第139話 ある企み

 正巳は、疾走するボス吉の背中で呟いていた。


「さて、どうするか……」


 王子の立場についてや、司令官の態度が豹変した事など、気になる事は幾つかあるが……司令官は元から対立するつもりだったのだろうか?


 もしそうなら、兆候が早い段階から出ていた筈で、マムがそれに気が付かない訳が無いと思う。それに『予め対立するつもりだった』にしては、無駄な行動が多過ぎる気もする。


 ……司令官の目的はなんだ?


 普通に考えると、軍の上層部から"指令"が出た、と考えるのが自然ではある。

 しかし、それにしては、司令官の個人的な感情の面が強すぎる気もする。


 司令官は、コントロール出来る"全翼機"の価値と、海上を進んで来た"水陸両用車"に目が向いていた様だった。しかし、それよりも気になった事がある。


 それは、先程の司令官の態度だ。


 ……先程、部下に対して『殺せ!』と命じていた。

 利益を考えると『捕えよ!』でも良かった筈なのだ。


 これは直感だが、『殺せ』と言う言葉に、何か鍵がある気がする。現段階では、この"殺意"が何を指しているか、さっぱり分からないが……


 今分かっているのは、"司令官は敵に回った"と言う事のみだ。


 王子に関しては判断のしようがないが、注意する必要があるだろう。


 ……それこそ、王子が裏で仕組んだ可能性すらある。


 そんな事を考えていたら、マムから通信が有った。


「パパ、先程もお伝えしましたが、"ブラック"に戻っていた者達は、全員無事です。ただ、一度離陸してしまった為、パパ達をピックアップするには、着陸する必要がありますが……」


 これは、先程通信が有った通りの内容だ。


 ブラックに戻った者達は、無事に離陸した逃げたという連絡を受けていたのだ。だからこそ先程、脱出を選択する事が出来た。


「帰りの燃料が足りるギリギリまで、上空を旋回していてくれ。もし間に合わなければ、先にホテルに戻ってくれて構わない」


「分かりました」


 これで、いざと言う場合でも、問題なくユミル達はホテルに帰還できる。

 あとは、"ブラック"に危害が加わる可能性だが……


「この基地の、戦闘機能はどうなっている?」


「はい。基地に存在する対空システム類は、全て掌握済みです。一応、離陸干渉はしていませんが、発進した瞬間から私の支配下になります!」


 ……まぁ、そうだと思ってはいたが、飛び立った戦闘機が『浮いているだけの鉄の塊に成り下がる』と考えると、相手に対して何となく、可愛そうな気すらして来る。


 ……何はともあれ、ユミル達は問題なさそうだ。


 残るは王子に関してだが、状況によっては、王子の"拉致"か"救出"を考える必要がある。

 "拉致"、"救出"の何方になるかは分からないが、何方かが必要になる確率は、高いだろう。


 先ほど、竜の話が嘘かどうか、聞いておけば良かったかも知れない。

 そうすれば、王子が敵か味方か判断する役に立った。


 そもそも、小物であれば"排除"で済むが、王子ともなるとそうは行かない。手が滑って排除でもすれば、国との戦争になりかねないのだ。


 ……まあ、敵である場合の話ではあるが。

 それに関しては、マムに聞けば分かるだろう。


「王子は敵か?」

「いえ、違います」


 敢えて二極的な聞き方をしたが、これで一番の不安要素は排除された。


「それじゃあ、味方か?」

「"味方"とは言えませんが、少なくとも現状では"敵"ではありません」


 『現状では』か。


 どうやら、敵ではないが、味方でもないらしい。


「……根拠は?」


「こちらに音声を」


 そう言うと、マムがその音源を再生し始めた。


 ――――

「『――と言う事で、先方からキャンセルの申し出がありました』

『それじゃあ、あ奴らは今頃飛び立ったという事か……』


『い、いえ、そういう事ではありませんが……どうやら具合が悪い者が出た様で――』

『なに? それでは、立場を明らかにして、見舞いをする必要があるでは無いか!』


『そ、それは……その、"感染"する病の様でして、一帯を立ち入り禁止としていまして――』」

――――


 マムが流した音源には、二人分の声が録音されていた。

 一人は司令官の男、もう一人は王子だ。


 確かに、王子が敵であれば、この会話は不自然だろう。


 王子が裏で操っていたならば、こんな嘘を司令官から言われる筈が無い。

 更には、己の立場を明らかにする等と、危険を冒す必要も無い。


 ……録音内容を聞いて、凡その状況が分かった。


「それで、司令官の目的は、何処にあるんだ?」


 わざわざ嘘をついて迄、俺達と王子を分離した目的がある筈だ。

 何か、王子と俺が仲良くなる事で、生じる不都合があるのだろうか?


 司令官側の不都合は兎も角、マムは他にも情報を得ている筈だ。

 そして、集めた情報から、既に結論を出していると思ったのだが……


「どうやら、司令官――この国の"軍部"は、クーデターを起そうと考えていたようです」


 やはり、結論が出ていた様だ。


「クーデターか」

「……はい」


 これ迄の半年間、"革命"と銘打って行われている紛争やクーデターに、幾度となく参加した。当然、ホテルへの"依頼"として受けたモノだったが、多くの場合犠牲になるのは、そこに住んでいる国民だった。


 そこには、巨大な利権が絡んでいる事も、しばしばあった。


 所謂いわゆる戦争ビジネスだ。戦争が起こる事で、莫大な利益を手にする者や国がある。実際に戦争に関係ない国が、ある場合、戦争を続けさせるために動く事もあるのだ。


 その中で、孤児や幼い児童がどさくさに紛れて攫われたり、親から売られるのも見て来た。


 戦争は勿論だが、革命クーデターにも多大な血が流れる。


 もし、自国の民を思って起す"クーデター"ならば、先ず"その後"の事を考える必要がある。全てが終わった後に、国民が誰一人として残っていなかった場合、それは最早国ではなくなってしまうのだ。


 流れる血は、少ない方が良い。


 つまり、圧倒的な軍事力で権力の移譲をするか、素早く対象を始末するのが最善なのだ。その為には、相手にクーデターの動きを知られる訳には行かない。


「この空港の利用を決める前に、非公式での"軍議"が開かれていたようです。その内容は『王族が送り込んだスパイが、入り込んでいる』と云う内容で――」


スパイそれが俺達だと思った訳か」


 まあ、確かにタイミングとしてはジャストだが……面倒な事に巻き込まれた。

 何と言うか、ため息しか出てこない。


「マムのせいです」

「……?」


 マムが言った言葉に一瞬疑問を覚えたが、直ぐに思い至った。

 マムが『"最重要人物"と通達した』事を言っているのだろう。


 ……確かに前後を考えると、司令官及び軍部が勘違いするのは、当然だとも考えられる。とは言え、今回の事は仕方が無いと思う。


 マムとは言え、全てを計算し尽くせる訳では無いのだ。それに、例えマムが完ぺきにこなしたとしても、イレギュラーが起こるのは避けられない。


 正巳は一呼吸してから、言った。


「マムのせいではない。それに、全ては結果論だ」

「ですが……」


 ここでマムが負い目を感じるのは、おかしな話だ。

 こと、仲間の事になると、マムは少し力が入り過ぎる傾向がある。


 だから、掛けるべき言葉は一つだ。


「忘れろ」


 そう言うと、マムは少しして『分かりました、パパ』と返事をして来た。

 マムは人間と違い、忘れる事が出来ない。


 だからこそ、マムには不要な情報を削除する忘れる事を、覚えさせる必要がある。――ある場合、全ての情報が必要では無いのだ。


 今は、削除する忘れる事を指示しなくてはいけない。その辺をマム自身がコントロールする事が出来れば、より柔軟な対応が取れるようになるだろう。


 ……それにしても、革命――軍部によるクーデターが起こるほど、王政が悪いのか?


 少し気になったので、マムに聞いてみた。


 すると、『悪い訳では無く、特別王族が幅を利かせていると云う訳でも無いのです。ただ、改善策として打ち出した改革が、裏目に出ているのは事実でして……』と回答が有った。


 恐らく、改革によって多少なり混乱があるのだろう。しかし……国がそんな状況にあって、次の国王である筈の王子が、こんな場所に居ても良いのだろうか。


 数回言葉を交わした限りでだが、あの王子はそれほど頭が悪いと思えないのだが……


「……一応聞いておきたいんだが、この事態に関わっている兵士は、どの程度いるんだ?」


 王国においては、全てのトップが国王である筈で、兵士も入隊時に国王に忠誠を誓うはずだ。だからこそ、全ての兵士にクーデターの事を伝えているとは思えないし、現実的ではない。


「はい。一連の事を首謀しているのは、バラキオス将軍とその部下であり、この基地の総司令官ムスタファ・アル・リファール大佐、他中佐三名です。この基地内の実働部隊は、駐留兵八千名の内、三千名ほどで、戦闘機や戦艦が着々とこの基地に集められている様です」


「……なるほど、この基地がクーデターの際の、重要拠点なのか」


 そう呟いた正巳に、マムが『間違いないです。他に三拠点存在しますが、そちらは物資の貯蔵的意味合いが強い様です』と答えがあった。


 どうやら、この拠点には現在、多くの戦闘機が集まっているらしい。


 司令官の目には、正巳達の乗って来た機体が"役に立つ"とでも映ったのだろうか? 例え手に入れたとしても、マムが居なくては只の鉄屑なのだが……


「パパ……」

「ん?」


 不意に話しかけて来た様子から何となく、不吉な事を言う気がした。


「これは、確実な情報ではありませんが。バラキオス将軍は、名前だけが独り歩きしている状態みたいです」

「どういう事だ?」


 "将軍"と言うからには、クーデターの旗振りの筈だが……


「はい。確かに、ムスタファ大佐がバラキオス将軍と接触した情報は有るのですが、それ以降将軍は、表に出ていないのです」

「表に?」


「"病気"と言う事になっている様ですが……」

「……つまり、ムスタファ大佐が危害を加えたと?」


「飽くまで、可能性の域を出ませんが」


 余り楽しくは無い話だが……クーデターを考えたムスタファ大佐が、バラキオス将軍に話を持ち掛けた。しかし、将軍はその話を断り、その結果ムスタファ大佐が将軍を害した。


 そう考えると、これ迄の情報が違って見えて来る。


 国王への不満からのクーデターではなく、一人の男の指導によるクーデター?


 何となく、軍を利用した"一人の男による反逆"そんな風に見えて来る。


 まあ、俺達が、よその国のクーデターに関わる事も無い。知っておく事は、自己防衛の為に必要では有る。しかし、不要な事に首を突っ込む事は、己を含めた家族に危険を持ち込む事なのだ。


 ……もう一つ聞いておきたい事があった。


「それで、王族からのスパイは存在するのか?」


 そう、実際にスパイが存在するかだ。

 スパイが居るのであれば、接触する事で、その実態がより正確に把握できる。


 マムは正巳の言葉に、少しだけ申し訳無さそうに答えた。


「……はい」

「そ、そうなのか」


 居るらしい。


「それで、そのスパイは特定しているのか?」

「はい」


 ……話が早いな。


「で、それは何処にいる?」

「それは――」


 マムは、一瞬間を置いて、その者スパイが居る場所と、その名前を伝えて来た。その話を聞き終えた正巳は、スパイだと言う人物が、正巳に取っていた・・・・・態度の理由が分かった。


 それと同時に、何とも言えない気持ちにもなっていた。


 当然、マムが申し訳なさそうにして居た理由も分かった。


 ……スパイら・・・・は、一度マムに素性をたずねた者の中に居たのだ。


 確かに、一度で看破出来なかったのは、ミスだ。


 しかし、それを言ったら直接話していながら気が付けなかった、俺のミスも有る。


 そんな事も有って、マムには『一つ賢くなったな、お互い』と言っておいた。


 何はともあれ、現状を整理するとこんな感じだろう。


******************************


<ユミル達>

 ブラックに乗り込み、離陸済み。現在上空を旋回中。


<正巳達>

 現在、地下街から地上を目指している。取り敢えず、ブラックを再び着陸させる為に、司令官から狙われている現状を、如何にかする必要がある。


<総司令官ムスタファ大佐>

 正巳に対しては殺意を放ち、始末対象として見ている。加えて、クーデターを企てている中心人物である可能性が高い。


 問題なのは、何故正巳に対して殺意を向けるようになったか、それと、司令官が正巳と王子を分離した目的。二人が言葉を交わす事で生じる、ムスタファ大佐にとっての"不都合"。これが、分かっていない。


<王子達>

 現状で、マムが捕捉している様では有るが、探し出す必要がある。


<その他>

 岩斉康文を、一時的に収容所にて収容中。


******************************


 ……先ずは、地上へ出てから王子達を探す事からだな。


 そんな事を考えていたら、ボス吉が、垂直に開いた穴を登り始めた。

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