~魔法界幕間譚② 夜明け前~
PAGE.301「蘇った世界と、その外の世界」
円卓会議。
魔王コーテナ奪還の完了。そして、ラチェットの精霊化。
今回ばかりは議題が尽きない。話しておかないといけないことがオンパレードで存在するこの日の会談。
今後の事、王都の未来、そして歴史のカギを握っているラチェットとコーテナの存在。その全ての情報を整理するため、今宵の円卓の座にはフリジオ以外の精霊騎士団は勿論のことと集結していた。
「精霊皇はこの世界の外の次元……“境界”と呼んでおきましょうか。数多くの世界を管理する神にも等しい存在だった……そして、この世界を滅ぼした魔王もその次元の狭間の住人である。魔王と呼ばれた男の手によって、本来は存在していなかった新たな世界がつくられ……我々人類の世界は、その世界によって一度滅ぼされた」
「んで、精霊皇の手によって用意された精霊達も、その世界の住民であり部下だったってわけだ。一度滅んだ人間達は精霊と呼ばれた奴らの手によって蘇り、人類は全ての世界を征服しようと企んでいた巨悪を打ち倒すレジスタンス結成の為に協力を要請した、か」
次元を超え、全ての世界を救うためにやってきたアルス・マグナ。
アルス・マグナの手によって、滅んでしまったはずの人間は蘇った……同時、全ての世界を救うために無理やり戦いに駆り出されたという解釈もとれる。
だが、当時の人間と精霊皇。互いに選択肢はなかったのだろう。
敵は新しい世界そのものを作り上げ、手には負えない勢力を作り上げたのだ。境界の住民の中で動けるのはアルス・マグナと数名のみだけという事もあり、戦力が欲しかったのだろう。
星の数ほど戦力が足りないアルス・マグナはその世界の人間を頼る必要があった。そして、人間側もかつての平和を取り戻す為にアルス・マグナに従えることを選んだ。
パラレルワールドという存在。その世界全ての存亡をかけた戦い。
魔法世界クロヌスの歴史に刻まれた“魔族界戦争”はこの世界だけの問題ではなかったのだ。
「全く、随分とスケールのでかい御伽話だよな。聞いてて馬鹿らしく思えてくる」
サイネリアは相も変わらずの態度。卓の上に無礼に置かれている足の居心地が悪かったのか組み返している。
サイネリアの言う事は最もであった。
ここまで話がぶっ飛んでいると理解を拒んでしまいたくなる。残りの騎士達も玉座の間にて言い放たれたラチェットの真実においては胡散臭いにも程があると思ったものである。
「……やはり、信用できないですか?」
円卓の間にて、ルードヴェキラが一同に問う。
この言葉は信用するべきなのか。
精霊皇に選ばれた少年・ラチェットの言う事が正しければ……魔王の後釜は他に存在し、この先遠くない未来にて、千年前の悪夢が蘇ろうとしている。
それに対し動くべきなのかもしれない。だが、それがもしも、彼の作り上げた幻想なのだとしたら……。
話の内容が内容なだけに、精霊騎士団達は今も尚、動くことに抵抗を覚えていた。
「信用できるわけあるか」
サイネリアは即答する。
「……もしもこれが、神の使いを名乗るカルト教団の魔術師だったり、ある程度成績を残したくらいの天才魔術師とかの言葉だったら……信用できないな」
それだけスケールの違い過ぎる話。
その語り手が……もしも“違う人物”であったなら、信用できるわけがなかった。
「だが、今回それを喋ったのはラチェットだ……くだらない事にはクソの興味もないクソガキ。コーテナやその仲間のこと以外には手つかずの大馬鹿だ」
彼本人がここにいないのをいいことに言いたい放題である。
サイネリアはそれに対し詫びの想い一つ浮かべない。むしろ、彼の事を好き放題言えることが愉快なのか大笑いしている様に見える。
「根は真面目な奴だ。そんなくだらない嘘をつくタマじゃないだろ。こんな緊迫とした状況で、世界を引っ掻き回すような大ウソをついて回る奴じゃねぇ……まぁ、最初は怪しかったけど」
「俺も同意見だねぇ」
サイネリアの言葉に対し、ホウセンも続いて肯定する。
「あの坊主はちょっとばかり嘘が多い奴さ。だけど、あの女の子を守るという言葉だけは絶対に嘘ではない……是が非でも俺達の手を借りたいとして、嘘をつくならもっとマシな嘘を用意するだろうな」
ホウセンも少なからず彼らの事は何度も目にしてきた。
「第一、コイツの言う通り、こんな作り話みたいなの。嘘だとしたら……坊主の事を考えると、顔を真っ赤にして逃げ出すだろうよ。恥ずかしすぎてさ」
素直じゃない少年だった。何に対しても照れ隠し、そして面倒な事は避けるためにスルーもした。いろんな人に対し毒を吐き続けていた。
しかし、少年はコーテナのためとなると誰よりも動いた。
コーテナの友人も同様だ。ラチェットは心の何処かで仲間のためになると途端にスイッチが入る。
「……虚偽、彼にあるとは思えない」
イベルもラチェットは嘘をついていないと断言。
それは持ち前の直感なのか……イベルはその返答を変えるつもりは毛頭ないようだ。
「私は彼の事はまだよく知らないっす……でも、こうして皆が必死になってあの子達を守ろうとしている。騎士団長がここまで気遣うというのも、きっと彼らの事を信じているからなんだと思います」
プラタナスはラチェット達との交流はそこまで深くはない。
しかし、精霊騎士団達の対応はずっとこの目で見てきた。ラチェット達に対し、監視対象という立場でありながらも暖かな視線を向けていたのを彼女はしっかりとこの目で見ている。
命がけで仲間を守ろうとした彼の姿。その傷ついた姿も……その目にはした。
「皆さんに任せるようで申し訳ありませんが、私は皆さんを信じます!」
「おれも……信じる」
プラタナスとディジーの二人は皆の信頼を信じることにする。
ここまで精霊騎士団のメンツが一丸となるのも珍しいことだからだ。そんな光景に二人も心を動かしたのだろう。
「……」
だが一人。
たった一人は今も尚、無言を貫いている。
「クレマーティ、貴方の意見は」
それを見兼ねたエーデルワイスが問いかける。
「私は騎士団長の意見に従うまでです。貴方がそうすることが正しいと思っているのでしたら、私もそれに従います」
(……やはり、彼だけは)
ルードヴェキラはこの風景を“想定”しているような態度だった。
このクレマーティという男だけは心の底では反対の意思を見せている。今でもなお、あの二人にチャンスを与えたことに不快感を覚えている。
情で騎士団を動かしたときっと思われている。その情によって世界が滅ぶ末路を辿った時、どうやって責任を取るつもりなのだと敵意の視線を向けている。
その視線がいつもよりも重く感じた。
ルードヴェキラはクレマーティからの敵意を受け止めている。
(……ですが)
だが、どうであれルードヴェキラは意見を変えようとしない。
不穏を覚えているのなら安心させればいい。世界のために戦うと決めた二人の決意を無駄にしない為にも、ここは自身も踏ん張りどころであると胸を張る。
ルードヴェキラはその敵意を跳ねのけ、改めて命令する。
「これより我々騎士団は、精霊ラチェットの護衛に回ります。彼に困ってることがあったら全力でサポートをしてください。外の探索班は後日選抜いたします。魔王コーテナはフリジオに一任……よろしいですか?」
不安要素はいくらかある。
だが、ルードヴェキラは自分の信じた友達を救うため、騎士団に命を送る。
一同はその言葉に対し、肯定。
騎士団がそれぞれ座から離れていく。
王都ファルザローブも……何れ来るであろう災厄に迎え、最善の準備を行うべく、それぞれ行動に移し始めた。
(今やれるだけのことはやりました)
ラチェットのためのお膳立て。その舞台は出来上がった。
(……後は、私の問題か)
ルードヴェキラは自身の腰に引っ掛けてある剣に手を伸ばす。
今はまだ、明るい夕暮れの空。
この空がまた……暗黒に染まるその時、戦いが始まる。
「父さん。兄さま」
ルードヴェキラは、さっきまで座っていた椅子に目を向ける。
「……私は、騎士団長として、戦います」
国を背負う一人の騎士として、自身に新たなる誓いを立てていた。
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