第9部 マジック・ショーの黒幕 

PAGE.154「逃げ惑う彼女はダイナマイト(前編)」

=魔法世界歴 1998. 9/18=


 王都ファルザローブは警戒態勢に入っている。

 度重なる魔物の大量発生、そして王都内で逃走中の爆弾魔の犯人。


 騎士と魔法使い達が目を光らせながら王都を回っている。どんな国際指名手配犯でも顔面蒼白必至の包囲網に緊迫が止まらない。


 そう簡単に逃がしはしない。

 ここ二日間で街は完全なる牢獄と化していた。



「はぁ……はぁ……!」

 路地裏から飛び出してきたのは例の爆弾魔。

 騎士達に感づかれては逃げるを繰り返し、ここ二日間は飲まず食わずの状態で逃げ回っている。おかげでそれなりに美貌は総崩れ、心臓は粉々に砕けてしまいそうだ。


「どうにかして、誤解を解かないと……いや、誤解じゃないんだけど」

 この状況を打破しようと爆弾魔は必至に頭を掻く。


 誰かいないのか。この悲劇のヒロインに手を貸してくれる勇者サマはいないのか。

 その願いを込めながらも爆弾魔の女は賭けとして表通りを歩く。誰でもいいから、恵みを与えてくれないかと足を進め続ける。


「ん……?」

 霞む視界の中。世界が蜃気楼で揺れる感覚の中で爆弾魔の女性は発見する。


 “何でも屋スカル”

 “あなたのお悩み何でも解決。まずは一言相談にどうぞ!”


 大きな張り紙が十枚近く張られているシャッター。堂々と開かれているガレージの中で、愉快そうな男が鼻歌を奏でながら愛車と思われる車を洗っている。


「助けて……」

 爆弾魔の女はガレージの中へと入っていく。


「おっと、お客さんか……って、貴方は確か」

「助けておくれ! 何でもするから!!」


 爆弾魔の女、恐らくは人生最大の音量と懇願で口を開いたことだろう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 何でも屋スカル事務所の最上階。

 屋根裏部屋ではラチェットが読書に耽っている。どのレベルまでの文学作品を読めるようになったのかチェックを怠っていない。


 大抵の作品は読めるようになった。恐らくだが誤読もない。

 予定通り外回りをして情報を集めることに精をつけ始めた方がいいかもしれない。騎士団達の目つきも気になるが、ラチェット自身も自分の事は深く気になっている。


 明日にでも学会に顔を出してみるか。

 入れてくれるかどうかわからないが、魔導書の事などを聞いてみたくて仕方がなかった。



「おはよ~」

 隣の部屋からコーテナがアクビをかいて現れる。

 パジャマ姿の彼女は瞳がトロンとしており、右肩が露出するほどに寝巻がズレてしまっている。休日の朝は弱いとはいえ、人前でそのレベルの腑抜けっぷりを見せるのは如何なものか。


「着替えてから出てこいヨ」

「は~い」

 コーテナは腑抜けた返事と共に部屋に戻る。


 このやり取り。完全に娘に注意するお母さんのような気がしてならない。ラチェットは間抜けなこの絵面に溜息を吐いていた。



 十分近くが経過する。

 ラチェットはこれまた文学作品を一冊読み終える。


 何処にでもありげな冴えないラブストーリーであった。五人の女性を同時に愛した男が五人すべてを手に入れるというハーレム作品であるが、そこまでの流れがご都合展開過ぎて読んでいて気持ち悪かった。


 同じ文学でも色んな傾向があるものだ。

 元よりラブストーリーの作品を見ないラチェットは、その残念過ぎる出来の小説にアクビを大きくかいてしまう。



「ラチェット~、昼間からアクビなんてだらしないぞ~!」

 後ろから着替え終わったコーテナが声をかけてくる。着替えたおかげか目もかなり冴えたようで、意識もいつもの天真爛漫に戻れるよう覚醒しきったようだ。


「昼まで寝てたお前が言うナ!」

 読み終えた本でコーテナの頭を軽く叩いた。

「いてて……それじゃあ、朝御飯食べてくるね~」

 小突かれた頭を押さえながらコーテナは下の階のリビングへと向かう。


 朝御飯じゃなくて、もうお昼ご飯。

 ラチェットは細かいツッコミを入れようとしても空腹でその元気はない。彼自身もお昼御飯がまだなのでコーテナに続いてリビングへと向かうことに。


「……ん?」

 頭痛がする。

 寝違えたせいか、それとも寝不足なのか。


 ラチェットは頭を掻きまわしながら、彼女のあとへついていった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 二人で一緒にリビングへ向かう。

 

 今日のお昼ご飯は何が用意されているだろうか。

 無難にトーストと目玉焼きを頂きたい。それ以外ならハムエッグとか軽い食事。とにかくお昼に食べるに丁度いい軽食を頂きたかった。


「おはよー」

「うっす」


 二人は同時にリビングへ顔を出す。



「おっ、久しぶりだねぇ」

 そこにいたのは、料理を用意してくれているスカルの姿でもなく。優雅に紅茶を飲みながらくつろいでいるアタリスの姿なんかでもなく。


 爆弾魔。

 あの王都の指名手配犯が呑気にハムエッグとトーストを頬張っていた。



「……コーテナはここにいろ。騎士を呼んでくるからナ」

「ちょっと待ちたまえよ、坊や!」

 この事を告げようとUターンしたラチェットに爆弾魔は飛び掛かってくる。


 それなりに豊満な乳房、食事を頬張った後の影響か少し重めの体重。更には1メートルほどジャンプした後にダイブという衝撃まで重なって、ラチェットは地面に叩きつけられてしまう。


「ちょっと話を聞いておくれ!」

「うるせぇ、犯罪者……!」


 ラチェットは地面に抑えつけながらも玄関に向かって必死に足掻く。


 しかし、爆弾魔はそうはさせるかと必死にラチェットを抑える。体の全体重をかけてのしかかり、絶対に生かせるかと必死にもがく。



 攻防戦が続く。

 コーテナはその姿に困惑をしているのみだった。



「何してるんですか、“オボロ”さん」

 コーヒーカップ二つを手にスカルがそこへやってくる。


「何か、うちのメンバーが失礼を?」

 玄関に向かって手を伸ばしているラチェットの頭をコーヒーカップで軽く叩く。中には出来立てのコーヒーが入っているせいか、妙に暑くてダメージがデカい。


「おいスカル……こいつはナ」


「その件に関して今から話しがあるんだよ! 頼むから聞いておくれよぉお!」

 この攻防戦は実に15分近くは続いた。


 スカルが注いできたコーヒーが丁度いい温度に冷めるくらいの時間帯にて、ようやくラチェットが彼女の話を聞く気になってくれたことで終戦となった。

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