PAGE.113「グッドラック オア バッドフィーリング」

 夕暮れ時。お日様が西の空へ沈みそうな夕方頃。


「おいおいおいおい、冗談だろぉ!?」

 生徒達は既に下校時刻。そんな時間帯に学園に向かって全速力でダッシュするヒョウキンな青年が一人。


 最早、ラチェット達の保護者的立場となったスカルであった。

 何でも屋開業の準備中、王都の騎士団から『ラチェットが怪我をした』と報告を受け、慌てて戸締りをした後に学園へと向かっていた。


 医務室に搬送された。意識を失うほどの大怪我だったという。

 そんな話を聞きつけて黙っていられるはずもなく。スカルは一心不乱に生徒達を掻き分けながら学園へと足を踏み入れる。


「おおっと、いけねぇいけねぇ」

 学園に入る前。まずは校門で受付をしないといけない。

 騎士団から許可をもらっている事・要件・自分が何者なのか。この三つはしっかりと答えた後に、再び全速力で学園の医務室へと向かって行った。


「待ってろよラチェット! 何があったのか分からないが、俺に出来ることがあったら何でも言ってくれよな!」


 医務室前に到着。ノックをした後に勢いよく扉を開く。


「ラチェット! 大丈夫か!?」

「あー……ラチェット君なら、もう外に出たよ」

「あれぇええ!?」


 医務室の女教師の冷静な言葉を聞いて、スカルは愉快にずっこけた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 数分後、スカルは一度空気が落ち着いたのちに、ラチェットの身に何が起きたのかを医務室の教師から聞いていた。


 突如立ち入り禁止区域にいたラチェット達。一人の女子生徒を庇った為に大怪我を負ってしまったこと。その後、医務室で治療を受け、意識に戻ったラチェットはお礼だけ言って、不愛想に医務室を出て行ったとのこと。


 医務室の教師は、自分の怪我にあれほど無関心な生徒も珍しいと笑っていた。

 負った怪我は転んで擦りむいた程度で済むようなものではない。だというのに、あそこまで気にする素振りを見せないことに驚いたという。


「はっはっは! ラチェットらしい!」

 スカルは医務室の窓から、中庭の様子を眺めている。


 中庭では、包帯を巻いたラチェットが小さな女の子に背中から抱き着かれている。明らかに怪我に響いて苦しんでいる彼を見てコーテナ達が笑っている。


 ……問題なさそうだ。いろいろな意味で。


「ブチまけた話、色々と心配だったが……大丈夫みたいだな」

 ラチェットの話を聞く限りでは、学園生活はあまり上手くいっていないようにも思えていたためにスカルは何処か心配を浮かべていた。

 しかし、彼もコーテナ同様に友達が出来ている。なんだかんだ言って、学園生活にも溶け込めているようで安心できた。


「しかし大した奴だぜ。医務の先公ですら心配するような大怪我を負ったっていうのに、あんなに元気にはしゃいでよ。丈夫な奴だぜ」

 同時、彼の体の丈夫さには本当にびっくりする。

 彼が知る限りでも”大きな何かを撃った反動で体が砕けた時”、”肩を刃物で引き裂かれた時”、”精霊騎士団の一人に手足の骨を叩き折られた時”……何れも応急処置を受けているとはいえ、数日で元気になっている。


 あれが若者特有のみなぎるパワーというものなのだろうか。

 スカルも彼と三つしか違いはないが、自身と比べて目がかすむほどの彼の元気には改めて驚いてしまう。



「……うーん、体が丈夫というよりは」

 医務室の教師も、中庭のラチェットを眺めている。

「回復が早すぎない? あの子?」

 苦しむ彼を見ながら首をかしげていた。


「だって、あれ普通だったら数日は動けないくらいの大怪我だよ? だというのに数時間で回復しちゃって……一体何を食べたら、あんなに元気になれるものかねぇ?」

 

 医務室の教師はアクビをしながら腰掛ける。


「ブチまけた話、若さじゃないっすかねぇ」

「若さ、ねぇ……?」


 何処か納得のいかない表情を浮かべている医務室の教師。

 医学的根拠に基づいて、想像を超えているラチェットの事をおかしく思っている。


 そんな教師を他所に、スカルはちょっかいでもかけてやろうかと中庭へ顔を出す為に、お礼を一つ言い残して、医務室から出て行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 笑顔が溢れる中庭。ラチェットは苦しみながらもはしゃいでいる。

 無邪気な光景は遠目から見ても、愛らしい何かを感じてしまう。


「……なるほど、話の通りだな」

 そんな光景を物騒な目つきで物陰から盗み見る何者かがいる。

 影は二人。学園の制服を身に纏っているあたり、学園の外の人間ではなさそうだ。


「魔物の事も気になるけど……あの回復力、彼からも目が離せないね」

 物陰に隠れている人影の一人は、自身の長髪を人差し指に絡ませ、興味よさげにラチェットを見て笑っている。


「……奴から目を離すことはないだろう。それが私達の」

「”任務”でしょ? 全く、またエージェントにも何かしらの組織にも任命されてないのに気が早いんだから」

 冷静な女子生徒。愉快に笑う女子生徒。

 二人の人影は、ひっそりと中庭から離れていく。


「まぁ、人間はそれくらい気が早い方が行動力盛んでいいかもね」

「……無駄口が多い。お前も悪いところだ」

「はいはい。優等生さんの説教は怖い怖い」

 片方の人影の言葉は酷く威圧感がある。耳にするだけでも体が震えあがりそうな……抑揚や感情のこもらない言葉が、底の掴めない恐怖を人に与える。


 ところがもう片方の人影はその説教を前にしても恐怖一つ浮かべはしない。

 むしろ、その説教を楽しんでいるようにも思えた。


「ところで、一つ気になることがあるんだけどさ」

「……言わなくても分かっている。誰か、私たちを”見て”いたな」

 二つの人影は立ち止まると、青黒く染まり始めた空を背景に明かりを照らし始めた王都の灯台へと視線を向ける。


「どうする?」

「放っておけ。敵意を感じない以上、無理に追わなくてもいい」


 空が暗くなっていく。

 二つの人影は、暗闇の中へと溶け込むように消えていった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 灯台の麓。王都の街を照らす光の下で、一人の少女がふらっと歩いている。


「……さてと」


 灯台下暗し。灯台の足元は真っ暗で何も見えない。

 そんな暗闇の中でも……彼女の銀色の髪と赤い瞳は輝いている。


「小僧の明日はどちら、だろうな……はっはっは!」


 アタリスは両手を広げ、光り輝く王都の街へ。

 




 彼女だけは分かっているのか。それとも、予感に対して興味を抱いているだけなのか……いずれにしても、ラチェットに近づいているものが何かは理解できる。


 これから始まる愉快な日々、そして。







 ”暗雲”だ。




【第七部 青春波乱のアフタースクール 入校の章 ~完~ 】

 

 

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