PAGE.191「歯車廻る孤箱の中で役者たちは踊る」

「標的。アルカドア施設内へ移動しました」

 ラチェット。王都の脅威として誤認されている彼の同行を続けて見守っていたのは、精霊騎士団とエージェントより直接任務を受けたフェイトにコーネリウスだ。


 ついにアルカドアへと足を運んだ彼。この後に何か起きる可能性は充分に高い。至急、魔導書を通じて精霊騎士団と連絡を取り、包囲へと入る一歩手前までたどり着いたのだ。

 あとは彼とアルカドア次第。怪しい動きを見せてくれたその瞬間に精霊騎士団と共に包囲する。王都の平和、その全てはラチェットの今後次第だ。


『了解しました……こちらも準備は出来ています。“フリジオ”から聞ける限りの事は聞きましたからね』

『情報、ばっちり』

 魔導書からはエーデルワイスとイベルの声が聞こえてくる。最初に連絡を受け取ったのは、精霊騎士団中でも一段と動きの怪しい“フリジオ”を視察していた二人であった。

 嫌な予感。その不穏な空気を嗅ぎつけたクレマチス。彼の予感は的中し、フリジオはその“野望”と王都混乱の中心ともなる“アルカドア”へと辿り着いたのだ。


 

 街中の樹林にて謎のエンカウント。その怪しい人物が何処に属する人間であったのかを事前に聞き出していたフリジオは当然、その後独自に動いて情報を集めていたようだ。最も、クレマチスによる先手によって、白状する結末となってしまったようだが。


『やれやれ……随分と強引な』

 手柄を独り占めすることを考えたばかりに報告を怠った“当の本人”であるフリジオの声も聞こえてくる。反省の色は一切見えず、むしろその情報を聞き出すために怒鳴り込んできた彼らの行動を非と受け取るように呆れていた。


『自業自得だ、バーカ』

『そうそう』

 呆れた彼に続いて、サイネリアとホウセンの声まで聞こえていた。

 有言実行、どうやらこの二人もフリジオから無理やり情報を聞き出したようである。無法者と言われ、ルール無用の破天荒コンビの二人からの事情聴取を受けたともなれば、フリジオの愚痴の意味も深く理解できるかもしれない。


 

 二度に続く仲間の尋問が終わり、直後にフェイトから受けた報告。

 エーデルワイス達はこの日のために準備は終えてきた。王都の平和を守るため、ついにその狼煙を上げる事になる。



『……様子は』

『異常ない』

 エージェントであるシアルとミシェルヴァリーの声も聞こえてくる。



 完全包囲。

 学園ナンバーワンとナンバーツー。そして精霊騎士団のメンバーが五人とそれだけではなく、ステラからの懇願により独自の調査を続けていた“戦闘経験豊富のエージェント二人”もスタンバイ。


 究極の包囲網だ。最大戦力をアルカドア周辺に潜ませていた。




「あとは中の様子を……」

 しばらくは待機、その宣言が成されようとした矢先の事だった。


「む……?」

 声、が聞こえた。




 フェイトとコーネリウス。

 二人は魔導書を閉じ、その声に耳を傾ける。



 それは“悲鳴”だ。



 ついに動きを見せたアルカドア。しかし、それは彼女らが想像したものとは180度も反転した異常事態。


 施設のアチコチで爆破や崩壊。

まるで自然災害と思えるような事態が次々と一同の目の前で発生する。



「これは……!?」


 一瞬、フェイトは何事かと思考が停止した。






 ……施設からは傷だらけの研究員たちが悲鳴を上げながら外に現れる。




 それを追いかけるのは

“巨大な魔物に殺戮人形の群れ”であった。



『突入!!』

 エーデルワイスより伝令。

 アルカドアを包囲していた一同は一斉に施設へと潜入した。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 同時刻。何でも屋スカル事務所。スカルは事務所に帰ってきてからは何処かソワソワとした様子でリビングのソファーに腰掛けている。

 ルノアはコヨイが送っていくとのこと。ラチェットの友人の中でもトップクラスで肉弾戦が強いと噂の彼女だ。ボディガードとして十分すぎる活躍をすることだろう。


 ルノアの事に関しては何の問題もない。

 ……コーテナも傷が回復したのかグッスリ眠っている。あとは安静にしていればノープロブレム。


 ならば、何に対して焦りを見せているのか?



 その理由は一つ、“帰ってこない”。

 クロを送るだけにしては少しばかり帰りが遅いような気がするラチェットの存在。



「遅いな……アイツら」


 コーヒーを持つ手が震えている。


 ……まさか、そんなはずは。少しばかり嫌な予感を覚えながら、スカルはコーヒーを啜る。


「少年なら散歩だぞ」

「ぶーーーっ!?」

 神出鬼没。驚いたスカルはコーヒーを口からシャワーのようにぶちまけた。


 アタリスだ。さっきまで平然と姿を消していたはずの彼女の姿がいつの間にか窓際に。こんな緊迫とした状況であろうと、彼女は猫のように頬を優しく掻き、退屈そうにアクビまでかましている。


「お前、急に現れるのは、」

「随分と刺激的な散歩をするものだな……あの少年は」


 刺激的な散歩。

 不穏な言葉をスカルへと言い放つ。



「刺激的な散歩……はっ!?」

 スカルは立ち上がる。

「アイツ、まさかアルカドアに!?」

 アルカドアが怪しい動きを見せている。

 そんな情報を度々聞いていたこの現状。ある意味ではアタリスの次に行動的かもしれない彼が今取る可能性が高い奇行。あの悲劇の犯人と思われる存在を知る彼、冷淡のように見えて誰よりも感情的な彼ならあり得る事だ。



「さて、私も散歩に行くとしよう」

 アタリスはトロンとした瞳を尖らせる。

「“私も用事が出来たのでな”」

 次に目を向けた時には、彼女の姿はそこにはなくなっていた。



「バカ共がっ……!!」

 コーヒーカップをテーブルに叩きつけ、スカルは飛び出そうとする。。


「待ちな」

 それを呼び止める人影。

「アルカドア、に行くんだろう?」

 ……オボロだ。

 いつもと違って真剣そうな眼差しでスカルを見つめている。


「道案内をさせておくれよ。私もそこに用事があるんだ」

「……もう隠れなくてもいいのかよ」

「言っただろう。元より反省はしてるし、全て終わったら自首はするって。だが、私を嵌めたあの連中が呑気に口笛を吹きながらノウノウとしているのだけは気に入らないってサァ!」

 拳を鳴らしながらの宣言。

「一泡吹かせるどころか、血反吐を滝のように吐くくらいに痛い目会わせてやるさ! ブタ箱に行くのはその後……構わないかい?」


 アルカドア施設までの道を知らないスカル。確かに道案内は必要だ。

 正直な事を言えば、この女が口にしている事は勝手のオンパレードだ。騙されていたとはいえ自業自得、その事実には変わりはない。変わりはないの、だが……。


「……頼むぜ!」


 彼女は依頼人。その賭けに乗ったのは何でも屋である彼自身。スカルは何でも屋の一人として、依頼人を裏切ることも遮ることもしない。


 オボロを連れて、スカル達もアルカドア施設にまで駆け抜けていった。

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