PAGE.265「現実と地獄に覜える狭間へと(その2)」


「ふむ、こんなところですか……」

 壊滅的な被害を受けた王都の高台、フリジオは双眼鏡片手に様子を伺っている。

 逃げ遅れている住民はほとんどいないようにも思える。街の方には騎士と魔法使い一同、プラタナスとディジーもいるため人員に問題はないと思われる。


 これより、クレマーティ達率いる精霊騎士団およびその配下の団員が、魔王の依り代であるコーテナの奪還、そして非常事態の間に脱獄したラチェットとアタリスの捕縛に為にデスマウンテンへと進軍を開始する。いよいよ、反撃開始というわけだ。


「ここは放っておいても大丈夫、となれば」


 フリジオは王城にて出発の準備に取り掛かっている騎士団へ双眼鏡を向ける。


「これは僕も移動するとしますか」

 王都の方は問題なさそうだ。

 フリジオは私情の為にデスマウンテンへと向かおうとしていた……最高の悪党へと仕立て上げておいたアタリスの様子を見に行くために。


 ここまで舞台の脚本を用意してあげたのだ。彼女ほどの強者に仮面の主人公、そして友情の赴くままに戦場へと駆け付けた仲間達。既にデスマウンテンに到着している事だろう。


「ラチェット君は、うまくやっているといいのだけど……頑張ってくださいよ。叛逆の王子様。運命に捕らわれたコーテナ姫を、ちゃんと連れ戻してくださいな」

「……え?」


 フリジオはふと聞こえた声に耳を傾ける。


「あっ」


 その最中に“しまった”と頭を抱えていた。


「今、コーテナって」


 ……水をばらまく怪物の奇襲から助けた一般市民。ルノア嬢を連れてきたままであった。何処か適当な場所で置いていくつもりがすっかり忘れていた。

 魔王の依り代コーテナと一番仲が良かったとされる少女だ。そんな人物を前にする話ではなかった。


「……実に面倒だ。少しばかり、脚本の変更が必要になりそうだ」


 どうも同期である騎士団のメンツが近くにいないと気が抜けてしまう。悪い癖だとフリジオは自身の性格の悪さに笑みを浮かべている。


「コーテナちゃんに何かあったんですか!?」

 助けられた市民・ルノアは必死にフリジオに問う。

「騎士団の人達が何か騒いでいるのは聞こえたけど……まさか、本当に」

 謎の少女・ウェザーを止めるために移動中の事、彼女は騎士団のメンツの会話を幾つか耳に通していた。


 “魔王の依り代コーテナ”


 その言葉に何度も不安を覚えていた。

 この王都は人間に害を与えない半魔族や魔族に対しては人間と同じように懐深く出迎えてくれる。しかし、それと真逆に人類の脅威であると見なされれば……。


 騎士団は容赦なく、敵を撃つ。

 例え人の形をしていようと、この世界より脅威を“排除する”。


「コーテナのところに行くんですか!?」

 ルノアは必死にフリジオの体を揺らす。


「お願いします! 私も連れて行ってください!」


 ……ルノアはずっと恐れていた。

 理解も出来ぬ未知の力を解放したコーテナ。黒い炎を纏うその姿はまさしく魔王という名に相応しい悪魔の姿であった。


「お願いっ、じゃないと私……ッ!!」


 怖がっていた。その姿をルノアは恐怖した。

 しかし、同時に彼女は見た。


 ……泣いている彼女を。

 自身の手で壊しているはずなのに、コーテナはその王都の姿を見て涙を流していたのだ。


「放っておけないよッ……もう、あんなもの」


 ___きっと、怖いのは自分だけではない。


「私も、私もコーテナちゃんを」

「……こりゃあ、誤魔化せないかな」


 フリジオは自身の失態を後悔しながらも、これから面白くなりつつある展開に更なる愉快を浮かべていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 デスマウンテン。

 一気に山頂付近を目指そうとしたものの突然の奇襲。しんがりを買って出たロアドの気持ちを無駄にしない為にも一同は必死に山頂を目指す。


 あの様子では魔族界の門は恐らく開かれている。

 もうすぐコーテナを連れていったという裏切者がその門を凱旋する。足を一歩たりとも止めている暇はないと前進する。


「……」

 だというのにだ。

 山頂を目指す一同の中、ただ一人アタリスだけが一度足を止める。


「どうした、アタリス」

「小僧」

 アタリスはラチェットの方を見るとまた余裕の笑みを浮かべる。


「すまぬな。少し野暮用が出来た。すぐに追いつく」

 アタリスは彼等とは反対方向へと歩いていく。

「……わが友を、任せたぞ」

 すると、あっという間にその場から姿を消してしまった。


「な、なんだ……なんでこのタイミングで!?」

「……行くゾ」

 ラチェットはアタリスの事を見返らず、再び足を進めていく。


「おい、何も言わなくていいのか!?」

「俺達にはそんな時間はナイ」

 構っている場合じゃない。ここでグダグダ言ってる間にもコーテナは魔族界へと迫っている。一度門が閉じてしまえば、助けられるタイミングを永遠に失ってしまうのだ。


「……アイツは」

 走りながらラチェットは呟く。

「アイツはこんな時に意味のない事をする奴じゃナイ……きっとナ」

 彼はアタリスとは結構な時間を共にした。

 アタリスは自身の人生を優先し、その人生に面白い何かを手に入れる為であれば、どのような行動だろうと手を伸ばす気分屋だ。


 しかし、そうであっても“友は絶対に見捨てない”。

 このタイミングでコーテナの奪還以外に優先する事情があるとは思えない。ここで一度、このメンツを離脱したという事は……何か感じ取ったのだろう。


 それは魔族の血が多く流れている半魔族特有の直感かは分からない。

 彼女が感じたのは……ラチェット達でも想像できないものなのかもしれない。


「本当に、いいのだろうか?」

「とりあえず、行きましょう……?」


 ラチェットの回答に戸惑いながらもアクセルは進んでいく。コヨイに至っても余計な詮索をしまいと無言で走り続ける。


 山頂まではまだ時間がかかる。急がなければ。



「おっと、失礼」


 山頂へと続く山道。


「悪いけど先客だよ。ハイキングをするなら別の場所に行くべきだね」

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