゃいでいるガ・ミューラの久々の笑顔を見て呟いた。


 修行僧に関係者たちも何故彼がトレーニングに参加するようになったのか、その全てをコーテナから聞いていた。


 遊んでほしいと声をかけても冷たい返事が返ってくるだけ。もともと、人付き合いも苦手だったガ・ミューラは次第に話しかけることすらしなくなり、無理やり遊んでもらおうとあのような悪戯に走るようになった。


 ただ、構ってほしかっただけ。

 いくら魔物の力の問題に見舞われているとはいえ、まだ子供。そういう当たり前な事に何故気づけなかったのだろうと姉である彼女は溜息を漏らしている。


「私の落ち度か……もっと、ちゃんと向き合っていれば、早く気づいてあげられたのに」

「ああいう年頃の子供は扱いが難しい。子供同士で通じ合えるものが今回はあったのかもしれませんね」


 あれだけ笑顔を振りまくガ・ミューラは久々に見たと姉は語る。

 だからこそ、姉として彼のためになってやれなかった自分の非力さを呪っていた。いつのまにか自分の事だけを考えていたのかと。


 だが、ああいう年頃の少年心はそう簡単には理解できないものだ。

 故にまだ子供らしい一面を残すコーテナには心を開き始めていたのかもしれない。常に相手をしてくれていたコーテナには。


「私も少しずつだが距離を詰めていこう。こんな不甲斐ない姉でも許してくれるのなら」

「許してくれると思いますよ。子供って意外と単純ですから」

 フリジオは笑顔でこたえる。

「……それに、家族なんですから」

 ガ・メノと会話を終えたフリジオは一枚の封筒を片手にコーテナ達の元へ。

 ただ、彼女達の遊びを眺めに来たわけではない。ちゃんと監視の騎士としての仕事などこなすフリジオは、割と多忙でそこまでの余裕はないのである。


「コーテナさん、貴方にお手紙です」

「ん、ボクに手紙?」

 一体、誰からだろうと一瞬考える。


「あっ! まさか!」

 思い当たる節、そんなの一人しかいない。

 待っていた。ずっと待っていた……いつか来るとずっと待っていた。


 その手紙の相手は勿論。


「やっぱり! ラチェットからだ!!」


 大切な友人“ラチェット”からの手紙であった。

 コーテナは封筒から手紙を取り出すと、その手紙を読み始める。





 はじめての手紙。この世界の文字を書くことは慣れ始めてこそいたが、手紙というものは書いた事がないのかその文章はとてもぎこちない。



 だけど、とても彼らしい文章が書き綴られていた。

 


 ___頑張っているサ。お前は遊んでばかりいないだろうナ?

 


 手紙の文章の一部がこれである。それを見るだけでもラチェットの何処か特徴的な喋り方が頭の中で再生されてしまう。何処か睨みの効いた彼の表情も浮かび上がる。

 早速、現れ始めていた毒に懐かしさを覚えるコーテナは笑い出してしまう。


 ___また会える日を楽しみにしテル。


 毒こそあるものの、その先には不器用ながらも優しい言葉が待っている。

 素直じゃないラチェットらしい手紙。まるで彼とそのまま会話をしているような気分になった。


「相変わらずだな、小僧」

 アタリスも手紙を見る限りでは元気そうであると笑みを浮かべた。


「これが、おまえ、の友達、手紙?」

 ガ・ミューラは覗き込むようにコーテナの背中にしがみつく。


「ほぉほぉ~」

「ふふっ、君の言う通りの人だね。手紙に滲み出てるよ」


 ガ・ミューラは勿論、いつも友人のラチェットの話を聞いていたアリザとスーノウも気になって仕方なかったので覗き込んできた。

 

 コーテナの言う通りの人柄が手紙に現れている。

 素直じゃない為に誤解を招きやすいが……優しい一面もしっかりと現れている。



「うん」

 コーテナは青空を眺める。


「ボクの……大切な“友達”だよ」


 きっと彼も、この大空を見ているのかもしれない。

 そう思うと……これだけ離れているのに、彼がすぐそこにいるような気がして心が躍る。


 会える日を楽しみにしてる。

 コーテナも一緒だ。彼と一緒で……また会える日を。




 これは歴史が動き出すその瞬間。その手前の日常の風景。

 希望のために走り続ける少年少女の軌跡。



 この二人はまた出会う。








 “新たなる魔族界戦争”が起きる、【魔法世界歴2000の境目】の始まりにて。

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