PAGE.306「陽の祠(前編)」


 イチモク寺。

 ここには数多くの門下生が日々修行をしている。剣術・槍術・拳法などなど……見ての通り、魔法を駆使したものを使用するモノはあまりいない。


 グレンの島の山奥から聞こえてくる叫び声は、トレーニングの際に発する門下生の声である。その時間になると村にまでその声は響いて来るのだ。


 名高い戦士達を数多く輩出してきたグレンの山奥の修行場。そこに所属する数百数千の門下生を鍛えている凄腕の拳闘士。


「長旅御苦労。まずはくつろぐといい」


 その名は“ロザン”。

 この老人こそが、グレンの島一番の強さを誇る戦士であり、あの精霊騎士団のホウセンを鍛え上げたという噂の師匠ご本人なのだ。



「……」

「……」

 アタリスとフリジオは客間である畳部屋に案内されている。

 連れてこられるやいなや、二人は数分近くこの部屋で正座をしていた。


 この国の文化についてはシアルが寄越したリストにも細かく明記されてはいるが、フリジオ自身も必要最低限の勉強だけは行っていた。


 畳。この島特有の文化の一つ。

 真面目な話をする際、客人として迎えられた者・客人を迎える者、その礼儀を尽くす姿勢としては……体育座り、胡坐、その他足を立てる座り方は許されない。


 “正座”だ。

 両足を折りたたみ、膝を相手に向ける。その姿勢こそがこの島では礼儀となっている。


「……いててっ」

 フリジオは慣れない姿勢に足が悲鳴を上げ始めている。

 その姿勢は体重のほとんどが足の膝下部分に負担をかける姿勢である。最初は何とも思わないものの……その姿勢に慣れない人物は徐々に痛みを帯びていく。次第に痛みは麻痺となって座っているという感覚すら奪っていく。


 普段、座ると言ったら椅子に腰かける程度。両足に負担をかける座り方などしないが故にこの始末。痛みと多少のくすぐったさがフリジオを刺激する。


「……ふむ」

 一方、アタリスはその姿勢に関しては何も苦痛を上げていない。一番こういった姿勢に慣れていなさそうな彼女こそが格好の的になると思ったのにとんだ計算外である。

 

 一体どんなイカサマを使っているというのだろうか。フリジオは疑念の眼差しを、涼し気に正座を楽しんでいるアタリスへと向けていく。



「……えっと、あの」

「すまなかったな。試すような真似をして」

 二人の対面にいる老人・ロザンが頭を下げる。


「騎士団から受けた報告。そして、少女の内に眠る力がどれだけのものかを計る必要があったのだ」

 全世界の脅威とまで呼ばれる力。

 それが一体どれだけのものなのかを一度この目で確認する為に、ロザンはあのようなシチュエーションを作り上げたのである。


「意識をして自然と力をコントロールされては困る。ありのままの力を見せてもらいたかったのだが……成程、確かにこれは手がかかる」

 

 立ち入り禁止の看板。そして、突如一同の目の前に現れた“魔物の姿”を用いる謎の人斬り包丁少女に鳥人間。


 コーテナの性格については事前に連絡を受けていた。その性格をうまく駆使したシチュエーションでロザンは自然な魔王の力を引き出させたのである。


 その力を、ロザンはしっかりと目にした。

 多少の焦りこそ見せてはいるものの、老人の表情は“鍛えがいのありそうだ”と面白げに頬を緩めている。


「ということは、あのお二人は」

「ああ、私の弟子だ」

 となれば、当然協力者であるあの二人はロザンの弟子。


 ここには日々体を鍛える修行僧以外にも別の門下生は存在する……それは半魔族。


 魔族の力を制御できず、世界を荒らし尽くす魔物と何も変わらない姿へと変貌してしまう一部の半魔族の人間だ。

 


 人斬り包丁を振り回していた銀髪の少女。彼女も半魔族だという。

 感情的表現は何処かオーバーで情緒不安定なような節は見えた。野性的な性格こそ合間見えていた。


だが、紛れもなく彼女は“魔物の力”とやらを制御していたように見える。

 その場の状況に応じて姿を魔物に近いものへと変え打破。事態が一変すると、少女は魔物の力とやらを引っ込めて人間の姿へと戻っていった。

 

 制御しているのだ。あの少女は“魔物の力”とやらを。


「しかし驚いた。まさか、魔王の娘とやらを鍛えることになろうとはな」


 カッカと笑うその姿には、魔王がそこにいるというのに恐怖の一片も見えない。むしろ、人生においてこのような経験が出来ることを痛快に思っているようだった。


「一つ問うが、私が受け持つ少女は一人だけのはずだが、そこにいるお嬢も修行希望かね?」

「気にするな。私は彼女の保護者のようなものさ」

 アタリスはロザンに返事をかえす。


「……だろうな」

 ロザンは明らかに少女の姿であるはずのアタリスの言葉を笑いこそするが、それは“上段に対しての愛想笑い”とは違う。

 読み通りだった。予想が正解であったことを喜んでいるようだった。


「……ほほう、私を見据えたか」

「ああ、強者かどうかは見れば分かる……君は中々の手練れだな。その拳も技術に剛力こそないが、実に良い鋭さだ」


 この老人。見ただけでアタリスを“半魔族”だと見抜いたようだ。

 しかもそこら中にいる半魔族とは一歩、いや数百数千も先を行く存在。少女から感じ取れるオーラとやらを感じ取ったようである。


 アタリスも老人を前に安堵と愉快を覚える。

 ただの人間風情に任せられる案件なのだろうかと不安を覚えていたようだが……精霊騎士団とはまた違う、桁外れな老人を前に口元を緩めている。



「興味があれば修行の見学でもすればいい。一興となるかどうかは保障できんが、茶の一杯くらいは用意しておこう」

「お気遣い感謝する」


 アタリスもその老人を前には何処か姿勢が低くなっている。

 ここまで進んで礼儀を見せる彼女の姿も珍しい。



「あ、あのー、ロザンさん」

 フリジオは痺れが最高潮へと達しようとしている為に声が震えている。得意の笑顔の仮面も引きつり始めているが、話しを進めようと念を込めて口を開く。


「貴方の事はホウセンから聞いています。しかし、半魔族の中に眠る魔物のとしての力の制御……一体、どうやって」

「まあ待て。その話は当の本人が目覚めてからでもゆっくり」



「お師匠~っ」

 張り詰めた空気を破るがごとく、豪快に開かれる襖。

 風船が割れるような音がフリジオの五感をさらに刺激する。痺れた足がくすぐられたように仮面がまたも剥がれ始めている。


「“アリザ”。入る前に声の一つはかけろと師匠に言われているだろう。客人もいるんだから」

「ああ、そうだった~。ごめんなさい」

 コーテナに襲い掛かった少女。その名はアリザ。

 アリザは師匠からの言いつけを鳥人間の少女に注意されると、先ほどと変わらない態度で頭を下げて謝ってきた。



「分かっているのなら良い」

 弟子二人の登場にロザンは立ち上がる。

「二人とも、客人に名乗りなさい」

「はい」

 鳥人間の少女。鳥の尻尾のようにまとめられた髪の毛が軽く揺れる。

「は~い」

 先程の冷静な返事と比べて、とても気の抜けそうな元気いっぱいの子供っぽい返事が続いて部屋に響く。



「私はアリザだよ~。師匠の一番弟子~、よろしく~」

 片手を元気いっぱいスローモーションで振り回しながら自己紹介。声だけではなく、その姿勢も見ているだけで体から力が抜けそうである。


「自分はスーノウと申します。お見知りおきを」

 鳥人間ことスーノウは静かに頭を下げ、両手を広げ自己紹介。

 本来ならば、貴族の少女がドレスを軽く持ち上げる仕草の真似事なのだろう。だが、彼女がやると鳥が羽を広げている仕草に見えて微笑ましい。



「ふむ。ところでアリザよ、何用だ?」

「ああ、そうそう~。コーテナちゃんが起きたよ~」

 お寺の療養室に眠らされていたコーテナが目覚めたようである。

 アリザが手加減をしたのかもしれないが、本の数時間程度で目を覚ましてしまったようだった。


「あ、どうも! はじめまして!」

 二人のお膳立てが終わったところでコーテナが慌てて部屋の中へ。

「コーテナと言います! 今日からお世話になりま……いたっ、舌噛んだっ」

 元気のあまり舌を思い切り噛み潰してしまった。

 


「はっはっは! 活きがいい。ますます気に入った」

 その姿にはロザンも声を上げる。

 アタリスも、その姿が微笑ましかったのか軽くすすり笑いをしていた。



「ある程度は言いつけ通り、話しておいたよ~」

 コーテナが目覚めた後に、この寺の事は全て話しておいたという。アリザは言いつけを守ったことに対し胸を張って自慢げに話す。


「よし、では早速だが……まずは見せた方が早いな」


 これより、その修行の場とやらへ移動を始める。


 一同が移動を始めた為、アタリスはそっと立ち上がる。


「いたっ、いたたたっ」

 フリジオは痺れた足のおかげで覚束ないフラついた歩き方になっていたが、置いていかれない様にと千鳥足で一同の後を追った。

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