第136話 極秘基地

 正巳達の前に、先導するバギーが二台走っていた。


 左を走る一台には、三人の兵士が乗っている。

 右を行く一台には、二人の兵士が乗っている。


 右を走るバギーを運転しているのは、赤ベレーの兵士だが、その隣で恐縮した様子なのは、先程殴られていた兵士だった。

 






 バギーの上で風に当たっていた男は、高鳴る鼓動を抑えられないでいた。


 先ほどの体捌き。

 部下であろう者達の立ち振る舞い。

 男の、ネイティブと変わらない発音。


 てっきり通訳か、広く使われている共通言語で、話すものかと思っていた。


 それが、本人が話し出し、しかも完璧な発音だった事には驚いた。


 ただ、少し引っ掛かるのは、途中で交ぜた"訛り"に、何の反応もしなかった事だ。


 反応を見る為に、会話の合間に訛りを挟んだのだ。


 勿論、試したと思われる訳にも行かないので、従者を注意した時に交ぜたのだが……特に問題なく、意味を理解していた様だった。


 ……我が国の"訛り"を学ぶ異国人は居ないだろう。


 居るとすれば、それは、学者かスパイだ。

 ……何にせよ、あの男達は只人ではない。


 そもそも、基地ここには全く別の目的で来たのだが……思わぬタイミングで、面白い一行に出会う事が出来た。


 王宮に籠っていては、決して無い出会いだ。


 王の座を継ぐ気が無いのに、継承権を破棄していないのは、いざという時に立場を"特権"として行使できるからだ。


 その為に、三年に一度ある面倒な"祭り"にも出ている。祭り自体には、慣れた。しかし、どうにも堅っ苦しいのが、性に合わないのだ。


 まぁ、今はつまらない事を考えるのは、止めておこう。目の前に、面白い一行が居るのだから……。


 とは言え、途中までは徒労に終わるかと思った。


 わざわざ、歩いて移動する時間を取り、何かしらの情報を得ようとしたのだが……全く会話をしないのには参った。


 こちらから話を振ろうにも、知っているのは"超VIP"という事と、"詮索禁止"という事のみだ。


 ……話しの振りようがない。


 通常、"VIP"を迎える時は、大まかな素性が分かる様に通達される。と言うのも、不手際が無いように"準備"をする為だ。


 しかも、今回は"超VIP"という事だ。


 "超VIP"とは、国のトップや世界規模で影響力のある資産家、王族等がそれに当たる。


 この"超VIP"達は、こちらで詮索をするまでも無く、存在感をアピールしたがる者が多い。だからこそ、誰が来るのか推測する事は比較的容易だ。


 もし推測が困難であっても、問題無い。

 その為の"特権"だ。


 しかし、今回情報に有ったのは"詮索禁止"。しかも、司令官との面会(挨拶だろう)後には、"即時出発"というのが、今回の予定らしかった。


 本当に、只の"空港"として活用するつもりらしい。

 仮にも、この基地は本国の"極秘基地"なのだが……


「全く、楽しくなって来たじゃねぇか……」


 楽しそうに呟いた王子に、隣に座っていた兵士が、若干咎める様に呟いた。


「……王子」


 緑ベレーの兵士が『王子』と呟くと、王子と呼ばれた本人は、目を細めた。


 そして、面白くなさそうに言う。


「そうじゃないだろ?」

「ですが……」


 訂正するように赤ベレーが言うが、緑ベレーは困ったようにして、視線を少し落とした。


 そんな緑ベレーに対して、王子はさらに重ねる。


「……なぁ?」

「わ、分かりました……アブドラ…………王子」


 流石に折れたかに思えた緑ベレーだったが、『アブドラ』と口にした後に、やはり敬称を付けずにはいられない様だった。


 この従者はつい先月、本国から無理やりに付けられた、護衛兼世話人だ。


 優秀は優秀なのだが、いかんせん固くてダメだ。


 普段から、王子等と呼ばれると、一般人として紛れる際に非常に困るのだ。


 それに、外の国では『我』等と云う一人称を付けて話す者は、居ないのだ。


 お陰で、王宮を抜け出した後は、とんだ恥をかいた。少なくとも、もう少し柔軟に物事を教えられていたら、恥をかく事も無かったのだ。


 とは言え、それをこの従者に言うのは、違うと分かっている。だから、これはちょっとした意地悪だ。


「ったく、お前がそんなだから、困った事になるんだぞ。少なくとも、一般兵に超VIPが普通に話しかけた時、『不敬だ!』なんて、殴りかかる馬鹿はいないだろ?」


「……申し訳ありません」


 赤ベレーの男――アブドラは、少し乱暴に言いながらも、その口の端は僅かに上向いていた。


 別に、この従者が嫌いでは無い。何というか、反応が側から見て分かりやすくて良い。


 それに、真面目は真面目で、弄りがいがある。


 ――


 少しの間、しゅんとしている従者の横顔を見ていたが、基地までの距離を示す立て札が目に入って来た。


 ……数刻で着くか。


 この後にある"面会"のタイミングが全てだ。


 ……如何にか、時間を稼がなくてはならない。


 恐らく、この機会を逃したら、二度と会う事は無いだろう。


 一種、決意をしたアブドラは、見えて来た基地に、その視線を定めていた。





 正巳達は、車両を停めた後、基地内へと案内されていた。


 ……所々に植えられている木々や草花も相まって、基地自体が何か、"自然の一部"かのような印象を受ける。


 しかし、中に入ってみると、それが間違いであると分かる。……明らかに、基地全体は鉄筋で造られている施設だ。


 まぁ、鉄筋等で骨組みを造らなくては、空間に柱の存在しない基地など、造る事が出来ないだろうから、当たり前ではあるのだが……


 ともかく、途中で見かけた小山は、中が訓練場になっていて、その中では、兵士達が汗を流していた。


 そんな風に、自然を模して造られた基地は、上空から見た時に、自然豊かな島に見える筈だ。


 少なくとも、自然豊かな島に見えるように、意図してデザインされているのだろう。


 倉庫や滑走路に関しても、同じだった。


 倉庫を上から見ると、幾つかの連なった山に見えるに違いないし、滑走路は広い野原に見えるだろう。


 ただ、それらを地上から見ると、カモフラージュ率は落ちる。まぁ『カモフラージュ率が落ちる』とは言っても、十分にカバーされてはいるが……


 何にせよ、視力が常人とは桁違いである正巳にとっては、全てが"良く出来たカモフラージュ"程度だった。それに対して、正巳と同行していたバロムは、途中まで『見えるのは山や岩山ばかりだな』と思っていた為、岩山が基地だったと知って大変驚いたのだが……



 兵士たちに案内されて、岩山の1つに入った。


 中に入るまでに二つの扉を通ったが、一方の扉が開いている時に、もう一方の扉は閉まっていた。同じ物を何度か見た事があるが、これは、夜間に外に光を漏らさない為の工夫だ。


 半ば予想してはいたが、雰囲気ががらりと変わった様子に、多少なり驚いた。


 施設内は正に、都会にあるオフィスの様な雰囲気だ。……オフィスと言うよりは、地下鉄の通路をイメージした方が、近いかも知れない。


 コンクリートの床に、コンクリートの壁、ドアは自動式らしく、天井には光が灯っている。何と言うか、"文明的"だ。


「失礼ですが、御一行様はこの後すぐ発たれますか?」


 興味深く周囲を確認していた処で、前を歩いている男が話しかけて来た。


 前を歩いているのは、赤ベレーの男だ。


 ……他に四人いたが、二人は到着と共に其々敬礼すると、バギーを運転して持って行ってしまった。残った二人の兵士は、正巳達の後方に付いている。


 正巳の横を歩いているザイに、一度視線を向けてから答えた。


「ああ、そのつもりだ。仲間も待たせているから手早く、な……」


 後方から微かに"敵意"を感じたが、直ぐに反応したザイの"威圧"によって、掻き消えた。


「なるほど、こちらの基地名産の生魚料理も有るのですが――」


「ほう、生魚――刺身か……」


 味付けが気になる。


 勿論、刺身には醤油が一番だが、ここでは何で味付けするのか……っと、危ない。危うく、料理に釣られてしまう所だった。


「……まあ、考えておこう」


 反応してしまった手前、直ぐに断るのは気が引けたので、曖昧な返事で濁す事にした。……その後、数分もしない内に目的の部屋に着いていたが、その間刺身の事が頭から離れなかった。


 どうやら、正巳達が案内されたのは、地上部に存在する基地本部だったらしい。


 途中まで全く案内が無かったのだが、部外者に基地内を説明するのは、間抜けだとも思うので、対応としては間違っていないだろう。とは言っても、この建物に関しては、やたらと厳重だったので、特に尋ねるまでも無かったのだが。


 赤ベレーの男が、ある扉の前で止まると、ノックした。

 何か決まりのありそうな、リズムのあるノックだった。


 しかし、その事に思考を回す暇もなく、こちらに先を促して来た。


「お入り下さい」

「ああ……」


 赤ベレーの男が開いたドアから、勧められるままに中へと入って行った。

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