PAGE.190「覗き見る魔手」
エクジットの研究室。古本屋の書庫を思わせるように積み重ねられた本の山の羅列に散乱した本の群れ。整理されていない研究室の中央でラチェットは全てを話す。
ここ最近、知り合いと一緒にやっている何でも屋に突如やってきたという謎の人物オボロ。その人物は『アルカドアに嵌められて酷い目にあった』と断言していた事。
人形計画という存在。それは何処かの組織が秘密裏に開発を進め、あらゆる手段にて商売の道具として販売しようとしていた事。
そして、その人形計画という存在を更に非人道へと変えたもの。“人間の死体を戦闘兵器”に変えるという悪魔じみたプロジェクトを作った研究員がアルカドアに所属する魔法使いであったこと。
そして、精霊騎士団の一人・イベルも発言していた。
アルカドア周辺、及びアルカドアの関係者が立ち寄った付近にて魔物の発生事例が起きている事。魔物と同タイプの魔力がその周辺に起きている事。エージェントとしての活動も行っているのなら、その発言が口から出まかせではないことは分かっているはずだ。
ここ最近、王都を揺るがす非常事態が全てアルカドアに関係しているという事。ラチェットはアクセルの熱意を信じて全てを話した。
アクセルの妹であるエグジットとリグレット。この二人は例の事件の数々とは無関係であるという事を。それを信じたのだ。
「……人形計画、ね」
エクジットは一息ついた。
遺体を生体兵器に変えて、その人形を商売道具として販売すること。それ以外にも魔物を討伐するための兵器としての量産が行われていることに深く注目していた。
「確かに効率的ではあるわ。コスト的にも、よく考えたわね。そのノァスロとかいう研究員」
研究者としての一理論。人手などで困っている組織の事を考えての感想を告げる。
「ですが、本音は?」
リグレットが相槌を入れるように質問をする。
「笑えないわッ!」
リグレットは怒りのあまり、テーブルを思い切り殴りつける。
「愚劣にもほどがある!」
近くにあった本の山が一斉に崩れ去る。あたり一面の本の雪崩が発生し、彼女の怒りも相まって静かな瞬間が訪れる。
「アルカドアは人類の進化を信じ、魔法の新たな活用法を見出す為に活動する最高峰機関……! その組織の一員が、人間のモラルから逸脱した上に、人を人として見ないようなプロジェクトを生み出すなんて……アルカドアへの冒涜だわ!!」
人形計画という存在に強く嫌悪感を現わしていた。
「……ラチェットって言ったわね。申し訳ないけど、私達をそんな、道端の犬の糞にも匹敵しないクソみたいな研究を考えた大馬鹿と一緒にしないでほしいわ」
その瞳は微かだがラチェットにも怒りをのせている。
こんな研究を考える程、思考は腐りきっていない。人間の未来を想っての研究を続けてきた者達にそこまでの侮辱は許さないと。
「確かに私は兄を馬鹿にしたりぃ~、少しばかり他人をからかうのは生き甲斐ではあるけれどぉ~……」
「おう、ハタ迷惑な生き甲斐だナ」
思わずラチェットは茶々を入れてしまう。いつも通りのテンション、小悪魔のような喋り方は被害者からすればホントに迷惑だ。
「でも、人間という存在そのものを冒涜するような真似だけは絶対にしない! アルカドアに所属する研究者として!!」
だが、その先に待っていたのは心の奥底の言葉を吐き出す少女の夢想。
胸に手を当て、彼女はその胸の内に秘めた想いを告げる。
“自身は人類を守るために命を捧げた研究者である。”
その言葉には嘘も偽りも微塵にない。こんなバカみたいな研究を考え付いた上に良しとした馬鹿者がいたのなら、その頭を魔法で焼き払おうかと考えるくらいだ。
ラチェットに告げる。
こんなバカみたいな研究だけは、絶対にしないと。
「……そうか」
ラチェットはその瞳を見て思った。
嘘をつくような人間の顔じゃない。この二人からは嘘をついているような雰囲気を感じない。小汚い大人達から漂うような醜い空気を一切感じない。
年相応の少女らしく真っ直ぐ純粋で、だけどそこらの大人よりも立派な思想を抱いた将来に希望を持った人間の姿。こんな希望の光を邪悪と誤解したのなら、それこそ愚劣は自身にあるとラチェットは瞳を閉じる。
「悪かったナ、アクセル。お前達の妹を疑っテ」
激情していたとはいえ、妹に銃を向けた事を謝罪する。
「いや、いいんだ。信じてもらえたなら」
気持ちは分かると言いたくても、あの場を覗いていたなんて言い出しづらい。アクセルは少し他人行儀な返答だけを返しておいた。
「……お兄ちゃんもありがとう。信じてくれて」
「え、なんか言ったか?」
「何でもないわ」
空っぽになったコーヒーカップに、エクジットは新しく一杯を注ぐ。
「……ラチェットさん。その研究を行った科学者はノァスロと申しましたのですね?」
リグレットが彼に聞く。
「それで、新たな計画の一端として充分にデータは取れた……なんて、何かまだ裏があるような言葉も残していたと」
当然、エクジットも彼から聞いた情報を細かく求める。
ノァスロが置き土産に言い放った不穏な言葉。
まだ、王都を揺るがす最悪の事件は終わっていないような言い方を。
「あぁ、それは……」
ラチェットはノァスロという科学者の事について可能な限りを話そうとした。
「待ちなさい」
エクジットはそこから先を喋る前に黙らせる。
「……私、貴方の入室は認めていないけど?」
そっと、ソファーに座ったまま後ろの方を見る。
“巨大な狼が2体、本の絨毯の上で一同を見つめている”
息を荒くし、牙を尖らせ。
目の前の獲物を食いちぎらんと雄たけびを上げようとしている。
「!?」
ラチェットは身構える。
当然、近くにいたアクセルとリグレットもだ。
「成程ね、裏はあるのは確かだわ……」
エクジットは立ち上がると、指を鳴らし風を吹かせる。
不意に吹き荒れた風は、固く閉ざされていたはずの扉を開いた。同時、転がっていた沢山の本が吹雪のように室内へと吹き荒れ、舞い踊る。
「ノァスロという研究者は、とある研究科の部下だった……王都の闇のカギを握るのは、おそらくソイツだわ」
テーブルの上に置いてあったガイドブックをラチェットに手渡す。
そのガイドブックの一ページ目には、アルカドアへ見学に来た一般市民用に記された内部地図が描かれている。
「地下室に向かいなさい! そこにノァスロの上司がいるはずだから!」
エクジットは二体の狼の前に立つ。
「兄さん。ここは私たちが……ラチェットさんと共に地下室へ」
それに続いてリグレットも横に並んだ。
「待て、俺も!」
「……申し訳ないけどぉ、お兄ちゃんがいると邪魔なのよ~?」
エクジットはいつも通り、何処か大馬鹿にしながらも少し甘えるような声で兄の耳元で蕩けるようなトーンを口にする。
「“巻き込みたくないわ。お兄ちゃんはその人を助けてあげて”」
低くなる声。
その言葉。アクセルは途端に理解する。
“本気モード”だ。
目の前にいる不法侵入者に対して手加減の一つもする気はない。瞬殺するつもりで全力を出すという宣言であった。
「……行くぞ、ラチェット」
「いいのカ?」
「ああ」
二人は吹き荒れる突風の中、二人をベールのように覆い隠す、千切れたページの吹雪の中を駆け抜けるようにエクジットの研究室を抜け出し、ノァスロの上司がいるという地下の最下層施設まで向かい始めた。
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