第138話 盗賊……?
店の外観は、大きな岩だった。
外から見た限り、7,8メートルの岩に数か所、穴が開いている様に見える。恐らく、開いているのは窓なのだろう。入り口は、大きな岩で塞がれている様に見える。
少し変わった外観の店だが、この基地のトップである者が指定してきた場所なのだ。外観通りの内装と言う事は無いだろう……多分。
店の外観を眺めていたら、ボス吉が体を擦りつけて来た。現在のボス吉は、一メートル程の大きさになっている。
……昼食を食べた店で『小さなネコちゃん』と言われた事を、気にしている様に見える。
そんなボス吉を横目にサナを見ると、綾香と手を握っていた。
……散歩の途中では、ユミルを中心に三人で手を繋いでいたが、ユミルが戻った後は二人で手を繋いでいたらしい。すっかり馴染んだみたいで、良かった。
「さて、そんなに待たせる訳に行かないからな……」
待ち合わせの時刻に遅れている訳では無いが、相手が先に来ていた場合、待たせてしまうのは悪いだろう。
……サラリーマンの頃、営業先には2,3分前になってから入室するのが基本だった。相手の仕事の時間を出来る限り妨げない事と、待たせ過ぎない事、下に見られない事など、幾つかの要素を含んでいると教えられた。
とは言っても、こんな常識は飽くまでも日本国内でのみ通じるものであって、国外では別の基本が有るのだが……まあ、相手に合わせても仕方が無いので、失礼が無ければ良いだろう。
ボス吉の頭を一度撫でると、サナと綾香を伴って、店の前まで歩いて行った。
目の前には、大きな岩がある。
「さて……」
入り口まで来て、周囲を見渡したのだが、定員らしき人影は無い。とは言っても、このまま待っている訳にも行かないので、入り口を塞いでいる岩に手を掛けた。
軽い力で横にスライドしようとしたのだが、通常のドアを開くような力で、如何にかなるような雰囲気ではない。
とは言っても、まさか破壊する訳にも行くまい……
どうしたものかと思っていたのだが、不意に"アリ・ババ"という店名に頭が行った。
「おいおい、まさか呪文制とかじゃないよな……?」
そう呟くと、横から反応が有った。
「呪文なの?」
「呪文ですか?」
「にゃあぁ?」
其々の不思議そうな顔を見ながら、有名な童話を知らないらしい事に気が付いた。孤児院に居た頃、姉や兄たちが寝る時に、絵本を読んでくれたのだが……
「この店の名前は、ある物語に出て来る人物の、名前でもあってな。その物語の中で、岩の中に入る時に"呪文"を唱えるんだ……そうだな、まあ、今度読んでやるさ」
そんな事を話していると不意に、塞いでいた岩が動き出した。
ゆっくりと開いて行き、完全に入り口が開いた。
「……開いたな」
……変な事を口走る前に開いて良かった。
このまま開かなかった場合、"呪文"を口にする処だった。
公衆の面前で、『開けゴマ!』なんて叫んだ時には……恥ずかしくて二度とここに来れなくなる処だった。……まあ、そうそう来る機会は無いと思うが。
そんな事を考えながら、開いたドアの中に入り始めた。
中に入ると、そこには給仕の女性らしき人が居た。見ると、その恰好は盗賊の衣装を模したモノだった。……どうやら、この店は物語の世界観を反映させた店の様だった。
「お待ちしていました……こちらへどうぞ」
そう言って、店内の奥へ誘導し始めた女性に、正巳達は付いて歩き始めた。
――数分後。
正巳達は、何度か通り抜けた岩の扉を通り抜け、階段を上がっていた。
どうやら、外部から見た以上に内部のつくりは、複雑になている様であった。しかし、このつくりは……少しだけ、似た構造をした建物を知っている。
まあ、"建物"と言うよりは"道具"なのだが……
「こちらにどうぞ」
給仕の女性がそう言って案内したのは、これ迄通り過ぎた中で一番大きな部屋だった。とは言っても、それほど大きいと云う訳では無い。
精々5人掛けのテーブルが、5つほど並ぶ程度の広さだ。
案内されるままに、部屋内に入る。
中に入った所で、後ろの
……給仕の女性は、一緒に入っていない。
給仕の店員が居なくなった事に、ちょっとした疑問を感じた。しかし、恐らくこういった高級店では、利用者のプライバシーの保護を、一番に考えているのだろう。
その証拠に、部屋を入った奥には、ムスタファ・アル・リファール……この基地の司令官が座って居た。……司令官の座っている後ろの窓が開いており、人工灯の光が差し込んでいる。
窓は、他に二つあり、何方も閉じていた。
……失礼だとは思ったが、差し込む光がツルっとした頭部に反射して、思わず『いよっ日本一!』と、訳の分からない事を呟きたくなる。
当然、そんな事を口に出す訳無いが。
司令官の隣には、左右に一人ずつ護衛らしい兵士が居る。
てっきり王子も来るものだと思っていたのだが、今の所姿が見えない。
そのまま、司令官の座っているテーブルの前まで、歩いて近づいた。
司令官は、先程会った時と同じく、軍服を着ている。
――当然かの様に、両脇の護衛も軍服だ。
……良かった。
恐らく、彼らにとっては軍服が、フォーマルな服装なのだろう。
わざわざ服屋で仕立てて貰った甲斐がある。
着て来た服と言うより、"装備"は防御性能こそ高いが、街中や飲食店に好んで着て行くようなデザインではない。
司令官の座る前まで歩いて行ったのだが、ふとそこに椅子が無い事に気が付いた。
「……」
何か理由がある可能性がある為、敢えて何も言わなかった。
……隣に立っていたサナは、しきりに袖を引っ張って来たが。
サナに、どうしたのか尋ねようとした所で、マムからの通信が入った。
その直後――それ迄、一言も話さなかった司令官が、座ったまま口を開いた。
「さて、あなたの本当の身分を聞きましょうか?」
司令官を見る。
その目には、何処か探るような、獲物を狙う獣のような光が有った。
そんな、司令官の目を見つめながら答えた。
「本当の、とは?」
実際に、マムがどの様な通達をしているのか知らない。
だから、別にはぐらかしている訳では無い。
「貴方――いや、貴様が"最重要人物"と通達を受けていたが、そうでは無いのだろう?」
「ほう、"最重要人物"か……嘘ではないかもな」
マムの考えそうな肩書だ。
「貴様の様な、訳の分からん者なんぞが、"重要"な訳が無い。……どうせ、我が軍の機密を盗みに来た、スパイなのだろうが!」
司令官が声を荒げると、後ろに新たな兵士が入って来るのが分かった。
……この扱いには、少し来るものがある。
「"機密"か、そんなものには興味が無いな……大した機密が有るとは思えないしな」
小馬鹿にするように言うと、司令官は一瞬目を見開いた後で、口元をニヤケさせた。
「そんな戯言を信じるとでも思ったのか、馬鹿め!」
『"バンッ!"』
音を立てて、男がテーブルを叩く。
恐らく、脅す為に大きな音を立てたのだろうが……脅すつもりであれば、机をたたいて壊すくらいしないと駄目だろう。
「……」
「なんだ? 何も言えぬか。まぁ、当然よな、そうだな……貴様らの乗って来た車両と機体は、我が軍が有効活用してやろう」
ニヤ付いた顔をこちらへ向けている。
……サナに言葉が通じなくて良かった。もしサナかボス吉が、この男の言っている言葉を理解できていたら、きっと次の瞬間には"行動"に移していただろう。
「……そうだな、出来ると良いな」
言いながら、少し
当然、先程マムから報告があって、全翼機"ブラック"の周辺に、兵士が集合している事は知っていた。前もって知っていたからこそ、多少の余裕がある訳だが……残念なのは、そんな事ではない。
正巳が言った言葉を聞いた男が、額に青筋を作り始めていた処で、言った。
「なぁ、それじゃあ"竜"が出る話は、嘘なのか?」
もし嘘だとすれば、そもそも王子達も、一緒になって騙したという事になる。その場合、裏には王子が居る事が確定するだろう。
何より、"竜"が見れないと云うのは、少し残念だ。
正巳の言葉を聞いた男は、一瞬何の事を言っているのか分からなかったみたいだった。しかし、直ぐに何を言っているのかに気が付くと、今度は顔を真っ赤にし始めた。
「き、貴様ぁ、吾輩を馬鹿にしているのかぁ!!」
いや、本当にどうなのかを聞きたかった。それだけなのだが……
男の怒鳴り声に、一瞬態勢を落とし始めたサナの首根っこを掴み、ボス吉の手前に足を出す。……そのままにしていたら、サナは"縮地"で司令官を仕留めていただろう。
「落ち着け……な?」
サナを捕まえながら、それでいて、司令官からは視線を外さずに言った。
当然、サナとボス吉に言った言葉だったのだが――タイミングが悪かった。
……と言うよりも、マムが丸々翻訳していた。その為、司令官は"自分に向けて言われた"と解釈したのだろう。みるみる内に顔色を赤から真っ赤にした後で、プルプルと震え出している。
悪い方に振り切ってしまったらしい。
「ぐ、貴様! ……そうだ。貴様の仲間はどうなっているか、知っているか?」
「……どうなっているんだ?」
怒りが振り切っている筈なのに、その怒りを爆発させて来ないのは、自制する力がそれだけ強いという事だ。一応は、司令官と言うだけの事はある。
少しだけ見直した。
「ガハハハッ! 終わりだ、終わり! 今頃、包囲して捕えている所だろうさ!」
男が言い終えたタイミングで、マムからの通信が有った。
……どうやら無事、
「そうか、"捕えられた"か……」
言いながら、綾香を後ろ手に引き寄せた。
綾香が、背中の布をキュっと掴んだのを確認して、言った。
「それじゃあ、俺達は"閉じろ、ゴマ"だな! ――サナ、ボス、両脇窓から飛び出せ!」
そう言い切った瞬間振り向くと、綾香を抱えた。後半の言葉をマムが翻訳していなかった為だろう、男達は"何と言ったんだ?"と言った様子だ。
その内に、走り出したサナとボス吉が、目にも留まらぬ速さで飛び出した。
『"ドゴンッ!!"』
破壊音を立てて、司令官の両脇の窓が壊れるが、既にそこに姿は無い。護衛をしていた男二人は、驚いて壊れた窓から外を確認している。
司令官は、呆気にとられた顔をしていた。しかし、目の前に正巳が残っているのを確認すると、直ぐに部下に『殺せ!』と言を飛ばしていた。
しかし、そんな司令官に構わず、正巳も先に飛び出した二人に続いた。
綾香を抱えた瞬間『ひゃ!?』っと、小さく声を上げたが、そのまま走り出す。
向かう先は、目の前の窓だ。
当然、窓の前には司令官であるムスタファが居るが……
ジャンプした正巳は、開いている窓から飛び出そうとした。が、一歩足らない事に気が付き、そこにあった丁度良い踏み台で、足を踏ん張った。
……余計な緩衝材が無く、ツルりとした
その正巳が、視界の端に捉えたのは、綺麗な額に靴の跡を付けた男の頭だったが、直ぐにその"頭"を見ているだけの余裕がなくなった。
……飛び出したのは、地上約8メートル程の"宙"だ。
何をする間も無く、外に出た瞬間から自由落下が始まった。
普段であれば、受け身を取れば済む。しかし、今回は綾香を抱えている為、そう云う訳には行かない。瞬時に、下半身と腕を"強化"した。
筋肉が盛り上がり、肉体の構成が組み変わったのを感じる。
そして――『"ズンッツ!!"』――着地した。
腰と腕に衝撃が加わったのを感じたが、問題無いだろう。
隣を見ると、2メートルを超える化物――いや、ボス吉が居た。
「二人とも、問題無いか?」
正巳がそう聞くと、ボス吉の背に間上がっていたサナが顔を出した。
「大丈夫なの!」
「無論です、主」
……二人とも大丈夫そうだ。
いつも通りの二人を確認して、頷いた。
まあ、これ迄日常的に危険に身を置いていたのだ。
これぐらいは、それこそ"なんでもない"事だろう。
……さて、このままのんびりしている訳にも行かない。
直ぐに追手が来るだろう。
さっさと、地上に抜ける必要がある。
「ボス吉、全員で乗れるか?」
「無論ですぞ、主」
……ボス吉は、現在2メートルを超える白い猫になっている。
今は、ボス吉の背に乗り、移動するのが一番早い。
ボス吉が背をかがめる。
こうしていると、モフモフで大きなソファか、何かに見える。
抱えていた綾香を、サナの後ろに乗せる。
そのままだと、綾香が落ちかねないので、綾香の後ろには正巳が乗った。
……綾香は、何やら『ふわっとしてどーん、ふわっとして……』等と、うわ言を呟いていたが、見た感じ特に怪我はなさそうだったので、放っておいた。
振り落とされると、それこそシャレにならない。
綾香をサナと挟んだ状態で、ボス吉の毛をしっかりと掴んだ。
――これで、多少の事では落ちる事は無いだろう。
「よし、行ってくれ!」
正巳がそう言うや否や、ボス吉が走り始めた。
――景色が後ろへと飛んで行く。
時々、壁を蹴って進む事すらあった。……ジェットコースターが苦手な人であれば、先ず耐えられないだろう。
そんな状態にあっても、サナはとても楽しそうだった。
楽しんでいるのは、別に良かったのだが『面白いなの、さっきの壁走るのやってなの!』等と、アンコールし始めたのには少々参った。
注文を聞く度に、アクロバティックな走り方をボス吉が始めたからだ。
……少々やり過ぎな気もしたが、それでもスピードが落ちている訳では無いので、結局好きにさせる事にした。
一度、綾香が落ちない様に支え直した正巳は、現状を整理し始めた。
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