PAGE.300「決意の朝に(後編)」

 

 儀式終了後、ラチェットは玉座の間へと案内された。

 イベルの魔力認識により、ラチェットの肉体には魔力が存在することが認識された……しかし、それは人間の魔法使いとしての魔力とは異なり、魔族が使用する邪悪な魔力とも異なるもの。


 神秘なるもの。例えるならば妖精のように透き通った不思議な力。

 まるで“精霊”のよう。


 精霊として姿を変えたというラチェット。

 彼の口から語られる……この世界へ連れてこられた理由。そして、果たさなければいけない使命とを。その全てを精霊騎士団へと告げた。


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 儀式が始まった矢先の事だ。

 心臓に魔導書が、アルスマグナの遺産が体と一体化する。

 

「……僕達は本来、それぞれの世界には手を出さない次元の狭間……“境界の住民”だ。世界を管理し、傍観する側の存在なんだ」

 その間ワタリヨは、何故ラチェットがこの場所へやってきたのか理由を話し始める。


「……しかし、その中で裏切り者が現れてね。そいつは自分だけの新しい世界を作り上げると“この世界”の侵略を開始した。何れは全ての次元を征服する、馬鹿な願いも掲げてね」


「そいつって……」


「ああ、お察しの通りだ」


 ワタリヨの話を聞くままに推察する。

 この世界とは別の世界がある。数多くの可能性によって変化するパラレルワールド。その次元に関与できるのがワタリヨを含めた次元の住民と呼ばれる存在。

 

 それだけ膨大な力を持った監視者の中に裏切り者が現れた。


 一つの世界を作り上げた。そして、クロヌス……いや、魔法世界となる前の世界を、かつて一度、侵略した。


 ……それが魔王。

 その存在こそが魔王。


 “境界の住民”の裏切り者だ。


「次元に介入し、訂正する権限を与えられていたのがアルスマグナ。僕はその補佐を任されたのさ……彼の未来を、観測する役目をね」


 話がトントン拍子で進めていく。

 次元がどうとか、そういう話が絡めばややこしくなるのは必然的。ワタリヨも用事を手早く済ませるつもりなのか簡易的な説明だけを終えて、ラチェットに質問をする間もなく話を次のステップへ。


「……アルスマグナは勝利した。しかし、魔王は諦めなかった。魔王はこの世界に自身の遺伝子を残し消滅した。自身の世界も残したままね……アルスマグナはそれに気づいていたが、その力を保つことに限界があった」


「それで俺が選ばれタ」


「そう、新しい精霊皇……いや、違うな。正確には精霊皇の力を受け継いだ“新たな精霊”の器としてね」


 ラチェットの胸を指さす。


「アルスマグナはまだ君の肉体にいる。もう意識一つ表に出せない残り火になってしまったけど……まだ、彼の力は残っている」


 肉体に宿る微かな魔力。

 それは精霊騎士団の予想通り、精霊皇の残りカスのようなものであった。


「この力を使い、君は“闇の精霊ラチェット”として生まれ変わるんだ」

「闇か……はッ、世界を救う精霊が闇を司るなんて面白い話ダナ」

「そうかもしれないね。だが、闇が必ずしも悪とは限らない……光があるからこそ闇がある。闇があるからこそ光がある。白と黒、互いを照らし、互いを飲みあう存在……闇という存在も、世界を照らすには必要不可欠な存在なのさ」


 体が次第に軽くなっていく。

 彼の体が“精霊”へと近づいている証拠である。


「全ての悪を破壊する闇。としてね」

「世界を守るために破壊する、カ」


 ラチェットは微かに笑みを浮かべる。


「随分と乱暴なヒーローに選ばれたものダ」

「……正直、僕としてはこれは賭けだと思っている。君が誰を正義と見なし、誰を悪と判断するのか。少なくとも、世界を破滅させる存在ではないことを信じているよ」


 ワタリヨの姿が消えていく。

 この世界から一度姿を消そうとしているようだ。この世界に干渉してしまう事象が彼に対して近づいているのだ。


「それと僕の事は口にするにしても名前は避けてくれ……しがない精霊の使いとだけ言っておいてね……それじゃあ、後は任せたよ。“闇の精霊ラチェット”」

 

 ワタリヨはアルスマグナの力を彼に捧げると姿を消していった。


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 生まれ変わってしまったラチェット。

 精霊騎士団のイベルも言っていた。その身体は既に人間のものとは違う何かに変貌している。精霊騎士団に負けず劣らない膨大な魔力を抱えた新たな生命体へと変わってしまっていると。


 アルスマグナと同様の魔力を手に入れたラチェット。

 しかし、ワタリヨは去り際にこんなことも言っていた。


『君は精霊の力を手に入れた……だが、あくまで魔力がその身体に宿っただけであり、扱え切れるかどうかといわれると不可能だと思う。きっと振り回されて壊れるのが目に見えてるだろうね。何せ身体は人間のままなんだから』

 アルスマグナと同様の力を使えるようにはなったものの、その力の反動に、人間の体でしてかない肉体は耐えきることが出来ないという重大な欠陥を抱えている。

『だから、使いこなせるように体を鍛えること。この数年で力を扱える器になることが今の君に託された試練かな』

 楽して強くなれる方法なんてそうそうない。

 

 期待というか失望というか。何とも言えない感情を抱いたラチェットは何でも屋スカルの事務所へと帰るために一人街の路上を歩いている。


 用件は伝えた。しばらくの間、騎士団に用事はない。


 ただ、散歩しているだけだというのに、歩くだけでも感覚が違うものだ。

 浮いているような、風で押し出されているような……まるで紙にでもなったように体が純粋に軽く感じるのだ。


 重くない体。ちょっと陽気に思いながらもラチェットは自宅を目指した。


「おい」

 しかし、その途中。

「……見ない間に、大人っぽくなったな」

 帰り道を塞ぐ人影が。


 ……クロだ。

 用事があるのか、彼女はラチェットを呼び止めると同時に睨みつけていた。


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 ラチェットはクロに連れられ、近くの噴水広場へと連れていかれる。

 クロが、フェイトから父親の事を聞いたと明かした場所だ。ここでクロは父を失った悲しみに耐えきれず、子供らしく泣き喚いていた。


 同時に感謝もしてはいた。

 父親の事を悟らせない為に。父親を正義のヒーローのままにしてやるために。ラチェットが黙っていてくれたことも。


 ……本来は違う。彼女にそれを伝えるのが怖かっただけ。

 そして、ラチェットの本当の真意も……実はクロは理解している。


 噴水広場に連れられてから無言が続く。

 せっかくの軽い身体もこんなに重い空気に晒され続ければ肩の荷がズッシリと重くなってしまう。そんな空気に鼻も喉も詰まりそうな思いでラチェットは表情に苦を浮かべていた。



「……前、ネックレスの話をしただろ?」

 沈黙を破ってきたのはクロ。


「俺の写真が入ってたネックレス……その写真の裏を見てみたら、数字が書いてあったんだ……何の数字かなって調べてみたら、それは親父の部屋に置いてあった金庫を開くための番号だった」


 魔法使いのエージェントとして。魔法学会に今も残されているというレイヴンの研究部屋。そこへ一つだけ置いてあった破壊不能の金庫。

 中に何が入っているのか調べることが出来なかった状態。しかし、クロはこの番号に気付くと、幼い頃によく忍び込んでいたという父親の部屋に侵入し、その金庫の扉を開いたのだ。


「手紙が入ってた。俺への手紙だった」

 金庫に入っていたのは手紙の内容。


 それは……クロ曰く“遺書”だったようだ。

 この手紙を読んでいるという事は恐らく自分はもうこの世にはいないという件から始まる手紙。ありがちな遺書が一枚だけ金庫に入っていたという。


「……俺への謝罪。そして、親父の夢が書いてあった」

 最後まで面倒を見てやれなかったことへの無念。


「俺を、親父と同じようなヒーローの魔法使いにするって事だそうだ」


 そして、もう一つ。

 それは仕事が落ち着いてきたらクロに魔法を教え、“いつかは皆の役に立てるヒーロー”のような魔法使いに育て上げてるという事。


 それがレイヴンの夢。

 最後の最後まで、たった一人の娘を思っていたようだ。



「いつか、最高の魔法使いになってくれって書いてあってさ……全く、魔法を教えてくれる奴にもアテはないし、俺には友達がいないしで……好き放題言ってるんじゃねーよって久々にキレちまったよ」


 少女はまたも震えている。

 それは嬉しさの涙なのかもしれない。最後の最後まで娘のためを思ってくれていた嬉しさ。しかし、それと同時に父親のいない喪失感に心が廃れる痛み。


「……お前、親父を殺した時、俺にどう償えばいいかって言ってたらしいな」


 ___そこまで言ったのか、あの連中共は。

 ますます学園のナンバーワンであるあの女子生徒の事が嫌いになりそうだった。元より好感度は最下層であったが、今回の一件で地の底の底まで追い詰める勢いであった。



「……だったら、一つだけ頼みがある」

 クロは自身を見下ろすラチェットに目を合わせる。


「俺の面倒を……俺が強くなる手伝いをしてくれ。俺の修行に付き合ってくれ」

 アクロケミスの魔導書を持っていない。

 クロは自身の胸を……その胸に宿る“自身本来の魔法”へと手を伸ばす。


「俺もアンタを手伝う。コーテナを助ける手伝いをしてやる……だから、頼む」

 腕を掴む。

 その時の少女は、初めてラチェットを年長者として敬うような瞳を向ける。


「俺と一緒に……ヒーローになろう」


 強くなるための修行に付き合え。

 言葉に毒こそあるが、この少女が言いたいことをラチェットは自然と理解していた。


 類は友を呼ぶ、なんて言葉がある。

 ラチェットは思っていた……この少女は、その直の悪さが自分に似ていると。




“自分を一人にしないでくれ”


 そんな言葉をここまで棘のある言葉に変換する。

 下手をすれば、ラチェットはクロの事を、自分よりも不器用なのでないかと心配になってしまう。



「……すきにしろヨ」

「ああ、すきにする」


 否定はしない。

 ラチェットのその言葉に棘をもって返すことにした。



「おーいラチェット! 今、騎士団の人達に話を聞いて……」

「あ、本当だ! 見た目がちょっと変わってる!?」

 風の噂を聞きつけたスカルとオボロがやってくる。


「ラチェットー! 話聞いたぞ!」

「何か、凄い事になってるみたいだね!?」

 アクセルとロアドも駆けつける。

「私達に力になれることがあるなら……」

「何でも言ってください!」

 コヨイとルノアも、ラチェットの夢のためにと駆けつける。




 ……コーテナには沢山のつながりが出来た。

 だけど、それは彼女だけじゃない……



 ___自分にもここまで理解できる仲間が増えたのだ。

 昔の自分では考えられない世界にラチェットは空を見上げる。



「……コーテナ」

 この世界を作ってくれたのは。この世界に足を踏み入れる覚悟をくれたのは。


 親友であるコーテナ。

 かけがえのない仲間である少女だ。




 今、少女は戦っている。

 世界を救うために、自分の中の魔物と戦っている。


「待ってるからナ……!!」

 彼女はきっと帰ってくる。

 それまでに自身も……体の中に眠る精霊の力に勝てる男になる。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 空は繋がっている。

 どれだけ離れていようと、その約束だけは絶対に離れない。




 少年は空に拳を突き上げた。

 自身の想いを胸に……



 また、少女と出会うために。

 少年の想いは風になった。この世界を照らす……太陽。



 自身にとっての太陽と言える少女へと。

 再びその約束を、人間としてその胸に刻み付けた。



( 青春共想曲 完)

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