PAGE.256「秩序はついに滅び、平穏は既に狂っていた」
今日は、何とも雲行きの怪しい事だろうか。
「待ってくれ! 来るなっ、ぐぼっ、ごぼぼぼっ……」
「ひ、ひぃいいっ、びびっ、ずびびっ...!」
まるで地上の荒れ模様を見たくないと言わんばかりに……神様とやらが、その視界を遮っているかのように、暗雲だけが空に立ち込めている。
「なんだ、アイツ、はっ……ふがぅ、ふぐぅおほぼぼ……」
「デカイ、デカい……デカ、い……」
叫び声。喚き声。不協和音は止まらない。
再び王都に響く悪夢のオーケストラ。心もどよめくクラシック。
「助けてくれっ……助けっ、」
「ごぼぼっ、ぼぼっ……ぐぼぼぼぼぼぼっ!!」
しかし、その最悪のコンサートは黒い炎による発狂ではない。
この街には既にコーテナの姿はない。魔王の依り代と呼ばれた女。この世界の新たなる脅威となってしまった少女は、この街から既に立ち去ってしまっている。
泣き声。むせる声。響く声。
その音全てが……水流に飲み込まれ消えていく。
「おい! 結界を張れ!? もうそこまで来てるぞ!!」
「駄目です! 間に合いません!!」
騎士達は必死に抵抗を見せる。
「ふぐぅ、ぐぶぶぶぶ……!?」
「そんなっ……ふぶ、ぶぶぶっ」
想像以上の進撃を前に騎士達は次第に押されていく。抵抗する間もなく、撤退を余儀なくされるか、新たに生み出された“黒い濁流”に飲み込まれるかのどちらかのみ。
泥と血の混ざった目の色悪い濁流。飲み込まれた人間達はあっという間に人の形一つ残さずに粉々に分解され、骨も皮も、臓器も何一つ残らず消えていく。黒い濁流は飲み込んでいく人の体を溶かして、飲み干していく。
王都の街が、突如現れた濁水流に飲み込まれようとしている。空の暗雲同様に、その街も暗黒色に染まろうとしていた。
「何なんだ……!」
騎士達は撤退しながらもその水流から目を離さない。
竜巻。天に向かって逆上がる水の搭。
次々と王都の街を破壊して回る天変地異の現象のド真ん中。
「……にげないで、いかないで」
濁流の上でただ一人妖精のように立っている、その存在に向かって叫ぶ。
「アイツは一体!?」
騎士の叫び。
「お前、なに……ぐぼっ、ぼぼぼっ」
これもまた、泥と血に塗れた悪魔の濁流によって飲み込まれてしまった。
水上。災厄の真上。
一歩ずつ、その人物は王城へと向かっていく。
「……たべないといけないの」
幼い少女。解けた水色の髪が濁流の上で浮かんでいる。
その幼い見た目にしては、アンバランス極まりない特異な乙女。
「わたし……“とうし”だから」
真っ青な水。濃厚な水を衣のように纏う少女。
見覚えのある少女が、今の感情の何もかもを理解することもなく、ただ体にしみこんでくる“義務”という念に押されるがままに進撃を開始していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……魔力、察知」
王都から先行してコーネリウス達の後を追うイベル。
「……確認。コーネリウス、間違いない」
イベルは複雑そうな表情を浮かべていた。
エーデルワイスが信頼を寄せていた教え子。学園の長の立場として、誇りのある生徒の一人として数えられていたコーネリウスの存在。
魔王の依り代を連れだしたのは紛れもなく彼女だ。
その事実にイベルはこの上ない複雑さと怒りを覚えている。
「上昇。時間、がない」
イベルは今も尚、感じ取っている。
デスマウンテン。かつて魔族界戦争の修羅の場となった地。
戦争が終わった今も尚、得体のしれない魔力が残り、魔物の大量発生の地となっている大地にて……突如現れた“謎の反応”。
イベルは予感する。それを放置するのは……“いけないこと”。
急がないといけない。
魔王の依り代をデスマウンテンへと連れていく。壁絵画の予言の事も相まって、この千年の歴史においてとんでもないことが起きるかもしれない。今までにない不安を覚えたイベルは足を速める。
「……反応!?」
足を止める。
「くっ、うっ……!?」
“神速”ともいえるレベルで接近してきた攻撃に対し、反応を見せる。
「___ほう?」
即座の反応でダメージを最低限に抑えることが出来たとはいえ、少女の体はいきなりの奇襲に耐え切れず、数百メートルも先に吹っ飛ばされていく。
「さすがは精霊騎士団と言ったところか……サーストンは侮辱していたが、予想よりは見所はあるじゃないか」
黒装束の男。
「魔族の少女よ」
雷の闘士・マックスがイベルの進行を食い止める。
デスマウンテンの進行ルートからかなり離れた森林地域へと飛ばされていったイベルへの追撃を試みる。
「だが、まだ若いな。姿勢がなっていない……ましてや、育ちがなってない」
吹っ飛ばされたイベルに追いつくとその首を掴む。
「魔族の誇りも捨て、人間に手を貸すとはなッ!!」
「……ッ!」
二人の影は森林へと消えていく。
その瞬間、羽を休めていた小鳥たちが一斉に大空へと飛び立った。
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