PAGE.129「愉快なジャンキー(前編)」
=魔法世界歴 1998. 9/6=
魔法の実習、そして演習。この学園には参加自由のセミナーが存在する。
主に魔法を発動するための実験や解析。対人での模擬演習など結構な種類のものが存在する。
そして、その中には意外な形のモノも。
「チェストォオ!」
剣術のみを極めるために用意された、白兵戦の実技演習。
ラチェット達が普段受けている魔法の実技授業と同じで、受けている生徒本人が自由に剣技の練習を行ってもよいという内容だ。
生まれて初めて握った剣。ラチェットは西洋風の剣を握って汗を散らす。
……だが、恐ろしいまでにフラフラである。
ラチェットは剣の握り方もかなり滅茶苦茶で、姿勢も全くと言っていいほど不安定。口で叫んだ勢いの割には”水中でゆらりゆらりと揺れる海藻のよう”に酷く覇気もなく剣が下ろされていく。
「……よいしょ」
対戦相手の少女。
魔法というものには一切関わらずに生きてきた騎士志望の少女・コヨイ。
コヨイは見切る必要もない攻撃をそっと避けて眺めている。
「ほいっと」
声に勢いはないが、振り下ろされる腕は勢いよく……コヨイは剣を振り下ろす。
聞いたこともない音が響き渡る。
……コヨイが手にする剣は、ラチェットが使用していたレンタル用の西洋剣を真っ二つに“破壊”したではないか。
「折れたんだケドっ!?」
レンタル用とはいえ、従来の剣くらいには頑丈に出来ているはずの武器があっという間に破砕。
……壊してしまった以上、やはり責任を問われるのだろうか。
ラチェットにはそっちの心配の方がのしかかる。
「私の勝ちですね」
コヨイはしてやったりと笑みを浮かべながらピースサインでポーズをとる。
模擬演習の勝利方法は簡単だ。相手に致命傷を与えるか、相手の戦力を無力化させるかのどちらかである。
ラチェットとコヨイの模擬演習。ラチェットの武器が破壊されるという結果に終わったため、当然コヨイの勝利となる。ラチェットの戦闘続行は不可能だ。
「……しかし、白兵戦も得意ではないとは」
あまりの素人ぶりにはコヨイもビックリ。
「ラチェットさん。私よりも学園の成績絶望的なのでは?」
「ほっとけヨ!」
余計なお世話と、コヨイの言葉へ馬鹿正直にラチェットは怒りを露にした。
……言い訳にこそなってしまうが、ラチェットは口にしたかった。
剣を振るう。剣道は勿論の事、鉄パイプ一つすら握ったことがない体。
ここ一年で握っていたのは錆まみれのスパナやラチェットレンチに油さしの缶のみだったラチェットに、この“剣技”とやらは不慣れにも程がある。
何より、彼が一番厄介だったのは、この演習で着用が義務付けられている“ユニフォーム”らしき戦闘服だ。
剥き出しの刃を振り回している以上、生身での戦闘は大怪我するために許されない。故に、王都の騎士が着用しているものと同じデザインの騎士甲冑を着用することになるのだ。
重い手足、目の前の視界が制限される上に、着慣れない甲冑に振り回されているような気がして動きづらいと言ったらありゃしない。いろいろな意味でラチェットにとって、この実技演習は不利なものが多すぎた。
……攻撃を防御するための騎士甲冑であるが、剣をぶっ壊したコヨイの一撃。こんな甲冑で防げるものなのだろうかと怯えあがる。
「コヨイの奴、素人相手にも容赦しないな」
その試合風景を眺めていたアクセルが呟く。
今回は魔法の実技演習の項目がなかったため、コヨイが普段受けている演習の様子を皆で見に行こうという話になった。
結果、ラチェットが彼女の特訓に巻き込まれたわけである。
「いやー、あれでもアイツなりの加減だと思うよ? 本体攻撃してないし……まあ、本人は手加減したとは思ってないだろうけどね」
ロアドは彼女の事をよく知っている。
剣を使った決闘において、コヨイは手加減を絶対にしないという。相手がどれだけ下手であろうと、初心者であろうとも、ペースを合わせるような真似だけは絶対にしない。
「加減は侮辱。アイツの“師匠”とやらの教えらしいからね」
「師匠?」
剣を返し終わったラチェットが帰ってくる。どうやら、壊れた剣の事についてお咎めはなかったようだ。
決闘を続ければ当然、剣にもいつかガタは来る。整備を続けたにしても相手次第では壊れるのは日常茶飯事だという事で許されたようだ。
戻ってきたラチェットが師匠という単語に首をかしげる。
「うん、コヨイの剣術は師匠の教えと我流を足した独自の剣術だよ。ただ、アイツ曰く八割は師匠の教えらしいけど」
コヨイの剣術の実力はアクセル曰く、下手をすれば学園ではトップレベルに食い込めるのではと賞賛している。
現に剣術のセミナーに暇つぶしで足を踏み入れる際には、彼女が模擬演習で敗れるところをほとんど見たことがないのだという。あの神速レベルの剣術で敵を圧倒し、軽い身のこなしで攻撃を避ける等、戦闘能力は剣術においては桁違いである。
「なるほどナ」
彼女が敬愛しているという師匠とは一体どのような人物なのだろうか。アレと同様、内心では実は腹黒い一面がある戦士なのだろうか。
しかし、相手を侮辱する真似だけはするなという教えをするのであれば、真っ当な戦いを指導する騎士道精神あふれる戦士なのだろうか。少し興味は湧いている。
「なさけねーぞ、師匠。5秒で負けやがって」
そんな中、自称弟子のクロが下から悪口をぶつけてくる。
「誰が師匠だ、コノヤロウ」
クロの頭を軽く小突いてやった。
アクロケミスの魔導書の事について協力はしてやると言ったが、師弟の間柄になった覚えは一度もない。こんな生意気な弟子は入門させてやるかと反撃。
その後、いつも通り取っ組み合いになったことは言うまでもない。ラチェットも子供相手に結構ムキなものである。
「しかし、折角来たのなら剣を握ってみたらどうだって、それ初心者に言う事か?」
「そうそう、相手は誰でもいいなんて考え。さすがに暴言だぜぇ?」
コヨイがいつか呟いていた言葉を覚えているだろうか。
___私、割と戦闘狂ですので。
その言葉の通りであった。一度剣を握って戦闘に入れば、相手が誰であろうと普段と違った姿を見せる。
己の欲求のためだけに喧嘩慣れしていない人間“興味本位”で巻き込むのは如何なものかとアクセルとロアドは指摘する。
「では次の相手は……」
しかし、二人の言葉など聞く耳持たずで次の対戦相手を探す。
「ど~れ~に~し~よ~う~か~な~?」
リズムよくさされる指すらも凶器に見えて仕方がない。それでいて笑顔なのが余計に恐怖をそそられる。
「ひっ!?」
取っ組み合いの喧嘩途中だったクロは慌ててラチェットの後ろに隠れる。頼むから選ばないでくれと必死に敵意を向けていた。
「……では、ルノアさん! お願いいたします!」
「私ですか!?」
選ばれるとは思っていなかったルノアはただただ驚愕する。
「その自慢の愛刀で私と決闘を」
「いや、でも私……」
「いいからいいから」
コヨイから腕を掴まれ、ルノアは演習フィールドへと連行されていく。
まるで動物病院に連れていかれる犬のようだ。地面には踏ん張っているルノアの足の轍が痛々しく残っている。
必死にコーテナに助けを求めているが、コーテナはそれに対し『ファイト!』と返して笑顔で見送るだけ。無邪気な笑顔がルノアを襲う。
「さぁ、どこからでもかかってきてください」
剣を構え、コヨイは満面な笑みで戦を楽しみにしている。
とにかく戦いたい。その意識の狂乱ぶりに彼女の将来を心配したくなる。
「……えーい! もうどうにでもなれ~!!」
ルノアは自身の剣を作動させる。
熱を帯びさせる。炎を噴出し、剣そのものにジェット噴射並みの加速を加える装置も作動。
大剣に炎が纏われる。次第にその迫力と熱気がフィールドに広がっていく。
「おお……!」
先程と違って期待のある一撃の予感に、コヨイは全身全霊をかけて待ち構える。
「いっけぇー!!」
ルノアは突っ込む。大剣から噴出される炎のジェットブースターがその速度にさらに加速をかける。
でかい一撃が来る。
若干パニックになっているためにパワーの制御に不安はある。しかし、それくらいがちょうどいいとコヨイは笑顔で待ち構えている。
火花が込み上げる。大剣からマグマのように熱が飛び散る。
その熱さにはコヨイは思わず笑みを浮かべる。戦闘狂として自覚している故のサガなのか、彼女はその好奇心を受け入れ、欲望の赴くままにルノアへと身を寄せる。
「はっ!」
両脚はしっかりと地に固定し、上半身は漏れのないずっしりとした構えでルノアの一心不乱を受け止める。
攻撃をうまく弾き返してみせる。
ルノアの大剣はふわっとコヨイから離れた。
「えっ」
攻撃を弾かれた直後。
……ルノアの体が突然浮き上がる。
「うわぁああ!?」
するとどうだろうか。ルノアの体は大剣のジェット噴射によって遠くへと飛ばされていく。空気の抜けた風船のように。
「……!?」
突然の事態にコヨイは困惑。
「ぴぎゃぁああ!?」
大剣に引きずられる彼女は人間のものとは思えない悲鳴を上げて運搬されていく。誰も止めることが出来ないスピードで、ルノアは大剣と共に演習場の壁へと突っ込んでいく。
……正面衝突。
壁に大きなクレーターを作り上げ、そこにルノアは大剣諸共叩きつけられた。
「ぷしゅうう……」
ルノアは目を回して気を失っている。
剣もさっきのショックで起動が停止したのか熱が一気に冷めていた。
「おいおい、大丈夫か!?」
アクセル達は慌てて、壁に叩きつけられたルノアの元へ急いだ。
「……はぁ、やれやれ」
対戦相手だったコヨイも溜息を吐いて、それについていく。
特に怪我はしていない。例のユニフォームのおかげで。
とはいえ、ぶつけられたショックで軽い脳震盪を起こしていたようだ。ルノアはそのまま、コーテナの手によって医務室へと運ばれていく。
「……む?」
ルノアの救出作業中、コヨイは自身の刀を見る。
「どうかした?」
「……ロアドさん、放課後付き合ってもらえますか?」
一つお願いを頼むと、コヨイは頭を下げた。
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