PAGE.305「南国のヴァイオレンス・チルドレン」
コーテナの前に現れた謎の人物。
餓鬼というには人間としての面影がありすぎる。喋り方に何処か違和感こそあるが、意識は明らかに“人間”としての側面が強い。
手入れがされているのかすら分からないくせ毛だらけの銀色の髪。汚れのせいか黒みを帯びた髪は縺れた糸のよう。
その少女の手にあるのは人間一人仕留めるには充分の鉈。侵入者に対し向けられる無機質な瞳は満開。口は口裂け女に負けないほど大きく開かれている。
ラチェットと同じくらいの背丈。
山姥というには若々しすぎる。
人間ではあるが……やはり、その姿と雰囲気には森に住まう童子を思わせる。
「ねぇ~、聞いてるのぉ~?」
耳の穴に小指を突っ込む童子、今度は瞳を覗き込むように細め、口も小さく閉じられている。
呆れている。という感情がしっかりと表情に現れている。感情表現の仕草が現れていながらも、何処か無機質な雰囲気は残ったまま。
「ここはぁ、関係者以外立ち入り禁止だよぉ~」
鉈を片手に少女は飛び上がる。その姿はやはり人間というよりは……童子すらも離れて餓鬼の雰囲気へと戻っていく。
「だから、回れ右しないと駄目なんだよぉ~!」
「おっと!?」
少女の攻撃を回避したコーテナは慌てて距離を取る。
今の振り方には一切の躊躇も手加減もなかった。まともに受け止めていたら、頭がスイカのように縦に真っ二つ。
その殺気は本物であった。
コーテナはギリギリで感じ取れた殺気を前、緊張のあまり息を漏らす。
「近づけさせないっ!」
鉈を手に襲い掛かってくる少女に対し、コーテナは氷の結界を作り上げる。
指先に集められる氷の魔力。得意の重複魔術により、前方にて巨大な氷の壁を作り上げた。
「ちゃんと言う事はぁ、」
しかし、少女は壁を前にして突っ込むのをやめない。
むしろ追突する覚悟で突っ込んでいるようにも見える。鉈一つではどうしようもないはずなのに、体当たりで破壊しようと試みているのか。
「聞かないと駄目なんだよぉ~!!」
少女の叫び。
それが山彦となってこだまする。
まるでカギを開ける為の呪文のように思えた。
帰ってきた山彦に反応したかのように……少女の体が一部“変貌”する。
「あれはっ!?」
透明な氷の壁からでも、フリジオはその姿を視認出来た。
右目は尖り、頭には鬼の角。
右手も人間のそれとは違う、怪物のような黒いデコボコ肌へと変貌していく。人間らしい見た目が、より餓鬼らしい怪物の見た目へと変わっていく。
変貌した少女は、壁に向かって鉈を振りかぶる。
「……っ!?」
破られた。
余程の力がない限りは突破できないはずの氷の壁を難なく突破してしまったのだ。
「まさか、魔族か!?」
「……っ!」
襲われるコーテナ。そして、魔族と思われる少女の存在。
人間に害を与える魔物を討伐することを生き甲斐とするフリジオは勿論、アタリスも慌ててコーテナの援軍へと向かおうとする。
「駄目です」
その矢先。
「「……!?」」
二人は驚愕する。
……吹っ飛ばされた。
見えない何か。身も凍るような冷たい何かに押し出され、コーテナから距離を離された。
「貴方達が手を出す事は許されていないので」
空から聞こえる声に二人は顔を上げる。
「しばらくお待ちください……大丈夫です。すぐに終わりますので」
そこにいるのはやはり人間の見た目をした何者か。
しかし、その両手は鳥の羽。両足も爪の尖った怪鳥のよう。
魔物に近い見た目へ変貌してる“少女がもう一人“……空から二人に警告していた。
「くっ……!」
氷の壁を破壊されたコーテナの前に、鉈片手の餓鬼が近寄ってくる。
その一撃を貰えば間違いなく致命傷。どうにかならないものかとあらゆる手を探っている。
……炎を集める。
ひとまずはこの状況から、離脱するための一つの手。
「!」
少女はコーテナの取ろうとしている方法に気付き、慌てて距離を取った。
“自爆”だ。
その場で小規模の爆発を重複魔術によって発生する。それ以上踏み込めば、体が吹っ飛ぶぞと脅迫紛いの警告をノーコメントで訴えた。
少女が襲撃を中止したと同時に爆発。
ギリギリ回避が間に合ったとはいえ、四重ほど集められた魔力による反動を前に、体一つ吹っ飛ぶ風圧が発生するのは免れない。
突風を浴びた少女の体は後ろへと吹き飛ばされていく。
「うわぁっ!?」
自分のすぐ近くで爆発しない様に、軽く飛ばして調整したとはいえ……あれだけの風圧をあの少女よりも直に浴びたとなれば、コーテナの体は当然いとも容易く吹っ飛んでしまう。
「うぐっ!?」
真後ろの大樹に背中をぶつける。背骨が折れるギリギリの衝撃が襲い掛かる。
……体の半分が魔物の姿となった少女は鉈を片手に今も殺意を収めない。
確実に仕留めるつもりでいる。虚空で素振られる鉈から、その狂気がじわじわと体を追い詰めていく。
「倒さないと……」
このままやられっぱなしでは不味い。
確実に仕留めなくてはいけない。次に放つ魔術で確実に。
「あれを、倒さないと……倒さないと」
指先で集められる炎の魔力。
次第に、その魔力が“見たことのある真っ黒いモノ”へと変貌していく。
「っ! まずい!!」
アタリスはその変化に気付いていた。
少女の手に現れる黒い炎。それは、数日前……王都に限りのない被害を与えるかもしれなかった破壊の力。
「倒す……倒す……仕留める、殺す……!!」
その黒い炎は次第にコーテナの体に纏わりついて来る。
「焼き尽くす……全てッ!」
あの炎を放たれたら、この森が焼け野原になってしまう。
その炎が街の方にまで届いたら大変な事になる。再び彼女の中で蘇ろうとしている“魔王の力”に、アタリスとフリジオの焦りが見え始めていた。
「っ!」
黒い炎。度を越えた殺気。
それに感づいた少女は……鉈をその場で投げ捨てる。
瞬間、少女は疾走。コーテナの元へとかけ、腋をしめ手の平を構える。
「よいっと」
それは、軽い“当て身”であった。しかし、気を失わせる事は容易い威力の一撃。
「うっ……」
ミゾオチに当て身を受けたコーテナは意識を失い、体から黒い炎が消えていく。
姿勢を崩したことで、黒き魔力は”海”へ飛んでいく。
飛散する。
爆散と共に、海面は飛沫を巻き起こし、大きく歪む。
村一帯に、雨とも思えるほどの水が降り注いだ。
「コーテナ!」
アタリスは上空にいる少女の警告を無視して、コーテナの元へと迫る。
「……」
「む?」
フリジオが上空を見上げるが、鳥の少女は何も仕掛けようとしない。
邪魔をするなと言ったはずなのに、特に何もすることなく少女達を見下ろしているのである。
「コーテナ、大丈夫か!?」
「大丈夫だよぉ~、気を失っているだけ~」
少女はそっと彼女を抱き起し、呼吸を確認している。
息は間違いなくしている。致命傷ともいえる一撃は与えていないため、安全であることを少女はアタリスに告げた。
「ビックリしたよぉ~、話で聞く以上に強くてぇ……これってもしかして、私以上なのかなぁ?」
「話で聞いた? 私以上?」
何処か引っ掛かる言葉を次々と吐き出していく少女。その言葉と状況を前にアタリスは珍しく首をかしげている。
「……なるほど、これは確かに重傷だな」
年老いた声。
「魔王の力、確かにこの目で確認したぞ」
そこへ現れるのは、こんな怪しい山奥で武器一つ手に取らず、堂々とした立ち振る舞いで迫ってくる初老の男。
___ただ、山に芝刈りへやってきた老人とは思えない雰囲気。
___並々ならぬ波動。何一つして隙が無い。
その風貌は、あのアタリスでさえも一度だけ息を呑んでしまう。
「すまなかったな。話は“寺”で話すとしよう」
これだけのオーラを目の当たりにした一同は悟る。
ホウセンの師匠。グレンの国に住まうという熟練の戦士。
この男こそが……その人物本人であるという事を。
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