PAGE.226「ざわめきの”黒”」
……カルボナーラ船。
学園の生徒であるアクセル達、そして何でも屋スカルの一同は一足先に王都へと帰還することとなった。
理由はただ一つ。
ソージが発見したという謎の飛行艇。その存在はあまりにも危険であり、彼等では手に余るという判断となったからだ。
依頼内容は簡易的な調査であった。突如発見された謎のデザインの飛行艇に乗り込み、その中を大人数で調査するという探検ツアー的なものであったはずが……満身創痍に追い込まれる大変なツアーになったものである。
突如動いた飛行艇。追い詰められた一同。
エージェント達の活動あって飛行艇の停止に成功。それ以降は微塵も動く気配こそ見せなかった。
……しかし、二度と動かないという保障はない。
またあのような事柄が起きれば今度こそ一同に危険が及ぶ。エージェントが対応するべきレベルにまで手が込んでしまった為に帰還させられることとなった。
島には戦闘のスペシャリストであるエージェントコンビのシアルとミシェルヴァリー。そして一時的な補給としてフェイト達が残る事となった。
王都より補給のエージェントと魔法使いが送られ次第フェイト達も帰還となる……今回の一件、想像以上に厄介な事柄だ。
船の上ではあの嵐のような騒動を後に静けさが生じている。
あの島へ到着する前、そして島に到着したときの常夏気分は一体どこへ行ってしまったのか。疲れ果てた一同はそれぞれの部屋で休息を取っていた。
「やれやれ……一攫千金のチャンスをまた逃してしまったぜ」
自身の手では手に余る事柄であることは理解しているが、結果としては騎士団からの仕事を放棄してしまった事でチャンスを逃したことを呪うスカル。
連続で一獲千金のチャンスに恵まれるという女神さまの大盤振る舞いをここまで棒に振るとなると、そろそろ愛想をつかれるのではないかと焦りや寂し気の両方の感情に揺さぶられていた。
「なら、今からでも戻るか?」
からかうようにアタリスが聞いてくる。
「いや、今はそれよりもやるべきことがあるからな」
四人部屋。そこに集う何でも屋スカル一同。
「……すー」
いつも以上に長く続いた頭痛。その体を休めるために仮眠を取るラチェットはベッドで横になっている。
「……」
そんな彼の横で椅子に腰かけるコーテナ。
自分自身の右手。今まで見たことがない魔法を撃ったその右手をじっと見つめながら、無言が続いている。
「む?」
静かな部屋の空気。
スカル達の部屋のドアを叩く音が聞こえてくる。
「どうぞ~」
「……ちょっといいかしら」
部屋に足を踏み入れてきたのはエージェントのステラ。
彼女も飛行艇の孤島での調査の仕事で残る事にはなっているのだが、この仕事に付き合ってくれていた一同をせめて送り返してあげたいという強い願いでこの船に同乗している。
彼女はエージェントであり、学会のメンバーでありながら、学園の教師でもある。
ステラにとっても、生徒達は大切な存在なのである。一教師としての務めを果たすため、最後まで身の安全を確保する仕事を請け負ったのだ。
そんな彼女がいつも通り眼鏡を正位置に戻し、指を鳴らした後に部屋に入ってくる。
静かな空気。部屋に入りづらい空気ではあるが、ステラはその空気をこらえつつも気を引き締めて入り込む。
「……コーテナさんと話がしたいの」
「私と?」
はっと気が付いたようにコーテナがステラの方を見る。
何の質問をするというのか。疑問こそ浮かべている彼女であるが。
……思い当たる節がないわけではない。
「疲れているのは承知しているわ……でも、どうしても聞いておきたいことがあって」
「私の事なら大丈夫です。答えられることなら何でも」
コーテナは快く、ステラからの質問を受け入れる。
我に返ったかのように慌てる彼女の素振り。その様子を見て何処か安心を覚えるスカル達ではあるが、これから始まる質問の内容に不穏を感じている。
二人も気になっていた。
「……貴方が撃った、あの黒い光線」
あの瞬間、飛行艇に向けて撃ち放ったあの“漆黒”を。
「それについて聞きたいの」
それは一同の予想通りの質問だった。
「サイネリア様から重複魔法を教わった。その事についてはご友人からもサイネリア様本人からも聞いている……だけど」
重複魔法。魔法使い上級者でさえも難しいと言われる裏技。器用さは勿論、桁違いの魔力を保有していなければ発動は難しいとされている技術。
「貴方が撃った光線は、炎の魔力の重ねがけでは本来発生するはずのない物だった。反発し暴発するはずの魔力が……完全に溶け合い、融合していた」
コーテナが撃った黒の光線はその技術ではありえない現象。
完全に融合。重ねあわされた“異なる魔力の集合体”が反発することなく、完全な融合を果たし、未知のエネルギーの集合体となって白い閃光を相殺した。
「あんな魔法は見たことない……あれは意識して撃ったものなの?」
「分かりません」
コーテナはステラからの質問にそう答える。
……そうとしか答えられない。
「私も必死で何が何だか分からなくて……ラチェットを、皆を守らないとって思ったら、突然体の中が熱くなって……指先の炎が見たことない形になっていて、気が付いた時には、あんなことに」
記憶が曖昧。その時の一瞬の出来事を明確に覚えていないのだ。
突然の現象に一番パニックになっていたのはコーテナ本人であり、その力も今まで感じたことのない波動が伝わり恐怖した。
現に彼女は今でも、あの現象の正体がわからずに震えている。
この指から放たれた漆黒は何だったのか。今でも分からないままだ。
「……嘘をついているようには見えないわね」
コーテナの様子を見て、ステラも察する。
かれこれ、このメンツと知り合ってそれなりの期間が立っている。天真爛漫なイメージがよく似合う彼女の事も理解してきた頃合いだ。
嘘をつくような少女ではない。
この慌てよう、そして震えている様子からして間違いないとステラは息を吐いた。
「ごめんなさいね。疲れていたのに」
「いいんです。私も気になっていましたから」
魔法学会なんて組織に所属する学者の事だ。見たこともない魔法が目の前に現れたとなれば好奇心に駆られても仕方がない。気を遣うようにコーテナは笑って、その場を和ませようとしていた。
「……うう」
和みつつある空気。葬式にも近い険悪なムードが彼女の頑張りのおかげで明るくなり始めたその瞬間だった。
「ううぅ……ううぅ」
呻き声。ラチェットは悪夢にうなされる様に片手を上げ始めている。
「ラチェット、どうしたの?」
落ち着きのない様子を見せるラチェットを覗き込むようにコーテナが顔を出した。
「……っ!!」
その時だった。
「えっ……!?」
コーテナは声を上げる。
___一体何が起きているというのだ。
___何故、なのか。
何故、“ラチェットはコーテナの首を絞めているのか”。
「お前は、お前は……!」
ラチェットが微かだが瞳を開け始めている。仮面の片目から見えるその瞳は確実な敵意を向けているものであり、下手をすれば殺気にも近い感情が芽生えている。
「お前は……俺のッ……!!」
いや、近いなんて表現はいらない。その瞳に乗せる感情は……“殺気”そのものだ。
「らちぇ、っと……!?」
泣き声にも近い声を上げながらコーテナはラチェットの腕を掴む。
的確な殺意を持っての行動。その両手の力は想像以上に強く、少女の力なんかでは振りほどけない握力でコーテナの意識を奪い取ろうとする。
「……小僧ッ!!」
そのあまりにも突然すぎる奇怪な行動。
「何をしているッ!!」
それに対し、怒りを覚えたアタリスはラチェットの頬を強く叩いた。
「……!?」
まるで気を取り戻したかのよう。
目が覚めたように力が抜けていく。コーテナの首から両腕を切り離し、その片腕で叩かれた右頬をそっとなぞっている。
「……コーテナ?」
驚いたような表情を見せるラチェット。
「ラチェット! お前何やってるんだよ!!」
コーテナの首を絞める。
彼女の事を誰よりも信頼しているはずの少年。彼がやるとは思えない、そのあり得ない風景を前にスカルは怒鳴り声をあげる。
「俺は……」
震える両腕。
次第にその震えは体全体にまで馴染んでいく。止まることのない動揺を抑えこもうと両腕を縄のように体に締め付ける。
「俺は……何をしたんだ……!?」
自分の行動。それに対する恐怖。
ラチェットはさっきの行動がうっすらと記憶に残っているように震えている。
「俺は……コーテナを……!」
「もしかして、怖い夢でも見た?」
驚いているような声を上げているコーテナではあった。
ところがそんな彼女の表情はいつも通り明るい表情へと戻っている。震えているラチェットを落ち着かせようと優しい言葉を投げかける。
「……」
その笑顔。かつて安らぎを覚えたその表情。
ラチェットの震えは次第に落ち着きを取り戻していく。完全に取り払う事自体は出来そうにないが、会話をできるくらいには意識が戻っていく。
「……黒いモヤモヤがいた」
ラチェットは正直に事を告げる。
「そいつが俺の目の前に現れて……そのモヤモヤを消さなきゃって思って……それで」
「やっぱり怖い夢を見てたんだね」
コーテナは安心したかのような表情で息を吐く。
「ビックリしちゃったよー。ボク、知らない間にラチェットを怒らせるような事しちゃったのかなーって」
照れ笑いをするかのようにコーテナは頭を掻いていた。
「……だよな。お前がコーテナを傷つけるなんてありえないもんな!」
スカルも安心したかのようにドっと息を吐いた。
「だが、事故とはいえ痛めつけたのは事実。そのケジメとやらは当然つけるのだろう?」
「それもそうだよね! 結構痛かったんだから、向こうに着いたら美味しいものを奢ってよね!」
女性陣二人してラチェットをからかう。
「……勘弁してくれヨ」
ラチェットもいつもの皆の様子を見て安心したのか微かに笑っていた。
いつも通りだ。いつも通り、ドライだけど素直じゃない少年の素顔に戻っていた。
(……)
ステラはその風景をじっと眺めている。
微笑ましい風景。いつも通りの仲良し一同の姿を見ているはずなのに。
(何なの、この……ざわめきは……?)
胸を刺激する嫌な予感。
鳥肌も立つような気持ちの悪い悪寒にステラは落ち着かない様子を見せていた。
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