PAGE.302「創られた”暗黒”の世界」

 魔族界___魔王宮殿。

 数千年前、魔王と呼ばれた男が玉座として屯っていた廃墟。千年以上の歴史が立とうとも、この宮殿は残されている。


 その理由はただ一つ。

 魔王の肉体が滅びようと……魂は今も尚、残っているからだ。


 保管されている魂。その棺桶の前。


「____というわけです」

 魔王宮殿に姿を現したコーネリウス。

 計画の失敗。魔王の力の一部を組み込んだ存在、器として最適な逸材であったコーテナの奪還に失敗してしまった事を彼女は告げる。


「……失敗、か。そうか」

 魔王の側近を名乗る男・マックスはその言葉に対し、静かに頷く。


「クリスモンヅは帰還しない……散った、という事か」

 手筈通りであるなら、この間にクリスモンヅも一緒に現れるはずだった。しかし、いつまで待とうとその姿を宮殿に見せることはなかった。


「クリスモンヅは後釜。新たな闘士に相応しい主として選ばれた。我ら地獄の門の中でも一番歴が浅い……しかし、実力は確かだった」

 コーテナは奪い返され、クリスモンヅは敗れた。


「“戦力”は充分に整っていた。我々は、何故人類に負けたのだ?」

 人類に敗北した。

 その理由をマックスは今もなお、探り続けている。



「……お前達が弱かった」

その場にいたサーストンは一言だけ言い残す。

「それ以外に理由はない」

 伝えたい言葉だけ吐いてその場を去っていく。



「奴の言う通りではあるなぁ」

 魔王の玉座の間に集うは地獄の門。

「確かに戦力面は充分だった。しかし負けたという事は……儂たちが人類を侮りすぎたということだろう」

 その中の一人。“大柄の男”がマックスに意見を漏らす。


「……侮っていた。我々の慢心か」


 その場にいる全員が敗北を認めていた。

 今の人類は生ぬるい。微かに芽生えていた慢心が敗北を招いたのだ。


「あと一つ、こちらの計画が一人の人間に歪まされたということもある。魔王の器に寄り添う一人の人間の子」

「……アルス・マグナの後釜、か」


 本来、もう少し時間をかけてから、万全の状態でコーテナを回収する予定だった。

 しかし、コーテナは一人の人間と出逢い、その人生が多く変わった。成長も著しく、故に魔王としての覚醒が予定よりも大幅に早まってしまったのだ。


 騎士団の手も回り、行動せざるを得なくなった。

 向こう側で処理されるよりも先に、器の回収を急がなくてはいけなくなったのだ。


「……今から、より多くの準備をする必要がある。人類の破滅を招くためにな」


 マックスはこの場にいる幹部たちの状況を見る。

 炎の闘士、そして先程立ち去った鋼の闘士……それ以外は“不在”。


「氷の闘士の後釜は敗れた。あれ以上の逸材はそうそう見つからん」

 地獄の門に選ばれたクリスモンヅはマックスが話した通りの逸材ではあった。彼女以上の逸材は、この短い期間でそう簡単には見つかりはしない。


「水の闘士はまだ完全に覚醒していない。今も、魔族界の何処かを彷徨っている」

 魔族界に水の闘士・ウェザーが帰還したことは確認している。

 精霊皇に敗れたというウェザーは死に間際にバックアップを残していた。この数百年の月日を得て徐々に復活を遂げてはいたが……完全な復活にはまだ時間がかかる。


 更なる“栄養”を求め、魔族界の有象無象を貪り尽くしている事だろう。



「鋼の闘士、は見ての通りだ。光の闘士は動けない……地の闘士は未だに不在」


 鋼の闘士は人類に敵意こそ向けてはいるが、協力的ではない。光の闘士は数年動けない。残りは……“不在”である。


 人類側も、数年後に備えて準備を進めるだろう。

 魔族界側も……それ以上の準備を、整える必要がある。


「……魔王の事はどうするのだ」

 玉座の間の巨大な棺桶。


「コーテナ。小娘の確保に失敗した時の予定通り……保険の“別の器”を使うのか」

「無論だ」

 マックスは棺桶に手を伸ばす。


「魔族界と人間界をつなぐことは出来ん。出来るとしても数年後……その間に魔王様の魂が維持の限界を迎えてしまう。そうなる前に、肉体に魂を移さなくてはならない」


「追い詰めるつもりが、我々の切羽が詰まる一方だな。はっはっは!」


 一人の闘士は大笑いをする。

 


「……運命の日をもって我々は進軍を開始する。それまで、我々も再度準備の見直しだ」


 運命の日。それは、千年という長い歴史の境目となる瞬間。


「“大王”よ。貴様も準備を進めろ」


「おおう。任せておけい」


 大柄な男も、その準備とやらのために姿を消した。



「……お前のミスは我々の配慮の問題もある。だから、今回は大目に見よう……しかし」


「次のミスは許されない、ですよね」


「その通りだ。だから、改めて覚悟を決めておけ」



 マックスは人間であるはずの少女を睨みつける。

 その少女の胸を指さしている……そこに、人間とは違う誰かがいるみたいに。




「“風の闘士・コーラルド”……いや、コーネリウス」


 少女につけられた異名。




「お任せください」

 コーネリウスは身を低くする。

「すべては新たなる世界のために」

その異名に対し、今まで見せた事もない笑みを浮かべていた。

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