PAGE.130「愉快なジャンキー(後編)」
放課後、一同はコヨイの用事についていくことに。
……彼女が訪れたのは行きつけの鍛冶屋だった。
魔法で戦う事が主流のこの世界にて、剣で戦う人間は少ないと言われている。この世界でいう剣の存在価値はあまりなく、その大半が使い捨てと言われている。
しかし、剣技を極める者が割と多いというのも現実。売上などに関しては厳しい面があるが、鍛冶屋という職業は存在するのである。
「お願いします」
「おう、いつもありがとね」
鍛冶屋のおじさんは常連であるコヨイの注文を了解する。
ルノアとの戦い、あのマジックアイテムの一撃を弾いた際、愛刀にガタが来ていたことに気が付いたようだ。
若干見えた刃こぼれに、目では見えない繊細なヒビ。コヨイは刀の外見の違和感に一瞬で気づいて修理に向かったのである。
「ごめんなさい……」
ルノアが頭を下げて謝る。
「いえいえ、手入れを怠っていた私のミスです」
というわけで彼女の刀は二日ほど預けっきりになるため手ぶらということになる。
……普段から刀を手にしているところを除けば本当に礼儀正しそうな女の子である。ただ、彼女から重要な一パーツが抜けたような気がして違和感も絶えないが。
あれだ。普段眼鏡かけている人が眼鏡をはずしていると何か足りないって思う現象。彼女にとって刀は眼鏡のようなものである。
「うーん、やっぱ刀持ってないコヨイは違和感凄いな。物騒さがないというか」
「失礼な。私は何処にでもいる可憐な常識人です」
自分で可憐と言った。一同からの総ツッコミが自然と伝わるようだった。
しかも常識人ってどの口が言うのか。普段から凶器をチラつかせている少女が言う事なのか。
「付き合ってくれて、ありがとうございました」
コヨイはお辞儀をして、ついてきてくれた皆に感謝する。
……本当に刀さえ持っていなければ礼儀正しい普通の女の子である。
アクセルの言う通り、物騒さが抜けてしまえば良いとこ育ちのお嬢様に見えてしまうのがかなり悔しいところ。彼女の性格だいぶ狂っているのに。
「では、私は用事がありますので、ごきげんよう」
お嬢様っぽい仕草を取って、コヨイは皆とは反対方向に歩いていく。
「……なぁ? 俺達、ついてくる必要あったのカ?」
ラチェットがあまりにも痛いところをついてきた。
「なんというか、暇つぶしに使われたような気が」
子供であるクロでさえも察したようだ。
一人で野暮用に行くのはつまらないから、そこに行くまでの退屈しのぎに付き合わされたことに気が付いてしまったのだ。
「まあいいんじゃないかな? それくらいは付き合っても」
コーテナは笑いながらそう答える。
彼女の言う通りの気もする。どうせこの後やることはなかったのだし、それくらいの付き合いは見せても。
一同は鍛冶屋のおっさんにも別れを告げ、この後カツサンドでも食べに行くかと予定を立てる。ビリ欠になった奴は全員分のカツサンドを奢るかというロアドの発言が聞こえたりなど、全員の闘志が一斉に湧き上がったりしていた。
「……あれ?」
ふと、コーテナが後ろを振り向く。
「どうかしたカ?」
「いや、あれ……」
コーテナがコヨイの歩いて行った方向を指さしている。
……コヨイが立ち止まっている。
そして、彼女の進路方向にはガタイの良い兄ちゃんたちが声をかけている。
とてもじゃないが親し気に喋っているようには見えない。少し高圧的と言うか、無理やり彼女を連れて行こうとしているような。
「あれって、もしかして……ナンパか?」
雰囲気的にはそうじゃないかとラチェットは口にする。
ラチェットとコーテナが足を止めていることに気付き、アクセル達もコヨイが変な男たちに絡まれていることに気づく。
アクセル達の顔が青ざめていく。
この雰囲気から分かる。おそらくナンパだろう。コヨイは手ぶらの女性のために一人ぼっちだったこともあって絡みやすかったのだろう。
「ちょっとやばいな……!」
アクセルがすぐさま、彼女の元に駆けつける準備をしている。
「やっぱり不味いカ」
ラチェットもアクロケミスの魔導書に手を伸ばしておく。
ああいった輩のナンパほど、まともな結末を迎えない展開はない。面倒な事になる前に助けに行った方が良さそうだと足踏みをする。
「早くしないと……“男達の方”が危ない!!」
(ん?)
アクセルとロアド、そしてコーテナにルノアも全力でコヨイの元に走っているのに対し、ラチェットは妙に違和感を覚えてピタリと足を止める。
何か今、言葉がおかしかったような。
助ける相手が違うというか、アクセントをつける場所が違うというか。
「コヨイ、ストォオオップ! 男達の方もストップでお願いしますッ!」
「抑えてコヨイ! お願いだからマジで!」
だが、アクセルとロアドの必死の言葉の意味。
「……チッ」
すぐにでも分かることとなった。
「ぐおおっ!?」
コヨイにナンパをしていたであろう男の集団。そのうちの一人がブーメランのように腰が折れ曲がり、ゴミ捨て場の方へとぶっ飛ばされてしまう。
正拳突き。綺麗なフォームで仕込まれた殴打が炸裂。
……騒ぎが大きくなる。
ふざけるなと手を出そうとしている男がいる。
「ぐぶぅ!?」
叫び声がここまで聞こえてくる。それくらいに激しい反撃。
首目掛けてコヨイが蹴りをかましたのである。とんでもない柔軟性をもアピールするかのような綺麗なフォームで蹴り飛ばす。
「まずいまずいまずいッ!!」
「ストップ! コヨイ本当ストップ! それ以上はマジでヤバイ!!」
事の重大さに気が付いたラチェットも必死に止めに行く。
これ以上続けば大変な事になる。
……というか忘れていた。
彼女が心得ているのは剣術だけではない。確か、体術に関してもそれなりにエキスパートであるとアクセルが口にしていたはずだ。
華奢な体つきからは想像もできないパワーを存分なく発揮している。次々とナンパを仕掛けた男たちが薙ぎ払われていく。
「フザケンじゃないですよ。なんで上から目線で話してるんですか? 女性をエスコートするのならもう少し紳士的にやるもんですよね、普通」
何か、殺気マシマシな言葉まで聞こえてきたりと色々まずい。
次第に周りも騒ぎに気付き始めていた。このままでは彼女の学園生活の継続が危うい最悪な事態になりかねない。
というかここにいるメンツで止められるのだろうか。
迎撃されて全治数か月の怪我で病院行きとか普通にあり得るような気がする。妙な不安を覚えるが皆でかかれば怖くない……はず。
全員が一斉にコヨイを止めようと手を伸ばしていた。
「はい、ストップストップ」
ところが、それよりも先に。
「落ち着こうなー、ひとまず」
全員が止めるよりも先にコヨイの動きを止めた勇者が現れた。
「!」
コヨイの体がフワっと浮き上がる。脇に挟むように持ち上げられたコヨイは電池の抜かれた玩具のようにピタリと動きを止めた。
そっとコヨイは自身の動きを止めた人物の顔を見る。
「……はっ、師匠」
彼女の口から出た言葉。
「お前なぁ。喧嘩を売られてもいないのに自分から手を出す癖をやめろってアレほど言ってるだろ~。気に入らないから手を出すだなんて、ただの通り魔だぞ~?」
大柄な体。少し陽気な大人の雰囲気。
そして、精霊騎士団の一員を意味する甲冑の鎧。
「俺を犯罪者の親玉にするんじゃねぇぞ」
精霊騎士団のホウセンだ。
「いや、あの、これはですね、えっと、あと」
コヨイはホウセンの姿を視認すると、驚いた表情で慌て始めている。
「一部始終見てたぞ~。こいつらナンパはしてきたが、先に手を出したのはお前だろ? じゃあお前が悪い」
陽気ながらもちゃんと説教をしているホウセン。
「ああ、なるほどナ……」
ラチェットは想った。
この弟子あってあの師匠という事だと。
コヨイの雰囲気は彼とはかなりベクトルが違うものの何か既視感があったのだ。戦いを楽しんでいるというか、戦いを求めているというか。
そして戦闘中のあの楽しそうな感じ。何処か愉快で破天荒な感じ。
彼女の師匠の正体を知った後は納得しか訪れなかった。
「おやや、保護者のご登場だね」
ロアドもホウセンの登場にかなり安心している。アクセルも腰を抜かして深呼吸をしているところを見ると、これ以上大事になることはなさそうだと思われる。
「しかし、気軽に声を掛けられて悔しかったというか、なんか軽く見られているというか」
「逆だ逆。お前には魅力があるってことだ。男心も理解してやれよ」
師匠の悠長な説教に弟子の必死な言い訳合戦。まるで親子喧嘩を思わせる風景であった。
なにはともあれ、一件落着。
これで、さっき以上のひと騒ぎが起きる必要も。
「……とりあえず、これどうするんダヨ」
というわけにも行かない。
あたりでのびてしまっているナンパの男達。一人に至っては痙攣を起こすレベルの意識不明でどうするつもりなのか。
この後の処理が大変そうだ。
ラチェットは悲哀の目で言い訳をするコヨイを眺めていた。
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