PAGE.220「熱帯夜に浮かぶ魚影(その3)」
……アトリエの寝室にて。少年少女達は寝息をかけている。
突如現れた謎の黒い飛行物体、及び黒い人型の異形。そのほとんどはある区切りを見兼ねると一斉に撤退していった。
結局、謎の黒い影達の目的は分からずじまいである。
この島では一片たりとも見かけなかったという謎の生物。何処で身を潜めていたのかは分からないが、突如姿を現して侵入者を排除するかの如く猛威を振るってきた大群。
その全てが謎のまま、撤退を許してしまった。
結局、あの影は突如撤退。ラチェットたちも同様の状況だった。
現在、エージェント達とスカルが生物の事について調べている。あの生物を調査するためのブツははっきりと言って皆無に近いが……放っておくわけにもいかない。場合によっては、明日の調査とやらに響く可能性がある。
子供達は明日に備えて眠っておくようにとのことだそうだ。こういった後始末は大人の仕事であると無理やり寝付かされる。
(……偶然だったのカ?)
ラチェットがこの目で見た黒い影。
まるで戦闘機のプラモデルのようだった。人間の腕くらいの長さ、戦闘機らしく機銃などは発射せず、ただ標的目掛けて体当たりを仕掛けてくるだけの物体。
写真やテレビなどで見慣れた姿にラチェットは困惑している。
その姿はたまたま見た目がそっくりなだけだったのか。それとも……
「寝付けないのか?」
上の空で目の前の風景が有耶無耶であったラチェット。
突如聞こえた声に意識が戻ってくると……すぐ目の前に笑みを浮かべるアタリスの姿。
「……ッ!?」
突然の彼女の登場にラチェットは心臓が止まりそうだった。内側から体を破るように鼓動を跳ねる心臓を必死に押さえつける。
「子守歌の一つでも歌ってやろうか? 足りぬのなら、隣で寝てやってもいいぞ?」
「余計なお世話ダ……!」
アタリスのからかいは慣れたとはいえ……見た目が子供だとはいえ、大人っぽい雰囲気のせいからか変な意識が表に出かけてしまう。
ラチェットはその恥じらいに悔しさを浮かべながらも布団に潜り込む。
「純真な奴だなぁ?」
「お前もとっとと寝ロ……!」
苛立ちの籠った声を上げながら、アタリスに離れるよう怒鳴りつけた。
「……」
一人気になることがあって寝付けないラチェットをからかうアタリス。そんな小耳に騒がしいやり取りをそっと耳に通す少女が一人。
……コヨイだ。
彼女もまた、彼と同様寝付けずにいた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ジャングルでの乱戦の後の事である。
「おいおい、真打登場でこれからって時に引っ込むなんて……ギャラリーがいたらブーイングの嵐だぜ?」
無尽蔵に湧き上がる黒い人型の異形。コヨイのピンチに駆けつけたソージであったが、彼が介入したと同時に、黒い飛行物体の軍勢同様、異形も一斉に姿を消してしまう。
これには思い切って乱入したソージもブーイング。親指を地面に突き立てて文句を言い散らしたいものだと呆れ果てる。
「……流石です、ソージさん。相変わらずです」
コヨイは助けに入ったソージに賞賛を送る。
目にも止まらぬ神速。数十を超える有象無象の大群をたった一閃で斬り捨てる。この地をあっという間に制圧してみせたソージの実力に真なる感服を表す。
「へへっ、だろ? 鞍替え……なんてしたらホウセンさんが怖いしな。数カ月くらい俺のところへ修行に来る気になったかい? そうすれば、俺が手取り足取り細かく指導を……って、そんなこと言ってる場合じゃねーや」
ソージは頭を掻きながら目的を思い出す。
敵は引っ込んだが……放っておくわけにもいかない。
「コヨイ。お前は先に帰って寝てな」
「……いえ、お供させてください」
ソージの厚意をコヨイは否定する。
「いやいや、これからやるのは何の大したこともない野暮用だからよ。そういうのは大人に任せて眠っちまいな。お前には明日の仕事で沢山頑張ってもらう予定だからよ」
「明日の仕事は明日でちゃんとやります。ですので、今からの仕事も」
「……コヨイ」
さっきまで愉快に笑いながら少女を諭していたソージ。
「俺、さっき言ったよな? 命を懸けて体を張るヒーローは応援したくなるが、ただ“死に急いでいるだけの馬鹿”はむしろ叱りたくなるってよ」
その瞳が……年長者らしい叱責の瞳を向けてくる。
「説教をするときってさ、他人と比べるのは御法度って言われてるわけよ。『人は人』って言葉があるくらいだしな……だが、今回はあえて、その三流のやり方をさせてもらうぜ」
ソージの叱責。それは子供を説教する大人のように厳格。
今まで少年少女達と同じ目線でワイワイはしゃいでいたこの男。何処か年上らしい雰囲気を感じないフレンドリーな大人の印象であったソージであったが……今この時だけは、そのような片鱗を微塵も見せようとしない。
「ホウセンさんと同じように俺にも一人、お前くらいの弟子がいるのよ。そいつはとにかく聞き分けが良くてな……おかげで成長も程早かったし、今となっては俺の故郷の防衛隊の隊長だぜ」
始まったのは、彼が持っているという一人の弟子の自慢である。
そこは何処か誇らしげでありながらも、懐かしさの干渉に浸っているようにも見える。
「まぁ何が言いたいかっていうとな。お前のように反論することも大事だぜ。大人のいう事全てに従う必要はないって言うのも事実さ……だけど、全部を否定してるようじゃ成長するもんも成長しないぜ?」
コヨイの頭に手を乗せると、頭を乱雑に撫でまわす。
その感覚は……彼女の師であるホウセンとまったく同じ手つき。その振る舞いも彼の弟分を名乗るだけの事はあり、ホウセンそっくりな一面であった。
「大人の言う事、聞かないといけないところは聞けるようになりな。じゃないと……無駄にするぜ。大事な人生の一つ」
コヨイの頭から手を離すと、ソージは軽く手を振りながら森の奥へと向かって行く。
「俺からお前に言えることは、『焦る必要はない』ってことくらいだ! 言ったはずだぜ? お前は俺から見ても“良い女”だってな」
それだけ言い残し、ソージは彼女を置いて奥へと消えていく。
コヨイはただ一人。
その暗闇の中、煮え切らない胸の内を秘め、歯を噛みしめながらもアトリエへと戻っていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
焦る必要はない。
その言葉に少女は歯がゆさを覚えている。
(……呑気やってる場合じゃないんです)
拳を握る。
今まで以上に、その歯を噛みしめる。
(強くなる……それが、あのお方との)
少女は瞳を閉じる。
明日の仕事に支障が出たらそれこそ目も当てられない……それを避けるためにも、少女は歯がゆい思いを引っ込めようと必死に抗っていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
外からアトリエへと戻ってきた大人一同。
あれから調査を続けたが、あの黒い物体たちの痕跡は一つとして残っていなかった。近くの森の何処かにも、そしてアトリエの周辺にも。
何故、あのような物体が突然現れたのか、何一つとしてその情報を得ることが出来なかった。
「全く、仕事前にとんだ不安材料が現れたやがったもんだ」
これにはスカルも頭を掻き回す。
こんなにも不安におびえながら一夜を過ごさないといけないなんて、とんだアンラッキーだと項垂れる。
「……あの黒い影」
空中でステラと共に黒い飛行物体の迎撃にあたっていたミシェルヴァリー。彼女はふと、その物体たちの事をについて思った事を口にする。
「まるで生きているような気がしなかった……何かの模型がそのまま動いているような」
「私も感じたわ。鳥とかそういう生き物ではなかったわね……そもそも、生き物なのかどうかすら怪しかった」
間近でその姿を見た二人。
その姿はまるで模型だった。より例えやすくするとなれば、ステラが使用している錬金人形と同じような何かと戦っている心地だったのだ。
「……明日の調査で何か掴めるかもしれない」
シアルはただ一言述べる。
今日はこれ以上調査しても時間の無駄である。あの物体に関する情報は後日にでも掴めるのではないかとシアルは提案した。
「今日はもう寝たほうがいい。俺がギリギリまで見張る」
「今回ばかりはお言葉に甘えさせてもらうぜ……」
流石に体力が限界のスカル。
もう寝室に移動するのも面倒だったのか、座っていたソファーでそのまま眠りについてしまった。
シアルの言葉通り、女性陣も眠りにつくことにする。
……不安な夜。芽生える不安。それに怯えながらも、それを切り離して明日の体力を保持することとなった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
フェイト達はラチェット達とは違う別のアトリエで過ごしている。
遠く離れた場所であるが……例の騒ぎ、聞きつけていなかったわけではない。
「援軍、間に合わなかったね」
アトリエの外で笑みを浮かべているコーネリウス。
「人間の身体ってもう少し無理が聞くといいんだけどね。空を飛べたりとか」
「……詳しいことは後日聞いて来る」
「はいはい」
フェイトとコーネリウスは自身達のアトリエへと戻っていく。
暗闇の中で起きた謎の襲撃。
それは……島へ訪れた人間達への警告であることを。
まだ、誰も知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます