PAGE.257「大地に集う星達へ(前編)」


 かつて、魔族界戦争終結の地と呼ばれたデスマウンテン。

 この付近には今も尚、魔物の大量発生が頻繁に起きているとされている。故に一般市民は勿論の事、騎士団と魔法使いのメンツも限られた人員のみ立ち入りを許さなかった。


あまりに減ることのない魔物の出現。その傾向からか、かつて存在したという“次元の入り口”がまだ存在するのではと考察されていた。地獄へ続くとされる、戦争の火種が。


 ……その考察、間違いではない。


 “現れていたのだ。”

微かではあるが魔族と人間界の出入り口……[魔族界ホール]の存在が。


「いよいよお出迎えの時間か」

「新しい魔王様ねぇ。一体どんな人なのかしら」


 数名の魔族がクロヌスに足を踏み入れる。


 ……それは、かつてアルカドアと手を結んでいた魔族達。魔人となり世界の王になろうとした愚かな老人の野望をただ利用していただけに過ぎない魔族の一味であった。


「しかし、魔王様の魔力の完全復活にはまだ一年早いって言うのに、随分とお早いお迎えじゃない?」

「このホールの持続に限界があるみたいでな……万全の状態でココの侵略を開始とのこともあってらしいさ。ポンポン次元の穴を作ることは出来ないみたいだからな」


 また一人、魔族の少年と思わしき人物がクロヌスに顔を出す。次々と、人間界の地へとその姿を現していく。


「……だから何としても、新しい魔王様は魔族界に出迎えなければならない」

「そのための足止め係ってこと?」

「そういうことになるさ」


 三人の魔族がデスマウンテンの頂上で待ち構える。


「……全く、こんなの“女王”の頼みじゃなかったら引き受けないよ」

「口を慎んだほうがいいさ、“ィユー”」


 裏切り者・ゲッタは大笑いしながら、魔族の少女の口を抑える。


「……その“女王”も今日は来てるんだから」

「そうだな、変に無駄口を叩けば、お前もオブジェの仲間入りだ」


 同族たちからの警告。


「わ、悪い」


それを前に魔族の少女“ィユー”は固唾を飲み込む。


「……噂をすれば、だ」


 魔族界ホール。人間の脅威と呼ばれる世界から足を踏み入れる。


 紫色のドレス。体全体に沢山の宝石と結晶を彩った高貴な印象の女性。

 貴族な印象らしく、宝石の飾られた杖と扇を手に。


「人間界。初めてやってきたが、ハッキリと何とでも言えるな」

 扇を鼻元に掲げ、女王は呟く。

「相変わらずカビ臭い世界だ」

 人類そのものを黴菌だと言わんばかりの苦言であった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 王都の門を越え、ラチェットとアタリスはデスマウンテンを目指す。

 馬車もバギーも奪い取れる時間はなかった。どのくらい距離を離されているかも分からない遠征の山岳にまで全力疾走という無謀にも程がある大移動。


「くっ、はっ……」

 ラチェットは足を止める事こそしないが、やはり生身の人間とだけあって限界が近づいている。それが体にも表情にもハッキリと現れていた。


 スタミナが足りない。何より、彼女が連れ去られてから時間がたちすぎている事実もあって、焦っている故にいらない体力まで消耗してしまう。


「……小僧。行けるか?」

「察してるなら声をかけるナ……返事するだけでも体力を使ウ」

「小僧一人なら担いでやってもいいぞ?」

「ガキにおぶられるのは死んでもごめんだナ」


 いつも通りの返答でラチェットは走り続ける。


「……だが、贅沢を言ってる場合ではないとも思うがな」

 アタリスの言うとおりである。

 これ以上無理に走れば筋肉痛に水分不足、体の痙攣などあらゆる悪影響に見舞われる。デスマウンテンに到着し、追いついたとしてもその状況では少女一人奪い取ることも困難になる。


 ラチェットくらいの少年一人であれば、肉体は小柄であろうと背負える余裕はある。彼のプライドを考慮しつつも、その贅沢は毒であると告げながらアタリスはそっと手を伸ばす。


「わかってる、ケド、な」

 プライドなんか捨て去る時だというのは分かっている。ラチェットはその手を伸ばそうとしていた。


「……む?」

 その途端だった。アタリスが視線を空に向けたのは。

「……あ?」

 ラチェットは耳を傾ける。



「――い」


 声が聞こえる。誰かがこちらを呼び掛けているようだ。

 その声は……空から。


「おーい!!」

 その声は次第に鮮明になっていく。最初は山彦くらいに小さな声であったが、今は耳を傾けなくともその声は聞こえる。

「あいつら、ハ……!?」


 手を振っている人物達。

 聞き覚えのある声に見覚えのある姿、ラチェットは思わず目を見開いた。

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