PAGE.225「殲滅戦空(その3)」


 再び放たれようとしている真っ白の閃光。

 飛行艇は第二射をお構いなしに放たんとする。この島の大半を一瞬で焼き払ってしまった破滅の光を再び。


「また、あんなもの撃たれたら……!」

「意地でも止めろッ!」

 遠距離による効果力の魔法を使えるメンツによる一斉射撃が行われる。二度目の発砲を許したとなれば、次はどれほどの被害を生み落とすかもわからない。


 ……間に合わない。

 火力は充分にある。しかし飛行艇を覆う魔法反射の障壁が冷酷にも全ての抵抗を無にしてしまう。迎撃により放たれた幾つもの魔法は飛行艇の閃光を止めることが出来ない。




「ダメ……なのかッ……!?」



 放たれる。


 二発目の光が……無人島の大地に向かって放たれた。


(どうしよう……!)

 逃げなくてはあの光に飲み込まれてしまう。大地を一瞬で焼き払った火力だ。掠っただけでも体が蒸発する可能性は否めない。


 あの光から逃げなくてはならない。


 だが、ここから逃げてしまえば……“背中で苦しんでいるラチェットを見捨てる”ことになってしまう。


 ラチェットとスカル、二人は飛行艇の魔光線に気付くのが遅すぎたのか今からでは回避が間に合う気配が見えない。あれだけ弱ったラチェットを背負って逃げるのには時間がかかる。


(ラチェットが……ラチェットが……ッ!)

 消えてしまう。消えてなくなってしまう

 生きたこの世で最も大切な存在……それがいなくなってしまう。


「……いや、だっ」

 コーテナは光線に向けて指先を向ける。

「そんなの、嫌だッ!!」

 指先に集められる炎の魔力。

 精霊騎士の一人サイネリアによって教わった重複魔法だ。一発分の魔法弾の上に別の仕組みで作り上げた魔力を重ね、その場で融合しない様に調整していく。

 発射と同時に融合。そして、拒否反応による反発によって得体のしれないパワーを生み出す魔法だ。凶悪な力を誇るエネルギー弾をコーテナはその場で作り上げていく。


 動けない。動くわけにはいかない

 彼女は何故か……あの巨大な艇に立ち向かってしまう。


「何をする気だ、コーテナ!」

 アタリスが珍しくも声をあげる。

「無謀だ! やめろッ!!」

 彼女が焦るのも無理はない。いくら、火力に自身があるとはいえ、あの桁違いなエネルギーを前に抵抗する手段があるはずがない。人間一人が作った程度の魔法弾など、あの閃光に飲み込まれて一瞬で消えてしまうだけだ。


 間に合わないかもしれないが、まだ彼等を動かした方が可能性はある。閃光の迎撃など馬鹿げた真似だけはするべきではないと叱責する。


「ボクの……友達に……っ」

 重ねていく。

 何重も、何パターンも……今までにない数の魔力を重ねていく。

「手を、出すなァッ!!」


 再び重ねる。

 別の仕組みで作り上げたもう一発の魔法弾。



 まだだ、まだ足りない。

 これでは撃ち落とせない。




 まだ、重ねろ。 

 もっと、重ねろ。




 “体の奥底の魔力をすべて、この一発に込めろ”




(……!?)

 新たに作り上げた魔法弾。

その炎を呼び起こしたコーテナの胸の奥で焼けるように何かが弾け飛ぶ。



跳ねあがる肉体。

コーテナの指先に魔力が送り込まれる。



「はぁッ……あがぁあああッ……!!!」


“黒の混じった真紅の魔法弾”。


かなりの数を重ねればそれは当然さらに色の濃さを増していく。

 だが、そこには最早、“真紅”という表現を使う意味はなくなった。


「くっ!? ふぅっ……アァアアアアアアッ!?」


 指先に迸る炎は、最早“漆黒”。

 紅蓮というにも、真紅というにもその弾には赤みの眩さが一切見えない。指先に作られた魔法弾はただ真っ黒一色で染め上がってしまっている。


 彼女の意識はその炎で焼かれたかのように熱くなっていく。理性という枷を蒸発し、脳裏の隅々を幾億の熱で溶かしていく。


「____っ!」


 何も考えられなかった。



 まるで何者かに意識を奪われたような感覚と共に……

コーテナは指先の漆黒を飛行艇に向けて撃ち放った。



「!?」

 上空にいたシアルがその光を見て驚愕した。


 重複魔術。その裏技的技術の存在は当然、魔法世界のエージェントである彼は知っている。炎の魔法による重複魔術が織りなす現象は反発によって発生する大爆発であることも、世の中の常識感覚で捉えている。


 だが、コーテナが放った漆黒の炎は……


 “完全なる融合を果たし、真っ白な閃光と対を成すかのような暗黒の光線”。

 

 重複魔術によって生み出されたものとは思えない、エネルギー収縮及び同調全てにおいて完璧とも言える“魔法の光線”を放っていた。


 白い閃光、暗黒の閃光。

 二つの光が互いに絡み合い、飲み込みあう。






 ____消滅する。




 大地を焼き払う、天罰と例えよう白き閃光は黒の光によって飲み込まれてしまった。


「消滅、した……?」

 今、目の前で何が起きたのか。あの漆黒は何だったのか。

 今までにない何かをこの目で見てしまったステラはその現象を前に息を呑む。最早いつもの癖である眼鏡をいじる仕草すら見せない程に緊張が走っている。


「……」

 コーテナは漆黒を撃ち放った後、その場でしゃがみ込む。

 魂が抜けたよう。体から生気が抜けたように、彼女は体の筋肉全てを停止した。






「まだ……ッ!」

 ミシェルヴァリーが天を見上げ、声を上げる。


 まだだ。

 飛行艇は第二射を止められても尚、次の攻撃の準備に取り掛かっている。人類に休息の間を与える暇もなく、無慈悲な“第三射”を放とうとしていた。


 何という無尽蔵。何という理不尽。

 地上でただ飛行艇を見上げる戦士達はそのあまりにも差がありすぎる魔力を引きさげた存在を前に震えあがる。


「こいつ……」

 ソージが天に刃を向ける。

「いい加減にしやがれッ!!」

 投げつける。

 腕力だけで放たれたとは思えない剣。その緊張と張り詰めた空気を引き裂くように一本の剣は第三射の光をこみ上げる砲筒へ投げ飛ばした。


 ……障壁が防ぐのは魔法だけ。

 ただ、腕力のみで投げられた刃は魔法とは一切関係のない類の存在。



 砲筒へと突き立てられる。

 即席にも程がある乱暴な弓矢。頑丈な刃が突き刺さる。




 ___暴発。

 砲筒にて蓄えられていたエネルギーが行き場をなくし大暴発。破滅の光を放つ凶悪な兵器はあっという間に吹っ飛んでしまい、その反動が艇全体に行き渡ったのか、進軍を停止し、微かな墜落を見せ始める。


「……っ!!」

 シアルは見逃さない。

 先程の暴発。そのダメージによって飛行艇にかけられていた障壁が消えてなくなったその一瞬の瞬間を。


「今打てる魔力を全て撃ち込め!! 出し惜しみはするなッ!!」

 撃ち落とすなら今しかない。好機を見逃さんとシアルは撃てる限りの特大級魔法を乱射する。

 それに合わせ、残りの魔法使いたちも遠距離魔法を執拗以上に連続で発砲する。態勢を立て直すチャンスも、その一瞬の猶予すら与えまいと、残りの体力も根性も全て消費するかの如く撃ち放った。



 人類による決死の反撃に飛行艇が飲み込まれていく。

 起動の瞬間の時と同じように、赤い光をその胴体に浮かばせながら墜落と崩壊を繰り返している。






 墜ちていく。

 人類の脅威となりかねない謎の遺産は……完全に機能を停止し、再び巨大なクレーターという棺桶の中へと飲み込まれていった。


 飛行艇の撃墜。

 それと同時、空と地上を覆いつくさんと生み出され続けていた黒の兵士と飛行物体が次々と消えてなくなっていく。


「助かった……?」

 消えていく漆黒の軍勢を前にアクセルはそっと肩を落とす。

「よ、よかった……」

 ルノアも訪れるとは思わなかった安息に足を崩し、その場に座り込む。



 墜落してしまった飛行艇。

 今までどの文献や歴史からも現れなかったパターンの飛行艇を、エージェント達は怪しげに眺めている。


「何だったんだ」

 シアルは巨大な艇を前に疑問を浮かべる。

「この艇もそうだが……」

 その後、飛行艇が放とうとしていた閃光の先にいた、例の監視対象達へと視線を向ける。






「大丈夫、ラチェット……?」

 漆黒を放ったコーテナは、アタリスに肩を貸しながらラチェットの元へと向かう。

「何とかナ……」

 飛行艇が墜落したと同時、あの頭痛は吹っ飛んだのか意識を取り戻しているラチェット。




「あの“黒い光線”は……?」

 見たこともない魔法。

 重複魔法にしても原理が成り立っていない力を前に、彼らは今までの人生で一度も感じたことがない緊張に打ち震えていた。

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