PAGE.194「毒蟲の壺」


 二匹のムカデが牙を剥く。

 口から毒の唾液を流し、肉を噛みちぎる獣の如く唸りを上げて。


「……っ!」


 フェイトは腕の先端から剣を出す。

 彼女自身の魔衝、“光の魔剣”だ。クリスタルで作られた芸術彫刻のように美しい剣は突っ込んできたムカデを縦へ真っ二つに切り裂く。


「おっと」

 コーネリウスは片腕を前方へ。彼女へ突っ込んできたムカデはコーネリウスの眼前にまで近づくと、ミキサーにかけられた果物のように粉々に砕け散っていく。



 ムカデの攻撃はトップワンとトップツーには届かない。

 その足を一歩も動かすことなく、獰猛な奇襲を二人揃って受け止めたのである。



「ひゃっひゃ、流石はエージェント候補の優等生さん達」

 頭を失ったムカデを身体から引き離す。

 ダンベルのように地面へ落ちていくムカデ。息を引き取っているのか引き離されてからは一片たりとも動く気配がなかった。


「やれやれ、元気が良すぎる子供は嫌いではないが……名前を聞かせてもらおうかな?」

 顔に降りかかったムカデの唾液をハンカチで拭き取るコーネリウス。その顔はあまりにも涼しげである。


「もう隠す理由ないしな。教えてあげるよ」

 両手を振りながら、ローブの少年は自己紹介をする。

「俺の名前は“ゲッタ”。アルカドアに所属する研究員の一人さ……ちなみに子供って言ったけど、俺はこれでも成人越えてるから謝ってほしいんだな」

「おやおや、それは申し訳ない」

 小柄な体がコンプレックスだったというゲッタ。敵でありながらもそれは無粋な侮辱であったとコーネリウスは頭を下げて謝罪する。



「……研究対象が増えると言っていたな。その言葉の意味はなんだ?」

 フェイトの光の魔剣がゲッタに向けられる。


「なーに、俺の上司の物好きな研究の手伝いってことさ。それが俺のやりたい研究と利害が一致したから協力してるのさ」


 ケタケタと笑いながらゲッタは近くに置いてあった資料をその場にばらまいた。

 それといって広くはない資料室に大量の紙吹雪が舞う。そのうちの一枚をフェイトとコーネリウスはそれぞれ回収する。


「“魔物の研究”をさ」


 魔物を利用した研究。

 王都の中でその実験を行うことは禁忌とされている。手にした資料によれば、ゲッタは事件が起きる数か月前より魔物の研究に手を伸ばしていたようだ。


「魔物って凄いのさ。人間とは違う生態をしていてさ……人間では考えられないような生命力を持っている。研究員の一人としては興味が湧いて当然じゃない?」


 魔物。

 中には首を切り取っても生きている奴がいる。中には心臓を貫いても別のスペアが体の中から出てくる得体のしれない魔物も多数いる。


 ゲテモノでありながら、その生命力は人間では考えられないほどに長寿。大地の生命をはるかに超越した存在ともいえる未開の存在にゲッタは笑みを浮かべている。


 ここ数百年。魔物の研究は王都の外でそれなりには行われてきた。

 あまりにも無謀な行為。数多くの被害者を生みながらも研究は進められ、ある程度の生態を解明してきたが……魔物の種類は底を知らず、どれだけ解明しようともゴールの見えない世界なのである。


 しかも、ある程度の進化を終えた大地の生き物と違い、魔物は今もなお、得体のしれない進化を遂げ続けている。

 

 あまりにも不思議な存在に研究員として好奇心をくすぐられるのは当然だと口にする。




「魔物の研究……それと、今回の事件。何か関係あるとは思えないけど、どういう意味かな?」


 遺体を利用した人形制作。さらに山岳の連続爆破。

 魔物の大量発生はゲッタの言う研究とやらに関係こそしているが、それ以外は全くと言っていいほど無関係ではないかとコーネリウスは疑問をぶつける。


「おっと、それ以上は言えないな。企業機密だ」


 少し話すものの、計画の全てをネタバレするつもりはない。そこから先は教えてやらないと悪戯っ子のようにゲッタは大笑いしている。


「まあいい。鳴かないのなら鳴かせるまでのことだ」


 フェイトは魔剣を片手にゲッタへと近寄る。


 早急に始末。計画の全貌を話してもらうと威嚇をする。


「そう簡単には教えてやらないよっ!」


 袖の中から、新たな蟲が現れる。



 それは、羽蟲。夜中になるとライトに群がるような小さな蟲達。

 “数万体”はいるであろう羽蟲の大群を両腕の袖の中から放出する。ホースから吹き出る流水のように羽蟲達がフェイトに襲い掛かる。


 あっという間に包囲される。

 羽蟲達の捕食の速さは……異常なレベルだった。


 近くにあった木材のテーブルは3秒も立たずに消えてなくなる。実験用品のビーカーやフラスコなどのガラス製品も一瞬で消えてなくなっていく。




「お前も速攻で蟲の餌にしてやるからさっ」

 ゲッタは遠目でその風景を眺めているコーネリウスに視線を向ける。


 その数故に捕食は一瞬。振り払おうにも対抗しきれない数の暴力にどうしようもない。それだけの絶望をゲッタはこれ見よがしに見せつけた。



「食われるのはどちら、だろうね?」


 コーネリウスは笑みを浮かべる。

 まるで……友人の危機を一切感じていない様に。


「……おおっ!?」

 ゲッタは慌てて袖を引っ込め、資料室の奥へと引っ込んでいく。





 “燃える。”


 数万体はいたであろう羽蟲の群れが燃えてなくなっていく。



 数の暴力はあれど……その命はあまりにも微塵だ。

 ライター一本の火だろうと簡単に燃え散ってしまう。


 それだけ微塵の命が群がろうと。雑魚が束をかけたところで、その最強の“個”を殺すことは小粒の蟲程度では叶わない。


 

 炎を纏った光の魔剣。それを舞う様に振るうフェイトの姿がそこにあった。数千万はいたであろう蟲の大群はあっという間に塵となって消えていった。




「すまないな……私は魔衝以外にも、“四つの魔導書”を保有している。これだけでは私でも限界はあるのでな」


 炎の魔導書。それをうまく工夫し、光の魔剣に纏うという繊細な技術さえもこの少女はいとも容易く行ってしまう。


 それだけではく、制服の胸ポケットに仕込んである四つの魔導書を簡単に使用できるという頭脳の徹底ぶり。完璧超人と言われる由縁がここにあった。


「……まずいな、流石に強すぎるな。お前」

 学園のトップワン。所詮学園なんて子供の集まりのトップであると侮った事にゲッタは少しばかり冷や汗をかいている。


 はっきりいってピンチだ。

 とんだ外れクジを引いたものだとゲッタは苦笑いをする。



「私の実力は騎士団には及ばない……この程度で野望を図るなど、笑止千万にも程があるな」


 フェイトが近寄ってくる。

 それに続いて、手伝いの一つでもとコーネリウスも接近していた。



「……ああ、それをわかってるから、“仕込みは完璧にしてる”のさ」


 ゲッタの苦笑いが。

 

 心臓を刺激するような下衆な笑みへと切り替わる。



「!!」

 フェイトの目の前の視界が反転する。

 彼女だけじゃない、コーネリウスも視界も真っ黒へブラックアウトしていく。



 “落ちていく”。


 突如、破壊された床を通じて、二人は資料室の地下へと墜とされていく。



「ここは俺の資料室だ……すぐにでも魔物の研究ができるように、近くに“モルモット”の倉庫を用意してるのさ」


 上から声が聞こえてくる。



 ゲッタの声。

 フェイト達の目の前から聞こえてくるのは……“無数の蟲の騒めき”だった。



 ムカデだけじゃない。クモにイモムシ、その他、人間には害を与えるであろう大量の蟲達がフェイト達を待ち構えていたかのように睨みつけている。

 通常のサイズと比べて結構な大きさ。人間世界に存在する蟲にしては……そのサイズは“魔物”レベルにも匹敵する大きさである。


「俺のモルモットの餌になっとけよ。じゃあな」

 ゲッタは愉快に笑いながら、資料室から逃げるように去って行った。





 目の前にいる蟲。そしてゲッタが操っていた蟲。

 その大群はもしかしなくてもわかる……全て“魔物”だ。


 フェイトは剣を構える。

 資料室の地下。その広大な倉庫に隠れ潜んでいた毒蟲達相手に。



「コーネリウス、手を貸せ。少しばかり数が多い」


「すぐに終わらせて外に出ようか。蟲もこれだけ多いと不気味だ。目に悪いね」


 害虫駆除と行こう。

 フェイトとコーネリウスはゲッタが仕込んだモンスターハウスの中で、理性のない大量のモルモットたちを相手に突っ込んでいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る