PAGE.121「No,2は優雅に笑う(前編)」


 最悪。最悪通り越して災厄だった。

 ここまでの不運を呪ったことはない。この授業に参加している生徒は七十名近くと結構な数がいたはずだ。その七十分の一という引きたくもない名誉を引いてしまったラチェットは魔導書片手に戦闘フィールドの真ん中で震えている。


 しかもそれだけじゃない。

 何とこの授業……例のナンバーワン様とナンバーツー様も参加していたらしい。


 対戦相手はよりにもよって、そのナンバーワンの懐刀と呼ばれている女性生徒。この学園のナンバーツー・コーネリウスである。

 これまた七十分の一からとんでもない相手を引き当ててしまった。こんな最悪は組み合わせ、七十分の一が重なる確率はどのくらいなんだと考えたくなるが、数学は全くもって壊滅的なラチェットは思考を放棄する。


(俺、最近何か悪いことでもシタ?)


 ___無理である。

 無理ゲーにも程がある。戦闘機相手に水鉄砲片手の歩兵がどう勝利しろというのだ。こんなもの5秒も立たずにKO確定である。


「今日はよろしくね」

 ___ニコニコ顔で返事をしてくれるが今はそれどころじゃねーんだよ。

 その心優しい笑顔が逆に恐怖を掻き立てる。ラチェットは一応、挨拶だけはと震えながら礼をしていた。


 本当に勝てるのか。

 ラチェットは魔導書を構えていた。


「……ふむ」

 戦闘開始前。

「さぁ、きたまえ」

 コーネリウスは……剣を鞘に収めた。

 すると両手を広げたままという無防備な格好で彼を出迎える。


「!?」

 突然の行動。予想もしていなかった展開にラチェットはまたも驚愕する。その震え方は動揺へと切り替わった。


「ナンバーツーが……剣を収めた」

 しかし、周りの生徒はそれに驚く様子は一切見せない。

 むしろいつも通りの光景だと思う者までいる。


「あれがフェイト様とは違うところよねぇ……あのお方は、まず対戦相手を楽しむお人なんだから」


 フェイトとコーネリウス。

 その二人は成績こそ僅差でありながら、その思想や戦い方などには決定的な違いがある。


 生徒達は一斉に、会場の隅っこで試合を眺めているフェイトへと視線を向ける。


 まずはフェイト。

 彼女は自身が完璧であることを求めるために戦闘する。その為、対戦相手がどのような相手であろうと手加減は一切しない。常に全力で立ち向かう。

 

 むしろ手を抜く行為そのものが対戦相手に対しても無礼であると考えている。

 完全を志す者は、常に礼儀を大事としているのだ。


 あのエドワードという魔法使いとタイプは同じらしい。



 一方、その友人であるコーネリウス。

 彼女は……真逆だ。


 正々堂々と戦う。その一面は学園ナンバーワンのフェイトとは一切変わらない。だが、彼女の戦い方にはフェイトと一線を画す違いがあった。


 彼女は相手の実力をその身で測る。フェイトとは違う戦闘の形で決闘を受ける。


 両手を広げ無防備。それは抱擁の合図ではある。

 どのような攻撃がやってくるのか受け止めよう。その催促なのかもしれない。


「……?」

 ラチェットはその意味不明すぎる行動に首をかしげる。

 彼には戦士としての理念も誇りもない。故に戦いに対する想い方には本物の戦士とはかけ離れている。それ故にあの女子生徒の行動を理解することは出来ない。


「その反応……ハンデは構わないが、そこまですることなのかと思っているね?」

「!」

 図星である。


 女性にハンデをつけられるのは男性としては恥ずかしく情けないものがある。ラチェットもそれを感じてこそいるが、それをするかしないかは相手の気分の自由であるために反論することではない。

 しかし、武器一つ持たずに無防備で身構えるだけというのはあまりにも無謀ではないのだろうか。ラチェットは心の何処かでそう思ってしまっていたのだ。


「私の身を案じてくれるんだね。その気持ち、異性としては凄く嬉しいよ」

 コーネリウスは自身の胸に手を当て、不器用な少年の割には紳士的な一面を持つラチェットを快く思っている。


「だが、戦士として、それは侮辱以外の他ならないね」

 直後、コーネリウスの目つきが変貌する。

「……!」

 ラチェットの背中に重荷がかかる。

 またクロが張り付いてきたとかじゃない。見えない重圧に体が押しつぶされそうになる。


 “そんなことを言える立場じゃない。身を弁えろ。”


 言葉にこそしていないが、彼女から放たれる重圧がのしかかる。


「……わかったヨ」

 アクロケミスの魔導書を発動。

「じゃあ、相手させてもらいますヨ……先輩」

 サブマシンガンの二丁拳銃で出迎える。

 

「それでいい」

 コーネリウスの表情が笑顔になる。

 まるで先輩からの叱責を受けた気分だった。強者から浴びるモノで恐ろしいのは棘のある言葉なんかではない。放たれる威圧や迫力である。


 強者は多くを語らない。

 その言葉の意味、その身をもって知ることとなった。


「……」

 

 銃口はコーネリウスに向けられているものの、両手は震えている。


 動けない。彼女の威圧に押されているとかそういうわけじゃない。

 威圧もプレッシャーも既に彼女は引っ込ませている。そのニコニコとした笑顔に何か恐怖を覚えているわけでもない。



(……ああ、そういうことか)

 コーネリウスは震える彼を見て察する。


「優しいね、君は……“人を傷つける”のがとても怖いんだね」

「……!」

 また見透かされた。

 

 何度も心を見透かされたことに対し恐怖がのしかかってしまう。ラチェットは言葉こそ発せずに目を見開き、体もピクリと動いた。


「君、前にエドワード君の言葉に我を失って、爆撃系の何かを使ったよね? でも、その状態でも、自然とその弾はエドワード君の胴体ではなく、彼の足元を狙っていた……ビビらせてやる程度の反撃をしようと意識をしていた」


 ラチェットは魔物や動物、そして敵である魔族を倒すこと自体には躊躇いはない。

 だが味方であれ敵であれ、同じ”人間”を相手にすると戸惑いが見えてしまう。人殺しをしたという恐怖で心臓が爆発しそうになる。


 ……あの頃を思い出してしまう。

 父親の顔面を微塵も残さず粉砕した、あの恐怖の瞬間が。


 人を殺した恐怖が、前よりは身を潜めているとはいえ、トラウマを逆撫でするように震えさせる。


「でも安心したまえ、君のその武器から放たれる鉛玉程度では私の制服は傷つかない。この制服には魔法による耐性効果以外にも、防火対策に爆発耐性、ナイフ一本ではそう易々と貫けない特殊な生地で出来ているのさ。君の攻撃で私が傷つくことはない。だから安心して撃ってくれ」


 王都学園の制服にはそんな特徴があった。

 過去、デスコンドルの爪で切り裂かれた時も臓器にまで傷が届くような事にはならなかったのもこの制服のおかげのようである。とはいえ、気を失うほどの重傷を負ったことに変わりはなかった……その経験もあって信用に事足りるか戸惑っている。


「……信用していいのカ?」

「さぁきたまえ!」

 

ドンと胸に撃ってこいと身構えていた。


「……!!」

 まだ恐怖はある。

 しかし、これ以上は本当にコーネリウスを怒らせかねない。ラチェットはコーネリウスに弾丸を乱射した。

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