第137話 アリ・ババと竜

 部屋の中に入ると、大きなデスクの前にソファが向かい合って置かれていた。


 その、質がよさそうなソファの前には、ヒゲが良く似合っているスキンヘッドの男が立っていた。


 恐らく、男がここの司令官なのだろう。引き締まった肉体に、整えられた髭、その軍服には幾つもの勲章が下がっている。


「お待ちしておりました、こちらへお掛け下さい」

「ん? ……あぁ、ありがとう」


 俺とザイが部屋に入った後で、赤キャップの男と、例の緑キャップの女が部屋に入っていた。……今は、部屋の隅で立っている。


 緑キャップの女が、何処からか持って来た椅子を、赤キャップの男に渡している。そんな二人に視線を向けていると、申し訳なさそうな咳払いと、自己紹介の言葉が聞こえて来た。


「ご、ゴホン……私が、この基地の総司令官を担っている、ムスタファ・アル・リファールと申します。お見知りおきを」


 ……その視線から、こちらを探る意思を感じる。


 恐らく、仮面を付けたままである俺の事を、怪しんでいるのだろうが、生憎と仮面コレが無くては、禄に会話をする事が出来ない。


「よろしく頼む……それで、用意はどうだ?」

「例の機体でしたら、既に到着しておりますが――」


 どうやら、"ブラック向かえ"は既に着いていたらしい。


「そうか、それなら早速案内を頼みたいんだが」

「その事で、少しご相談が……」


 そう言って、総司令官であるムスタファが『宜しいですかな?』と言って来た。

 ここで突っぱねても仕方が無いので、一先ず話を促した。


「なんだ?」

「その、到着している機体から、一人も降りて来られないのですが、何か問題が起きているのでは無いかと思いまして……その、到着されてからの事でして」


 ……そういう事か、この男が心配していたのは、"ブラック"の操縦士含めた乗組員が一人も降りて来ない事から、『何か問題が起こっているのでは無いか?』と、心配だったのだ。


「その事か、それは問題ない。……まあ、色々と特殊でな、全く問題ないんだ。それこそ、そちらでは何か問題が起きていないか、聞きたいぐらいだな」


 そう言って、お道化どけて見せたのだが――


「そ、それなら、ございますぞ!」


 そう言って、割って入って来たのは、部屋の隅で座っていた筈の男だった。

 赤キャップの男……王子だ。


 王子がこちらに歩いて来るのを見ながら、目の前の司令官ムスタファに視線を向けた。……が、どうやら、この司令官でも王子には、何か物申す事は出来ないらしい。


「……なんだ?」


 正巳が答えた言葉に、司令官と緑キャップの女――従者の、両方が反応した。

 恐らく、俺が"王子"に対して、余りにも粗雑な言葉を使ったからだろう。


 ――反応はそれぞれ違ったが、正巳にとってそんな事は、あまり関係が無かった。


 何故なら、俺達は目の前にいる男が誰か知らない筈で、そもそも王子がここに居るとは、決して明かせない筈だからだ。


 だから、別に気を使う必要はない。

 それに、王子は何だか嬉しそうにしている。


「実は、ここの基地周辺では化物――"竜"が出ると噂、いや―― 竜が出るのです!」


 ……恐らく、王子は自分で見た訳では無いのだろう。


 だからこそ、『噂されている』と言おうとしたのだろう。

 言い直したのは、大方『インパクトが弱くなる』とでも考えたに違いない。


「竜か?」


 意図してでは無かったが、少し小馬鹿にするような、トーンになってしまう。


 しかし、王子は『そうですぞ、竜が出るのです!』と言っている。


 仕方が無いので、目の前に座って、肩身が狭そうにしている司令官に話を振った。


「ムスタファ司令官、この話はどうなんだ?」


 流石に『嘘ではないのか?』とストレートに聞く事は出来なかったので、若干ぼかして聞いた。もちろん、逃げ道としてぼかして答えられるように、配慮してだ。


 幾ら司令官でも、第三者の前で身分を隠しているとは言っても、王子を貶める事は出来ないだろう。その為の配慮だったのだが……


 司令官の口から出て来たのは、正巳の予想していたのとは、違った答えだった。


 司令官は一度目を閉じたが、直ぐに開いて、言った。


「事実であります……」

「"事実"というのは、何が事実なんだ?」


 正巳の問いに、ムスタファ司令官は苦笑する。


「その、"竜が出る"という話しが、であります」

「ほぅ……話を聞こうか」


 目の前の司令官という肩書を持つ男が、嘘を言っているとは思えなかったので、詳しい話を聞く事にした。


 微かに、マムが『やっぱりこうなりましたか』と呟いているのが聞こえた気がしたが、ワクワクして来た正巳にとっては、それ処では無かった。


 ザイは、途中で『私は"準備"をしますので』と退室して行った。




 ――その後、『竜と遭遇した話』を聞いた正巳は、王子から『どうですか? 一緒に見ませんか?』との誘いに、『一日だけなら』と答えてしまっていた。


 その後で、マムに『悪かった』と平謝りする事になったのだが、『それじゃあ、帰ったら丸一日はマムと一緒に居るから!』と言った言葉で、マムは受け入れたのだった。


 それどころか、率先して『マスターに電話を繋げましょうか?』と言ってくるマムに、(現金な子だな)と思いつつ、苦笑した。


 今井さんには、一度戻った車両内で連絡した。


 謝ろうとしたのだが、何やら『丁度良かった』という事だった。他に、今井さんとの電話の中で、正巳達以外のグループは、全員帰還していると聞いた。


 何となく、待たせて申し訳ないとも思ったが、『問題無いから、ゆっくりすると良いさ!』という今井さんの言葉に押される形で、正式に一日滞在する事が、決まったのであった。


 その後、『一度戻って相談する』と言っていた司令官と王子に、『一泊する事にした』と言うと、司令官は複雑な顔をうかべていた。


 そんな司令官と対照的だったのは、王子だ。


 伝えた瞬間、嬉しそうな顔で『よっしゃ』と呟いていた。……隣に立っていた従者の女性は、鋭い視線を更に強めていたが。


 一方の車両待機組――綾香、ユミル、サナ、少女、デュー、バロム、そしてボス吉に一泊する事と、その理由『竜が出るから、それを見る』を話すと、其々何やら盛り上がっていたが、一様に『任せる』という答えが有った。


 ボス吉だけは、『主よ、我を共に連れて行くのだぞ!』と言って興奮していた。


 何にせよ、一泊する事になった一行は、取り敢えず車両を仕舞いに行く事にした。行く先は、到着しているという全翼機"ブラック"だ。


 聞いた話では、ブラックの『着陸が完璧で且つ美しくて感動した』らしかったが、常に成長しているマムが新しい"機体操作システム"でも開発したのだろう。


 倉庫に移動すると、いつも通りの"ブラック"がそこに収められていた。

 周囲には、正巳達だけにして貰う様に言っていた為、誰も居なかった。

 正巳達の乗った車両が近づくと、ブラックの収容ハッチが自動で開いた。


 開いたハッチから、車両ごとブラックに乗り込むと、正巳達は自由時間にしたのだった。


 其々、何やら思い思いの事をしていたが、ブラックの外にザイが居るのが見えた。


 しばらく見なかったので、どうしたのかと思っていたのだが、どうやらこの展開を予想して、前もって現地調査をしていたらしかった。


 ザイの話では『基地の中、地下部分にちょっとした商店街があります』という事だったので、希望者で行ってみる事にした。


 『希望者』とは言っても、時刻は12時前の昼時だったので、漏れなく全員で出かける事となったが……取り敢えず、司令官に改めて一泊する話をしに行くと、小さなバギーを貸してくれた。このバギーには、GPSが搭載されているという事で、島内であれば乗り捨てても構わないとの事だった。


 司令官に話をしに行った際に、ディナーの招待を受けたので『分かった、伺おう』と答えておいた。一応、今夜問題の"竜"を確認しに行く事になっているが、その打合せを含めて話をするのだろう。


 ――司令官に話をした後、一行で基地内を歩いていた。


 岩斉は、ブラックに向かう前に基地の収容所(兵士達の内で罪を犯した時や、懲罰時に入れられる場所)に収容しておいてもらった。……これで、一応は食事が出る筈だ。


 基地内を歩いていて、視線を集めている事には気が付いてはいた。しかし、特に自重する気は無かったので、ボス吉も連れていた。


 この基地内で流通している通貨を持ち合わせていなかったが、丁度良く『大食い選手権! 特盛2杯完食で二人分までタダ!』と張り紙してある店が、目についた。


 丁度良いと思い、店主に5人分の大食いチャレンジの参加を伝えた。


 参加したのは、正巳、サナ、ボス吉、バロム、ユミルだった。……ユミルには、『大丈夫なのか?』と聞いたのだが、どうやらお腹が空いて仕方が無いらしかった。


 店主は『兄さん、もし失敗したら"3倍"の費用が掛かりますが構いませんかい? ここに女子供が来ることなんぞ無いので、量は大食らいの兵士に合わせてますがね?』と言っていた。


 そんな店主に苦笑いしながら『問題無いんだ、それよりも、ネコもカウントして良いか?』というと、ボス吉の事を一瞥して『構いませんがね、そんな小さなネコちゃんに食えますかねぇ?』と言われた。


 まあ、これが普通の反応だとも思うので、それ以上は何も言わず『頼んだ』と言うと、挑戦するメンバー以外にも食事を注文させた。


 ――20分後。


 店主が出て来て『申し訳ない、今日の食材が底をついた……店を閉じたい』と言われる事態に陥ったが、お陰でサナとボス吉は、それなりに満腹になったようだった。


 食後はぶらぶらと、基地の地下街を正巳達は散策していた。

 どうやら、この基地は地表こそ自然豊かなではあるようだが、その地下に出来た巨大な空間を兵士達の居住空間としている様で、生活に必要なあらゆる物が揃っていた。


 ここに存在しないのはそれこそ、子供や老人位だろう。

 少し離れた場所には、娼館街のような場所まであった。


 先ほど、『女子供はいない』と言っていたが、恐らく"一般人の"と言う事だろう。

 ……確かに、サナや綾香、少女は一般人に見えなくもない。


 一通り見て回った後、時刻を確認すると、丁度良い時間だった。


 司令官とのディナーには、竜を見に行く者を連れて行く事になっていたので、ディナーに出席する正巳達三人は商店街の服屋に向かった。


 服屋では、ディナーに合う服をオーダーして貰った。着替えた後で代金の事を聞くと、『基地持ち』という事だった。お金を用意していなかったので少し焦ったが、予め、司令官の方から通達していたらしかった。


 食事に関しては、大食いチャレンジ達成で無料だったので、特に問題は無かったのだが……どうやら食べ物に関しても、何処で食べても大丈夫だった様だ。


 一度解散したメンバーに、『支払いは基地持ちだそうだ』と話すと、ディナーまでの時間を食べ歩きする事になった。


 相変わらず、サナとボス吉は底なしの様で、気になった食べ物を頻繁に頼んでいた。どうやら、店主達からしても支払いの保証がある為、ホクホクだったらしい。


 ……お陰で、ばったりと出合った"大食いをした店の店主"に、『お陰様で半日は休みになりましてね、代金もきっちり出るみたいだし……ありがてぇです』とお礼を言われてしまった。


 恐らく、正巳達が店を出た後に、司令官かた通達が有ったのだろう。きっちり請求する辺りは、商売人だ。


 店主に『美味かったからな』と言うと、『また来て下せえ、今度は大食いなしで』と言われたので、適当に返事をして別れた。


 その後、道を歩いている兵士に声を掛けられることも、絡まれる事も無かったので、一行は好きに歩き回っていた。


 地下に広がる空間には、飽きる事は無かったので結局、時間ギリギリまで散歩していた。


 やがてマムから『時間です』との連絡が有ったので、ディナーを一緒するメンバー以外は、バギーに乗って戻って行った。


 戻るメンバーを見送った正巳とサナ、ボス吉と綾香の三人と一匹は、ディナーの会場として指定されていた、ある"飲食店"に向かったのだった。


 戻る組の中には、救出して来た少女も含まれていた。

 どうやら少女は、疲れが出て来た様だったので、『寝ている』との事だった。


 当初ユミルかザイが来るものだと思ったが、どうやらホテル組はホテル組で、食事するらしかった。今後、正巳達と行動を共にする事になったので、今は、ザイとの時間を過ごしたのだろう。


 どの様な会話をするのか、分からない。

 しかし、何となく俺と似た様な境遇だなと思う。


 俺の父は、育ての父だ。


 育ての父とは言っても、愛情を受けた事には変わりない。


 ……偶には、父に会いに行った方が良いかも知れない。


 少々変わり者だが、子供達を連れて行くと喜ぶかも知れない。


 何はともあれ、ユミルには有意義な時間を過ごして貰えると良いと思う。


 ――


 地下に出来た空間を歩いていた一行は、ある店の前に着いていた。


 その店の名前は、"アリ・ババ"だった。

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