PAGE.50「空飛ぶパペット」


 洞窟の奥の大広間に待ち受けていたのは……真っ白い鋼鉄の飛行物体だった。


 眼球も耳も口なども存在しない。その物体の顔面は折り鶴のようにのっぺらぼうで、体そのものも無機質を思わせる。

 姿そのものは巨大なコウモリ。長い尻尾が鞭のように粗ぶるその姿は神話に登場する悪魔をイメージするものだった。


「ほほう、何かを隠している割には粗末な門番だと思っていたが……切り札である傑作は奥に隠していたか。先ほどの人形と比べ、完成度は群を抜いているな」

「感想を述べている場合じゃない!」

 相当な広さを誇る空間にて、ラチェットからハンドルを取り返したスカルはバギーを全力疾走。荷台の中の荷物が飛び散らない様に絶妙なテクニックを披露しつつ。


 先端が槍のように鋭い鋼鉄の尻尾が逃げ回るバギーに何度も叩き落とされる。

 間一髪で回避こそしているものの、次々と尻尾の一撃で出来上がるクレーターを見るたびに背筋が凍りそうになる。


 万が一にでもバギーに当たったらスクラップは確定。荷物である小麦粉に当たってしまえば、あたり一面真っ白な砂嵐の出来上がりだ。


「おい、あれどうにかならないのカ」

「どれ、試してみよう」

 アタリスは瞳を赤くする。

 襲撃をかける飛行物体。それを爆散させるために灼却の眼を存分に披露する。


「む……?」

 ところが何も起きない。アタリスはそれに気づくと瞳の色を元に戻していく。

 飛行物体は弱まる様子も見せずに再び尻尾を振り下ろしてくる。


「ほほう、反射を施しておるとは……あれの作者は随分な匠であるな」

「“反射”だァ?」

 ラチェットは首をかしげる。


「魔族も魔法を使うって話したよね? そういう魔族の襲撃とかに備えて、衣服に魔法耐性として軽い反射の結界魔法を施すことがあるんだ」

 そういえば、コーテナが閉じ込められていた屋敷の中にいるボディガードは全員がその防護服を着ていると言っていた。

 魔法を反射する結界が練り込まれた衣服は本来、騎士団や自警団などに配布されるものであり、それとは無関係の魔法使いが手に入れるには相当値が張る代物となっている。そのため、自身で魔導書を利用して、その衣服を制作する者も現れるようだが……その限りなく繊細な器用さを求められる代物を作り上げる事は容易な事ではないのである


 しかし、あの飛行物体。アタリスの灼却の眼すらも弾き返す完璧な成功作である。

 迎撃としてコーテナも何度か炎の弾を発射しているが、飛行物体は焦げカス一つ着かず、むしろ攻撃をくらうたびに、激昂した恐竜のように牙を剥いてくる。


 あの怪物に魔法は無意味。

 空から襲い掛かる怪物相手にこちらは手が出せない。万事休すか。


「おい、ラチェット。ちょっとお願いがある」

「何ダ? 言っておくが、あのキャノン砲は出さねぇゾ」

 対戦車ライフルを固定も無しで撃つことがどれだけ無謀だったのか思い知った屋敷での夜。あの反動が半日の睡眠で回復したのが奇跡と思えるくらいだ。

 このように不安定な状況で対戦車ライフルを撃つのは二度と御免だと口にする。固定したところで使いこなせるかどうかの話は別として。


「ちげぇよ。ちょっと、こっちに来い」

 スカルはラチェットを運転席へと近づける。

「……運転頼むわ!」

 するとその場で立ち上がり、ハンドルがガラ空きとなる。


「おぉィッ!?」

 不在となったハンドルをラチェットは慌てて掴んだ。


 ……ちなみにだが、彼は整備工場で働いていた為に自動車の知識はあるが……“運転免許は持っていない”。

 そのような職場で働くのなら必須だろうとツッコミを貰うのは仕方ない。だが彼が所属していたのは履歴書必要なしのブラック企業だ。犯罪スレスレの職場に放り込まれていた彼に完璧な運転技術があるわけではない。


 ……良い子の皆は無免許で車の運転をするのは絶対にやめよう。

 何かあってからでは遅い。それをしっかりと肝に銘じておくように。


「事故っても文句言うなヨ……!」

 免許はないが経験はゼロではない。問題のない運転技術を披露し、スカルほど器用ではないが可能な限り安定した全力疾走を調整する。


 突如席を立ちあがったスカル。運転を託して、奴は何を企んでいるというのか。



 ……スカルは助手席の上で仁王立ち。宙から襲い掛かる飛行物体を睨みつける。


「オラオラかかってこいよッ! 潰したければ潰してみるんだな!」

 人を馬鹿にするような声のトーンに表情、挙句の果てには尻を軽く叩くような動作を見せて、飛行物体にこれでもかと挑発をかましている。

 ……危険な状況なのに刺激を与えてどうすると言いたくなる以前。あんな無機質物体に挑発をしたところで何か意味はあるのだろうかと同時に虚しさも覚える。


 挑発は全く意味がない。

 その挑発とは全く無関係に、飛行物体は尻尾を振り下ろしてきた。


「やべっ!」

 回避を急ごうとする……が、下手になれない運転をするとバギーが横転する危険性がある。そんな緊張がラチェットに派手な回避を制限させてしまう。


 避け切れない。尻尾は勢いよくバギーへと振り下ろされていく。


「ふんっ!」

 ところがバギーに尻尾は届かない。

 体を鋼鉄化させたスカルがその尻尾を両手で掴んだのである。

「こっちに……来いっ!」

 尻尾を握りしめたスカルは歯を食いしばり、空飛ぶ飛行物体を綱引きのように引き寄せていく。


 ___なるほど、そういう事か。

 スカルのやろうとしたことを理解したラチェットはすぐさまバギーを停止させる。


 魔法が効かないのなら……物理で殺せばいい。

 体の鋼鉄化は魔法であるが、鋼鉄化した体で殴るのは魔法でも何でもない。


 最初こそ大暴れしていた巨大な飛行物体。しかし、次第にスカルの馬鹿力を前に動きが衰えていき、ついには抵抗を放棄して勢いよく引き寄せられる。


「ぶっとびやがれ!」

 引っ張り寄せられた飛行物体。

 その背中には先程の騎士甲冑と同様“刻印”が刻まれている。騎士甲冑達よりはかなり大きめで複雑な模様をしたマークである。


 引き寄せた飛行物体の背中をスカルは勢いよくぶん殴る。


 飛行物体の体は騎士甲冑同様粉々にはならなかった。その体はどのような衝撃にも耐えられるように頑丈に作られているようだった……しかし、スカルの鋼鉄化した体と本来の馬鹿力が加わった破壊力を前には耐えることは出来ない。


 ヒビが入る。

 破損を受けた飛行物体はパンチでそのまま、壁画の壁へと吹っ飛ばされていく。


 衝突。空間内に耳が割れるような反響が鳴る。


「おっ?」

 飛行物体が叩きつけられた巨大な壁画。

 その一部分に……大きな穴が空いていた。


 壁画の一部は先へと続く道を隠すためのカモフラージュだったようだ。飛行物体が叩きつけられた地点は丁度、その道が隠された場所だったようだ。


「よっしゃぁ! 最早邪魔者はいねぇ! 一攫千金の宝探しを再開だ!」

 スカルは片腕を上げて咆哮する。

「「おおーーっ!」」

 コーテナとアタリスの声も響いている。


「おー……」

 ラチェットに関しては本格的な初運転&カースタントの緊張から解放されたのか、穴が空いたような心臓の痛みに胸を押さえながら返事をしていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 壁画に隠されていた出入り口はバギー一台が通れるような道ではなかった。

 

 飛行物体はピクリとも動かず、先程の騎士甲冑のような再生を見せる予兆はない。

 魔物や野生動物も入れないように設備は整えられているこの場所。車は置いて行っても大丈夫である判断することにした。


 ……誰か留守番を置いていった方がいいと考えもしたが、誰もがその留守番を辞退したのである。


 一攫千金のチャンスが待っているスカルは勿論、未知なる宝探しの存在に心を躍らせるコーテナとアタリスが留守番を引き受けるわけもなく……ラチェットも嫌々ついていくこととなった。

 こんな奥にまで人が来るはずがない。仮に来たとしても小麦粉を奪うような夢の小さい泥棒なんていないことを信じて、バギーを置いていく事にする。


 狭い道を進んでいく。

 何処か遺跡の風景に近かった大広間と違い、その通路は先程までの洞窟と同じような岩造りの通り道。


 蝋燭は一つも存在しない。明かりをつけるようなものは一切ない。

 だが代わりに……奥の方から明かりが見える。


 やはり、この先には何かあるようだ。

 一同は微かに見える明かりの場所まで、松明を手放さずに慎重に進む。ゴールに気を取られて、罠の存在に気付かないなんて最悪なデッドエンドだけは避けなくてはならない。


 慎重に進むこと数分……何でも屋一同はついに、その明かりが照らされる別の広間へと到着した。


「……ふむ」

 その広間に存在するのは、前の広間の壁画とはまた別の絵が描かれた壁。


 黒い何かと白い何か。

 その二つが大量の軍を率いて戦争を繰り広げている絵。

 そんな絵が刻まれた巨大な壁画の前で一人、白衣を着た何者かが佇んでいる。


「まただ、また文字が浮き上がっている……ここ三カ月で、ほんの微かだけど」

 声からして女性だ。

 カールのかかった赤い長髪の女性は顎に手を置き……深く考え込んでいる。

「でも、文字が一部一部欠けていて読むことは出来ない。一体、この壁には何が刻まれているというのかしら?」

 白衣の女性は壁画に背を向けた。


「むむっ!?」

 白衣の女性はラチェット達の存在に気付いた。

 驚きのあまり、女性がかけていた眼鏡は軽くずれてしまっている。


「……侵入者かしら?」

 女性はくいっと眼鏡を中指で上にあげて位置を元に戻す。

 眼鏡を正位置に戻したのち……その中指でそっと指を鳴らした。

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