PAGE.135「夢のように、幻」

 ドラゴンの世話。それを手伝ってから数時間程度。いまだにロアドは帰ってくる様子はない。

 今日一日の仕事はコーテナ達が思ったよりも多かったようだ。夕刻が近づき、空は薄いオレンジ色に染まり始めている。


「ふぅ~、疲れたぁ~」

 ドラゴンと共に旅立った大空の世界。数時間以上も風邪を浴びながらの絶景ツアーを堪能しただけあって、コーテナは気持ちよさそうに汗を流していた。

「むむ?」

 コーテナが担当していたドラゴンは疲れたのか眠りにつき始めている。ようやく休憩時間に入った彼女の目に、ある風景が。


 ……ルノアだ。

 数十匹以上はいた子供のドラゴン。その餌やりに遊楽、時間になったら小屋に戻すなど一人で担当するには少しばかり多すぎる仕事。元より、運動能力もそこまで万能ではないルノアには荷が重すぎる仕事であっただろう。


 だが、彼女は疲れた様子を見せることなく、近くにあった切り株を椅子代わりに腰掛け、一冊のスケッチブックに何かを描いている。


「何、描いてるの?」

「うわわっ!」

 突然後ろから呼ばれたこともあって、ルノアは驚いてスケッチブックと色鉛筆を落としてしまう。


 ……ドラゴンの子供が描かれている。子供の絵本のようなタッチで描かれたドラゴン達は非常に愛らしく、両手に乗せて愛でてあげたいほどに可愛らしい。

 

 そして、その絵の描かれたページの隅っこに、黒い鉛筆で文字が書かれている。

 絵本のような物語の文章だとは思う。だが、その割には、詩のような悠長さがある。読み上げてみると、まるで歌を口ずさんでいるような気分になる。


「……見ちゃった?」

「うん、見た」

 あれだけ大きく開かれたスケッチブック。どうしても注目してしまうわけだから見てしまうのは当然だとコーテナは正直に口にした。

「ああぁ……やっぱり、家まで我慢すればよかったよぉお……」

 スケッチブックを見られたことに凄く恥じらいを見せている。


「どうして恥ずかしいの? とっても綺麗な絵だと思ったし、文章も詩のようで読んでて楽しいって思ったよ?」

「……楽しい?」

 コーテナの言葉にルノアの目の色が変わる。

「楽しかった!? 本当に詩のようだった!?」

「うん!」

 さっきと違ってテンションが上がるルノア。目の色に星空のような輝きを見せるルノアの変わりように怯むことなくコーテナは肯定した。


「よかったぁ……変なものって言われたら立ち直れなかったよぉ」

 純粋に読んでいて楽しい。真っ直ぐに感想を告げるコーテナ口だからこそ、褒められているような気がして凄く安心できる。自身の作品が駄作でないと言われたことに安心したのかホッと胸を撫でおろす。


「ルノアって、絵本を描くのが好きなの?」

「……そうかも」

 再びスケッチブックを片手にドラゴン達の絵を描く。

「私、絵を描くのが好きなんだ。それと同じくらい、詩を作るのが好きなんだ」

 お絵描きと詩作り。趣味としてはちょっとファンタジックでメルヘンなもの。

 コーテナと同様に純粋なイメージを持つルノアにはピッタリの趣味だった。


「こうやって、一つの物語を作るのが大好きで……皆が楽しめるようなお話を描いてみたいんだ」


「へぇ……面白そう!」


 コーテナは両手を広げ、ルノアの夢に興味を持つ。


「あれ? ルノアって、絵本作家とか詩人になりたいの? だとしたら、実技演習とかそういうのじゃなくて、文学部門のみに顔出せばいいのに」

「あはは……このご時世、物騒な事が多いから、自衛程度の技術くらいは身に着けてきなさいって言われて……この大剣も、お父さんが無理言ってプレゼントしたんだ」


 どうやら、大剣を手に取っているのは自分の意思ではなかったようだ。

 ある程度の自衛として、戦闘技術を身に着けておいた方がいいという親の方針。大剣を使いこなしていないように見えたが、どうりで不慣れなわけである。

 

「そうだったんだ」

 不慣れとはいえ、親の期待にも応えるように頑張っている。努力家としての一面を改めて合間見たコーテナ。


「何かお話が出来たらボクに見せてよ! 読んでみたい!」

「うん……自信作が出来たら、いつか見せてあげるね」

「うん! 楽しみにしてる!」

 ルノアと約束を交わす。

 彼女が作る完成品。どんな物語が出来るのかとコーテナは期待を胸に寄せていた。


「……そういえば、ラチェット君は?」

「ああ、ラチェットは」

 そっと、黒いドラゴン・グラムが眠っている草原を指さす。


 そこには疲れたのは丸くなって眠っているドラゴン。

 ……その上では、絶叫と恐怖の疲れからか完全に体力を持っていかれたラチェットが気を失うように眠っている。気持ちよさそうな寝息が聞こえるあたり、大丈夫そうではある。


「疲れて寝ちゃったみたい」

 いつもの大人な印象と違って、子供みたいに安らぎのある顔つきで静かに眠るラチェット。

 遠回しでも分かる、そのいつもと違う印象。コーテナは相変わらずだと口にし、ルノアは滅多に見れないであろうラチェットの寝顔を見て、意外そうな表情を浮かべていた。



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 ___ここは何処だ。

 ___ここは一体何処なんだ。


 ___……燃える街。

 ___悶え苦しみ、こちらを睨みつける人間達。

 ___暗黒に染まり切った、曇天の空。


 ___また一歩。触れる事も出来ない幻の世界を歩く。


 ___どうしてだ。何故、皆……自分を睨む?

 ___何故、全ての存在が俺を妬む。



 ___分からない。どれだけ叫ぼうと帰ってくるのは悲鳴と怒号と炎の音色。


 ___叫べば叫ぶほど、その虚しさがより一層広がってくる。




 ___熱い。苦しい。

 ___また……また、始まってしまう。



 ___街を包み込む炎。それは次第に全てを漆黒の灰へと染めていく。




 ___飛び去らなければ。

 ___この街に残る意味はない。体がそう告げているようで。



 ___俺はまた、大空に飛び去った。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


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「うっ……」

 ラチェットが目を覚めると、あたりはすっかり夕暮れになっていた。


 割と寝心地の良いドラゴンの背中。グラムは驚いて飛び起きたラチェットに反応を見せることなく、今も間抜けに鼻息を吹きながら熟睡している。鼻風船の一つでも見せてしまいそうだ。


「……また」

 そっと頭を抱え、日々悩まされる睡眠不足に息を吐く。

「また、あの夢カ……」

 変な夢。最近になってたまに見るようになった変な夢。


 最初はうっすらとしか感じなかった。同じような夢を何度も見てはいたが、夢の内容はハッキリと頭に残ることはなく、夢を見るたびに、あの夢の中の世界の街と同じように燃え散ってなくなるだけ。


「ったく、何なんだヨ。一対」

 だが、ここ最近になって、その夢の景色の記憶が残るようになっていた。

 理由は分からない。その街の風景が想像以上にショックだったのか、それとも印象的だったのか。理由がどうであれ、パズルのピースを埋めていくように頭の中にこびりついていく。


 この夢のせいで長く眠れない。目が覚めたころには喉が渇き、胃痛や頭痛も襲い掛かる。二度寝を許さない最悪のコンディションで起き上がってしまう。

 何の映像なのかもよくわからない風景を幾度となく映し出されるせいで睡眠不足だ。寝る時間なんていくらでもあるというのに、時折流れ見るこの夢が彼の安眠を許そうとはしない。


「……時間カ」


 そっと起き上がり、グラムから飛び降りる。




 向こう側でコーテナとルノアが手を振っている。おつかいから帰ってきたロアドも、今日一日のお手伝いのお礼として晩御飯を御馳走してくれると大声で呼びかけている。



 ……確かにお腹は空いた。空で叫び過ぎたせいだろう。

 ラチェットは寝ぐせのついた髪型を整えると、彼女達の元へと向かって行った。


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