PAGE.112「迷子の子猫ちゃん(その5)」
数時間後。ラチェットの背中と肩は包帯でグルグル巻きにされていた。
破れたローブに関しては思い入れがある品と説明を入れて修復してもらえることになった。明日にでも綺麗な姿で戻ってくるとのこと。
医療室で治療を終えたラチェットは、中庭のベンチで空を眺める。
壁の上。管制塔の機能に近い展望台をじっと眺めている。
カトル先生には全ての事情を話した。といっても、話したのはクロの方だったが。
突然、空に魔物が現れた事。そして、襲い掛かってきた魔物に対して迎撃を開始したこと……決死の攻防戦の末にラチェットは負傷し、クロが魔導書にて撃退した。
何故、魔物が現れたのか。
魔物が現れた件に関しては職員会議で論議することが決定したそうだ。
(やっぱおっかねぇナ、魔物っていうノハ)
この世界に来て最初に出会った魔物であるリザードを思い出す。
今思い出しても肝が冷える。よくもまあ生き残ったものだと溜息を吐いた。
「おい」
溜息を吐き終えると、後ろから声が聞こえる。
生意気に喋りかけてくる声。もう声の正体はすぐに分かる。
「お見舞いに来てくれたのカ?」
ラチェットは振り向き、生意気には生意気で返すよう返事をする。
「……俺のせいでそうなったからな。謝りに来た」
「だったら必要はねぇヨ。俺が勝手にやったんだ」
「じゃあ、俺も勝手に謝るからな!」
クロは頭を下げる。
「俺のせいで怪我をさせてごめん……あと、ありがとう。助けてくれて」
そしてお礼も口にする。
生意気な少女なりにそのお礼はぎこちないものだった。人を貶すことや攻撃的な発言をすることがあっても、お礼をいう機会はそうそうなかったと思える。
……こんな素直じゃない一面は何処かの誰かさんにそっくりである。
しかし、その当の本人はそんな彼女を前にして。
「お前も素直に謝れるのナ」
この態度であった。
「何だと!? 真剣に謝ったのによ……って、あ、そうだ!」
クロはアクロケミスを手に取って、ラチェットへ笑顔を振りまく。
「お前のおかげでって言い方は不謹慎かもしれないけど……ありがとう! アクロケミス、発動出来たよ!」
「発動、デキタ……?」
ラチェットは朧気であるが、あの時の光景を思い出す。
彼女はデスコンドルを仕留めようと何かしらの武器が出る様にと念じてはいた。ところが、そんな彼女の祈りは届くことはなく、アクロケミスはうんともすんとも言わず、光一つ放つ気配すらも見せない。
だが、代わりに出てきたのは“固体化し、武器として変形し具現化した影の塊”。
「この本、魔衝まで再現できるなんて……ビックリしちまったよ!」
……ステラの話を思い出す。
アクロケミスの魔導書の能力は魔族界戦争時に使用されていた古代人の兵器の具現化だ。しかもそれは戦争終期のみの武器という限定的なもの。
具現化させられるのは戦争終期の武器だけ。特殊能力である魔衝まで再現できるなんて能力はアクロケミスの魔導書に存在するなんて話は聞いたことがない。
彼女が何を思っていたのか分からない。だが、ラチェットの想像通りであるならば……想像したのはきっと、父親が使っていた武器。固有能力である“影の魔衝”だったのだろう。
あの場面、きっと発動したのはアクロケミスではなく、クロ本人の魔衝。
父親から遺伝されたと思われる“影の魔法”ではないかとラチェットは思っていた。
「……そうか、じゃあ俺の仕事は終わりだナ」
だがラチェットはそのことを口にしなかった。
アクロケミスを発動出来たと喜んでいる。つまりノルマを達成したのだからこれ以上の付き合いは必要ないということにすれば都合が良い。ラチェットは良かったねと適当に拍手をした後にゆっくりとベンチを立ち上がる。
「はぁ!?」
ラチェットの逃げるような発言。
「うぐぐっ!?」
それに対し、逃がしてたまるかとピラニアの如くクロはしがみついてきた。
「待てよ! これで終わりだと思ってるかのよ!?」
怪我人相手だろうと容赦なく後ろから首にしがみついてくる。
「何だヨ! 目標は達したんだろうガ!!」
ラチェットはベンチから離れると、その少女を払いのけようと暴れ始める。再び即席ロデオボーイが誕生してしまい、ラチェットの傷はマッハで苦痛を極めていた。
「あれから何度も試したんだけど発動できないんだよ……発動が安定するまでは絶対に付き合ってもらうからな!」
「ふざけんナ! 俺に少しでも謝罪の気持ちがあるのなら、俺の身を労わりやがレ!!」
「いいや絶対に逃がさないからな!お前が言ったことは忘れないからな!」
万力のようにしがみついてくるクロ。
「最後まで付き合ってもらうからな! ラチェット!」
名前で呼ぶ。クロは逃げようとするラチェットを睨みながらその名を呼んだ。
怪我のせいで力はそうそう湧かないが、それでもなお懸命に少女を引きはがそうとするラチェットは助けを求めようとする
二人の攻防戦は熾烈を極める一方だった。
「あっ、ラチェットいた!」
すると、声が聞こえてくる。コーテナだ。
「怪我をしたって聞いたから探してましたが……何してるんですか?」
「というかその子は?」
コーテナと一緒に歩いてきたコヨイとロアドは絶賛攻防戦中のラチェットとクロを前に目を細めている。
「おやおや、仲がよろしいようで」
「喧嘩してるように見えるのですが……」
他にもアクセルとルノアの姿もあった。ラチェットが怪我をしたと聞きつけて、みんな彼を探し回っていたようだ。
「すっごく可愛い子だね! 凄く仲良しに見えるけど友達?」
コーテナが純粋な問いをかけてくる。
「どこか仲良しに見えるんだヨ!」
「逃がさねぇ……地獄の窯の底まで追いついてやるからなァア……!!」
締め上げてくるクロの腕力がさらに上がっていく。
怪我さえなければこんなクソガキなんぞ一瞬で払いのけるものをとラチェットは歯を鳴らしながら、自分の非力さを呪っていた。
「なんだ、元気そうじゃねぇか」
アクセルは元気な彼の姿を見て、愉快そうに笑う。それにつられ、残りの皆も仲良さげに戯れていると思われるラチェットに対し笑いかけていた。
少女に締め上げられ、怪我の状況が間違いなく悪化しているであろうラチェットの唸り声が夕暮れの空に響く。
孤独な少女クロ。いつも睨みの効いた攻撃的な目をしていたクロは……
年相応の子供らしい、無邪気な笑顔だった。
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