PAGE.159「TOP & ACE(前編)」


 叫び声は学園の中庭からこだました。

 フェイトとエドワードは足を進める。叫び声は引っ込むどころか、更なる悲鳴も相次ぎ止む気配が見当たらない。


 急がせる。自身の脚に鞭を打つかのようにフェイトとエドワードは駆け抜ける



「あぁ……ああっ……!」

 骸骨のようにやせ細った生徒が死に物狂いの表情でフェイトたちの元へ。



 ……酷い有様だ。

 肩は刃のようなもので引き裂かれ。

胸も幾度となく刺された形跡がある。


頭からも濁流のように血が溢れている。意識を保つのがやっとの男子生徒が、もう一人の男子生徒に肩を貸されながら一歩一歩と懸命に進む。


「何があった!」

 逃げてくる生徒に対し、エドワードは一度呼び止める。


「あっ……完璧才嬢にエドワードだ……! 良かった、これでどうにかなる……!」

「何があったと聞いているだろう!」

 恐怖のあまり精神も何処かブレているように見える。一度負傷した生徒をその場で座らせ、フェイトとエドワードは持っているハンカチなどで一応の応急処置を急ぐ。


 凄い出血だ。もう少し治療が遅かったら出血多量で絶命していたかもしれない。

 まずは二人を落ち着かせる。何があったのか、聞き出すのはそのあとだ。


「……もう一度聞く。向こうで何があった」

 落ち着いたと思われるタイミングでエドワードが再び口を挟む。応急処置ではあるが止血は充分に進めておいた。


「カギ爪をつけて、顔面に大きなマスクをつけた変な奴らが突然現れて……中庭にいた生徒達を片っ端から切り裂いていって……それで……!」


 地獄のような風景を思い出したのか再びパニックになり始める。

 逃げ切ったこの生徒でもかなり傷は浅い方らしい……逃げ遅れた生徒たちがどんな惨状を迎えてしまったのか。想像するだけで背筋と意識が凍り付いてしまいそうだ。


「エドワード、私が先に行く。まずはその生徒を安全なところに移動させろ」

 フェイトは一人で中庭へと向かう。

 惨状が取り行われている……地獄の中庭へ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 フェイトは中庭へと足を運んだ。


「……!」

 足を止める。

「無情な……!!」

 その場に広がった風景はフェイトの意識を酷く凍り付かせた。


 あの生徒と同様、切り刻まれた生徒たちの体が転がっている。


 逃げ切っていた生徒以上に切り裂かれた人間たち。中には手足を切断された者もおり、首を刎ねられた者すらもいる。さっきまで、何事もなく笑顔で日々を過ごしていた生徒たちが、人体模型のマネキンのように地面に溢れかえっている。


 人間が迎えていい死に方じゃない。

 その返り血で中庭の地面は真っ赤な絨毯となり彩りを帯びていた。



『____』


 遺体の山の先。そこに生徒の言う”マスクの何者か”がいた。


「待てやめっ…!」

 マスクの人間の数は二人。二人とも人形のように無機質な動き。

 命令を受けたロボットのように、首を掴み持ち上げていた生徒の心臓へとカギ爪を突き入れた。


 心臓を貫かれた生徒はこれまた壊れたマネキンのように遺体の山の中に放り込まれる。地面に投げ捨てられた衝撃で手足は変な方向に折れ曲がり、瞳も暗く反転する。


「血が、血がっ……母さん……」


 生徒の息はそこで耐えた。



『『____。』』

 ガスマスクのような何かを被った何者か二人は新たな獲物をロックオンしてくる。

 現れたフェイトがその目に入ると、意識のない人形のように彼女へと近づく。


 地面に転がる遺体を踏みつぶしながらにじり寄ってくる。水たまりを踏むような感覚で地面の血がガスマスク達の足にこびりつく。


「貴様たち」

 フェイトは静かに腕を構える。

「……そのまま帰れると思うな」

 普段から無機質かつ素っ気ない態度の少女。あまり変わり映えのないクールな表情故に別の意味で覇気を感じさせるフェイト。


 その表情が更なる覇気をガスマスク二人へと押しかかる。

 吸い込まれそうな瞳、微かに感じる口元の歪み。そして抑えることのできない殺意衝動が全て相まって、並大抵人間なら地に伏せる程の圧力をフェイトは放っている。


「駆逐する……ッ!!」

 フェイトの表情には確かな怒りがこみ上げていた。

 静かな殺意と怒号を抱いたフェイトの腕から、その攻撃的決意が象徴として現れるかのように刃が具現されていく。


 半透明の刃。クリスタルのように光り輝く鋭き刃。


 これが学園のナンバーワン・フェイトの魔衝。本人曰く、その刃の名前は“聖剣”。


 かつて、戦争を終わらせたという騎士達。その一人が扱ったとされる絶対破魔の刃。その剣は魔物相手に敗北を許したことがないとされる最強の剣。


 聖剣と呼ばれた剣。それを腕に生やす一族が存在したという。

 フェイトはこの学園にて不敗。絶対の勝利をおさめ続けた少女が翳すその剣はまさしく無敗の剣・聖剣と呼ぶことに相応しいその力。


 “ミストラル家の魔衝”


 刃を形成したフェイトを前に二人のガスマスクは殺意を剥き出しにする。

常人では感じ取る事すら困難な無色透明の殺意を構えながらに、それぞれ両手に装備された合計十本の刃をフェイトに向ける。



 殺すことを愉悦とする刃。勝利することを抱く刃。

 欲望と強望。同じ望みでありながらもその輝きに薄暗さと綺麗さに天と地の差がある刃がぶつかりあう。


「ほう」

 無機質な動きをする二体の素早さは並の人間を遥かに超えるものだった。

 ものの数秒であたり一面を血の海へと変えてしまった殺しの腕。そのフットワークと身の構え方には一切の隙がなく鬱陶しい。


 聖剣で対処を続けるフェイトはそう感じている。


「……だが」

 左手に振りかざされた剣。そして、刃のように鋭い眼差し。





 一瞬だった。





 フェイトはその場にいたはずなのに、ガスマスク達が刃を構えている方向とは全く真逆の場所で剣を構えていた。



「無粋だな」


 “切り裂かれる”。

 ガスマスクの二人。片方は片腕を切り落とされ、もう片方は両足の神経を切断される。互いに一歩も動くことが出来ぬ苦痛を味わったはずだ。


 それは僅か二秒近くの出来事だった。

 目にも止まらぬ速さ。光の速さで処理してみせた。



「お前たちが何者なのか、大人しく喋ってもらう」

 地面にぶっ倒れたガスマスク二人。

 少しばかり乱暴なやり方かもしれないが……ここで志を抱えたまま死んでいった生徒たちはそれ以上の痛みを受けたのだ。何の痛みもないままに事を済ませるとはフェイトも思っていない。


 これでも安いものだ。だが、すぐには殺さない。

 何故このような事をしたのか。誰が命令したのかを話してもらうためにフェイトはガスマスクの二人の元へと視線を向ける。


「……!」

 フェイトは思わず口を閉じた。



『『_____。』』


 吹き出す血液。見るも無残な致命傷。それだけのダメージを帯びたというのに……



 ガスマスクの二人組は……立っている。


 片手を失った方はズッシリとした両足で痛みをこらえているように見える。

 両足の神経を失った方は痙攣しながらも立ち上がる。バランス感覚で震えているのか、痛みへの悪夢で震えているのか、そのどちらなのか分からない。


 ガスマスクは多少の震えを起こす程度で特に変動がない。

 変わらず殺意を向け続けるのみだ。



(こいつらは一体……)

 フェイトは心の奥底で息を呑む。

 その衝撃的すぎる光景にはさすがの彼女も驚愕を覚えたようだった。



(この暗殺者たちは……!)

 刃を構え、暗殺者に再び敵意を向ける。




(一体……!!)



 そんな彼女の後ろに。



 新たなもう一つの殺意が向かっていることも知らずに。

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