PAGE.85「礼儀無頼なアイツの名を知ってるか(後編)」
逃げ惑う余所者魔法使い達はこの街に来てすぐに計画を実行した。
しかし、その内容は“この王都にて大きな兵団に所属する魔法使い”であることをホラ吹いて、タダ飯だったり、何かとうまい話を合わせて甘い汁を吸おうとしたなど小さな目的であった。
所詮はゴロツキの集団。王都の情報集めを怠ったがばかりに本物の精霊騎士団に喧嘩を売ってしまいこの始末。大した戦闘力もない男達は追われる身となった。
十人近くいた偽兵団の集団はパニックのあまり街中で散開する。
「くそっ! どうしてこんなことに!?」
「だから、調べておいた方がいいって言っただろ!」
ある程度の情報は集めておくべきだっただろうと一人は述べる。
王都は広い。その広さは”一国“で纏めるにも枠が足りないほど。地図の中心部もこの王都によって埋め尽くされている。
それだけの広さなのだから、調べる事を多少怠っても問題ない。王都の全部を知っている住民もそうそういないのだからと。
……そんなアヤフヤな発想が不運を呼んだ。
浅はかにも程がある計画性のなさに集団の一人は嘆いていた。
「うるせぇ! 口開ける暇があったら逃げやがれ!」
重なる喧嘩。最早チームを束ねる気もない。
所詮はゴロツキの寄せ集め。王都の兵団に入るなんて夢のまた夢の世界。そんな奴らにチームも何もあるものか。
「ぐぁあっ!?」
逃げ遅れた。
何かで背中を撃たれた男は盛大に転んでしまう。
「なんだ!? なんだよ、これ!?」
地面に這いつくばる男の体に“スライム状の水”が絡みつく。
暴れれば暴れるほど、スライムの体は大きくなり男の体を飲み込んでいく。
「なんじゃそりゃぁ……って、うぐっ!?」
スライムに身の自由を奪われ、助けを求める仲間の方を振り向いてしまった男の一人が、顔面で“スライム”を受け止めてしまう。
空から飛んできたスライムは一瞬で男の上半身を飲み込んでしまう。
捕まっていく。次々と男達の動きが封じられていく。
確実に……一人ずつ捕縛されていく。
「チクショウ!!」
狙撃されることを拒んだ男は路地裏へと方向転換をした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……くっ、路地裏に逃げられましたか!」
狙撃が難しい場所に逃げ込まれたことを確認する。
「サイネリアさん! 一人は路地裏に、残りは人が多い場所に逃げ込んで狙撃が難しい状況です! 射程距離まで移動の間、対処をそちらに移します!」
弓矢をしまい、魔導書を起動したまま高台から飛び降りる。
階段なんて降りる暇はない。これくらいのアスレチック行動は精霊騎士団の一人や二人出来て当然。しっかりと足を踏ん張って着地する。
「行きますよ、ディジー先輩!」
「行く」
念のため、白兵戦になった時を考慮して、ディジーを近衛兵として連れていく。
二人の精霊騎士団は、次の射程ポイントへと移動を開始した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「全く……せめて方角くらいは言えってんだ」
報告に対し、多少の愚痴を返すとサイネリアは頭を搔き乱す。
「……まぁ、いいさ。対処はしてるんだよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
木を隠すなら森の中。人を隠すのなら人ごみの中。
強硬手段のため攻撃を行おうとする騎士団相手に王都の住民は充分な盾になる。人ごみを隠れ蓑に魔法使いの男達は王都の出口を目指す。
限りなく広い王都の中。脱出の糸口を見つけ出すために、この人ごみを利用する。
「へへっ、これなら逃げ切れるぜ」
これだけの人だかり。目立ってしまう魔法使いのローブも脱ぎ捨てることで更に特定を難しくさせる。
発見は限りなく困難。ゴロツキの魔法使いは何としてでも逃げきってみせようと意気込んでいる。
「いくら精霊騎士団でも、こんな状況で見つけ出せることは」
「可能」
男の後ろで声。
そして、首に鈍痛。
「えっ……」
男の意識は何が起きたのか理解する前に一瞬で吹っ飛んでしまう。
(なっ、マジか……)
(大丈夫大丈夫、マグレだマグレ……)
人だかりに隠れたゴロツキは一人だけではない。残りの数名も目くらましとしてこの中に紛れ込んでいる。
仲間が一人やられたことに気付いている奴も数名いるが、そんなことに気遣っている暇などない。
焦る必要はない。きっと偶然である。
見つかってしまったのもあの男の失態だ。その自信と余裕故に余計な一言を漏らしてしまったから補足されてしまったのである。
そんなミスさえしなければ問題ない。気が動転せず挙動不審な行動さえ取らなければ特定されることもないだろう。
男達は上手く人ごみに溶け込もうとする。
「うぐっ」
「ぐえっ……?」
だが……また一人。また一人。
次々と逃走中のゴロツキは倒されていく。
「なにっ!? なんで発見できて……うぐっ!?」
残った一人も確保。
全員気絶。ゴロツキ達の男達の闘争は失敗に終わった。
「理解、出来る」
人集りの真ん中で“少女騎士”は男達を見下ろす。
「鼓動、伝達、してる」
無表情。感情表現一つ表情に移そうとしない少女。
“冷酷無情なツインテール”……グリーブの少女はそっとアクビをした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
路地裏に逃げ込んだ最後の一人。この男が捕まれば全滅。
何処でもいい。今日中に王都の外に逃げ込めなくてもいい。まずは何処かに身を隠し、事が落ち着いてから王都を脱出しよう。
仲間の事は知った事ではない。あいつらは自分の美味い話に勝手について来てヘマをしただけ。自業自得だから助ける義理はないと見向きもしない。
隠れる場所。何処だっていい。
酸っぱい匂いが窮屈な下水道やゴミ捨て場であろうと、ネズミが住み着いていそうな廃墟だろうと何処でもいい。数日は身を隠せる場所を見つけ出そうと必死だ。
「くそっ、くそっ……」
だが、男は足を止めている。早く逃げなければ捕まってしまうというのに……まるで“これ以上逃げられない”みたいに。
「すまないが、上からの命令だ。逃がさん」
王都のエージェントが一人・シアル。
「シアルがそう言うなら、私もあなたを捕まえる」
そして、その相棒であるミシェルヴァリー。
この二人もまた、精霊騎士のサイネリアの緊急指令により招集。カレーのレストランでタダメシにあやかろうとした恥知らずを捕まえてくれという命令が。
「……邪魔するんじゃねぇよ」
男は正常な判断を失ってこそいるが、目の前にいる奴らの背丈くらいは認識する。
どうみても十代半ばの子供だ。そんな二人組がエージェントごっこでもやってヒーロー気取りで道を塞いでいる可能性は否めない。
……さっきの少女の一件がある。
もしかすれば、この二人は本当にエージェントなのかもしれない。だが、違ったとなれば笑い話もいいところだ。
だから、まずは確かめる。
「このクソガキどもがっ!!」
まずは脅して確かめる。
特に戦闘力もない、ごっこ遊びをしているだけの子供ならこれだけの威嚇で泣いて逃げかえるはずだ。
脅す。とにかく脅す。
ストレスの籠ってるこの状況なら、百点満点の威嚇を作れるはずだ。
威嚇。それは間違いなく百点満点。
普通の子供だったら泣いて逃げかえるレベルと言い切れるほどの完成度だった。
「(ブチン)」
しかし、“言葉”が不味かった。
「……お前」
シアルはフラっと視線を男に向ける。
「お前いま、“俺がガキって笑ったよな”?」
彼の言った言葉。
それは禁句。精霊騎士団の間では勿論、王都に所属する騎士全員は絶対に知っていないといけないこと。下手すれば、マニュアル本の一冊にも書いておくかどうか論議になったほど。
“小柄”
“チビ”
“ガキ”
“その他子供っぽいなど、それらに関係する言葉”
その言葉全てが……この男にとっての“コンプレックス”なのだ。
「笑って何が悪いんだよ、クソガキ!」
否定すればまだ逃げ道はあった。
しかし、この男は見事なまでに地雷原へダイブしてしまう。
「……気分変わった。お前、確実に牢へぶち込んでやる」
衣装の胸ポケットに隠していた魔導書。
それに触れたシアルは即座に魔法を発動。
「死ねっ!!」
指先から放たれる光線が男に向けて放たれた。
「うぐ!?」
男の肩に一撃が掠る。
……掠っただけで頬の一部が焼きただれている。
殺す気だった。まだ彼にほんの少し理性が残っていたからこそ狙いが逸れた。
そうでなかったら、シアルの指先から放たれた光線は“男の脳天”をとらえていただろう。
「うわあああ!?」
確実な危機感を覚えた男は最後の足掻きで突っ込んでいく。
「……シアルを馬鹿にした」
ミシェルヴァリーは拳を構える。
「お前は絶対に許さない」
小柄な体。その体格差がどうしたというのだ。
「!?」
ミシェルヴァリーの拳は男の心臓目掛けて減り込んだ。
「くっは……」
揺れる。震える。再度の痙攣を持って気を失う。
ゴロツキの男は小柄なエージェントコンビの手によって捕獲されてしまった。
「地獄に落ちてろクソヤロー……!」
シアルは血管を額に浮かべたまま、男に対し親指を地に向けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます