PAGE.264「現実と地獄を覜える狭間へと(その1)」
歓迎。それは、待ち構えていたと言えば正解か。
「おっと、やらせないよ~」
山頂へと続く道。
目の前に立ちはだかるのは“通常の十倍以上の大きさはある首輪付きの狼”。
その狼の隣には、魔族の娘。
いつの日かアルカドアにて、研究員ウィグマに協力をしていたという少女“ィユー”がそこにいた。
「魔王の復活は近い。もうすぐ到着するからね、邪魔はさせないよ」
巨大な狼が行く手を阻む。
あと少しだというのに、向こう側も必死なのか、最大の戦力を持って行く手を阻むつもりでいるようだ。
「さぁ、お前等全員、この子の餌になって、」
「邪魔だーーっ!!」
ィユーが高らかと宣言をしている中。
「いっけぇーーー!!」
空気の読めぬロアド、自身の愛馬であるドラゴンを狼にタックルさせる。
狼よりも一回り委大柄なドラゴンは当然押し勝つ。
押し倒された狼は地面をのたうち回る。何が起きたのか分からないのか、混乱しているようにも悶える姿を見て感じていた。
「お、お前ぇっ!?」
突然の奇襲。
「いきなり攻撃とか卑怯ではない!?」
子供達が怯えて腰を抜かすサマを楽しんでやろうと思いきや、その様子を見せるどころか、狼を見事どかせてみせる暴挙に出た。こ予想もしていなかった奇襲を前にィユーは大声を上げる。
「皆行って! このワンちゃんは私たちで引き受ける!」
ドラゴンとロアドが巨大な狼を取り押さえ、道を塞がないように遠くへと投げ飛ばす。
今は多少であっても時間が惜しい。彼女のいう事が本当であれば、コーテナが魔族界に連れ去られてしまうのは目前だという事だ。
「行くぞ、小僧!」
アタリスはデスマウンテンの頂上へと向かっていく。
「言われなくてもナ!」
ロアドの心意気を無駄にはしない。
アクセルとコヨイも『無理はするな。』と一言だけ残してラチェットと共に先へ進んだ。
「……ドラゴンライダーね。アンタの竜、随分と鍛えてるみたいじゃん」
ィユーは地面を寝転がった狼の鼻を優しくこする。
「私のペット傷つけてさ。色々と覚悟できてるの?」
「ここに到着する前から、断言してきたっての!」
立ち上がる狼。眉間に血管を浮かばせるイュー。
そして、傷を受けながらも牙を剥くロアドのドラゴン。
狼の雄叫びに、ドラゴンの咆哮。
デスマウンテンの山が、数年ぶりに奮えた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
王都ファルザローブ。
被害は目に余るものがある。住民も避難もほとんどが終えているが、その水流に飲み込まれた残骸の数々が次々と姿を現し、その風景をより恐ろしいモノへと変貌させていく。
……騎士団の被害も大きい。
魔王の依り代であるコーテナを奪還するために必要な兵士の準備にも時間がかかっている。こちらの被害に応じても兵を回さないといけない為、クレマーティは頭を痛めている。
「あ、いた!」
そんなクレマーティの元にスカルとオボロが駆けつける。
「貴方達は……あっ! 騎士団長様と王の避難は!?」
「終わったよ! 皆、無事さね!」
オボロが説明する。
既に王と騎士団長は安全な場所まで避難させている。二人の近くにはエーデルワイスもいる為、クレマーティが思ってるような非常事態だけは来ることはないと断言した。
「ただ、それよりも!」
スカルが大慌てでクレマーティに問いかける。
「ラチェットを見かけなかったか!? あと、アタリスも!!」
「……いえ、見かけてませんが。何かあったのですか?」
「いないんだよ! 部屋にいないんだよッ!!」
洪水から避難させるためにスカルは一直線にラチェットのいる投獄部屋へと向かったらしいが、その姿はすでになく、何故か開いていた窓だけが目に入ったのだ。
「監獄搭の方に行ったらコーテナもいないしで……一体どうなってるんだい!?」
スカルの頼みでオボロも監獄搭の方に赴いたが、コーテナの姿も見当たらない。念のため、処刑場にも顔を出したが、やはりその姿は目に入らない。
突然いなくなった一同を前に、スカルが気を取り乱すのも無理はない。
「……報告で、魔王の依り代はデスマウンテンに連れ去られたと聞いた」
「はぁ!?」
スカルはクレマーティの胸倉をつかむ。
「待て! どういうことだ!? アイツが攫われたって初耳だぞ!?」
「連れ去られたコーテナ、そして王都の何処にもいないラチェット……ちょっと待ちなよ、こりゃあ随分と大変な事になってるんじゃないのかい!?」
王都のいないラチェットにコーテナ。
「まさか、ラチェットが……?」
これにはスカルも青ざめていく。
「いえ、攫ったのは彼ではありません……内通者です」
クレマーティは騎士団としての不備を正直に話す。
「裏切者がいたのです。彼女はその人物に攫われて……」
「おい! クレマーティ!」
嫌な空気が漂う中、その場でサイネリアが現れる。
「サイネリア! あなた傷の方は!?」
「これくらいかすり傷だよ! いってて……」
玉座の間へ赴くだけでも精いっぱいだったサイネリア。そんな体に伸し掛かる甲冑の重みも極まって、締め上げるような痛みがこみ上げる。
「ここは大丈夫です。貴方は王の護衛に」
「王の事は大事だが、それとは別にまた一大事があるんだよ!」
ここに赴いた理由。それは騎士団にとっても重要な事である。
その剣幕さが今のサイネリアから伝わってくる。その姿にクレマーティは思わず耳を傾ける。
「仮面と魔導書が奪われてる! なくなってるんだよ!」
「「……!!」」
嫌な予感が更に極まった。
ラチェットがコーテナを攫って姿を消したという線はない。
コーテナが王都に不在。そして仮面と魔導書が誰かの手に渡り、その状況でラチェットとアタリスの二人が行方不明。
これから何が起きようとしているのか……思い当たる節は一つしかなかった。
スカル達は勿論、その事実を聞いたクレマーティも。
「騎士団の準備を急がせましょう! 我々もデスマウンテンへ!」
「俺達も行かせてくれ!」
ただでさえ、兵を割けない状況。その補充としてスカルが名乗りを上げる。
「大切な仲間なんだ……頼むッ……!!」
「……わかりました」
ラチェットにコーテナ。この二人の元に危機が訪れている。
壁絵画に残された予言の言葉。
精霊皇と魔王の戦い……一度、この地にて蘇った歴史。
言葉にせずともクレマーティは理解していた。
スカルの心の奥底からこみ上げる不安。二人の行方に。
「当然、私も行くよ。やっぱり恩を仇で返すのはよくないからねぇ!」
「いや、お前外に出られないだろ」
スカルの鋭い指摘がオボロの胸を抉る。
「ほら、そこは特例で何とか……って」
オボロはクレマーティの顔をそっと覗く。
「……認めます」
何処か諦め気味に返事をするクレマーティ。
「よっしゃァッ!」
それに対し、オボロはガッツポーズで喜んでいた。
……この独断、他の精霊騎士団に怒られないかどうか気になるところだが、連絡もまともに取り合えないこの状況なら致し方なしと捉えるべきだろうか。クレマーティの胃痛は、今も尚、鞭を鳴らすように加速していた。
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