第131話 日が昇る


 ――10分後。


 正巳は、奥歯を噛みしめていた。


 ……あまりに哀しい、あまりに寂しい話だった。





 ――――――

 男は、人生の若い頃を辛い環境で育った。環境の事もあり、非行に走るまでそれほど時間を必要としなかった。……皮肉な事に、男にはカリスマ性があった。


 少しやんちゃなグループで名を轟かせていた男は、そのまま国内最大のヤクザに所属する事になった。その組織内でも、同年代を寄せ付けない結果を出した。


 組織を組織として機能させた。そんな中にあって、親父と呼んで尊敬している男がいた。親父と慕っている男は常に言っていた。


『俺達ヤクザもんは、飽くまで社会の受け皿だ。社会に溶け込めないはぐれもんが集まる処だ。リュウは、表でもやって行ける。早めに表に出て行け』


 ……親父は、任侠だった。

 そんな親父が好きだった。


 しかし、家族は、このヤクザの組織にしかいなかった。

 そんな状況が変わったのは、若頭として取り上げられた直後だった。


 出会ってしまった。


 ふらりと出かけた海辺に居た。まるで、天から降りて来た様な、ヒトだった。


 その人は、海辺に横たわっていた。


 近寄って声を掛けると、『少しスピードを出し過ぎてしまって』と言う事だった。……近くには、車椅子が横になっていた。


 そんな彼女を抱き上げ、車椅子まで運んだ。


 ……軽かった。


 その後、何度か不思議と出合う機会があった。

 そして、何時しか約束して会う様になっていた。


 その後、悩んだ挙句、親父に話をしに行った。

 親父に、『組を抜けたい』と言うと、数秒顔を見た上で『さっさと行け』と言われた。


 顔を背けた親父の口元がニヤ付いているのを見て、自分も嬉しくなった。


 ……その日だった。


 事務所に帰ると、ある男が訪ねて来た。

 その男は、『スズヤです』と名乗った。


 適当にあしらおうとしていたら、スズヤと名乗った男は、『日本を取りませんか?』等と言って来た。どうやら、暴力団ヤクザという組織を拡大しないか?と言う話だったらしかった。


 親父の、『社会のはぐれ者の為の受け皿』と言う認識を継いでいた為、龍児は断った。すると、幾つか脅すかのような、下らない言葉を吐いて出て行った。


 ……暫くは順調だった。


 親父が、次の組長に俺以外を指名して、そのタイミングで組を辞める筈だった。

 しかし――事件が起きた。


 いつもの様に、香織――日木寄ヒキヨセ香織カオリとのデートの待ち合わせをしていたが、時間を過ぎても来なかったのだ。


 一応、時間になっても来ない場合は、急な用事が入った為と言う事で、次の週に回す事になっていた。しかし、何となく心配になった龍児は、彼女の家の前を車で通り過ぎる事にした。


 ――何か重大な事があれば、家の前を通るだけで、分かるかも知れないと思ったのだ。


 しかし、向かう途中である筈の無い事態に、出くわした。


 ……香織の乗っている車が車道に止まり、運転手で執事の男が道路に倒れていたのだ。


 慌てていた龍児だったが、頭は冷静だった。


 直ぐに、関わったであろう組織を特定すると、直ぐに乗り込んだ。


 案の定、香織が居た。


 その体は、大分ダメージを負っている様だったが、一先ず無事な様子に安心した。


 その後、その組織の組員に仕置きをすると、香りを連れて帰った。


 その数年後、香織と龍児の間には、一人の子供が生まれていた。


 しかし、香織は体に残っていたダメージの為に、直ぐに亡くなってしまった。……最後に香織に言われたのは、『貴方にしか出来ない事がある筈なの……』と言う言葉だった。


 しばらく悩んでいたが、龍児は自分の使命を果たす事にした。


 ……病状に伏せっていた親父に、『オヤジの意思を継ぎます』と言うと、苦笑いしながらも答えてくれた。


 ――暫く時が経ち、娘である綾香が大きくなって、その・・名前を忘れかけていた。


 ――――――


 龍児は話し終えると、目の前で聞いていた男の髪が、燃えるような紅色に変わっている事に驚いたが、その表情から、少し気持ちが軽くなった気がした。


 これ迄、誰にも話した事の無かった話だったが、口にした事で整理が付いたのだろう。


 とは言え、目の前に居る男は、間違いなく香織を襲わせる様に計画した男だ。例え、その裏に居るのが、『スズヤ』であるとしても、この事実は変わらない。


 再度、岩斉に詰め寄ろうとした所で、一つの銃声が鳴った。


 ……見ると、執事のような格好をした男――確か『ザイ』と言ったか、が手に銃を持ち、引き金を引いていた。







 ……驚いた。


 あの、ザイ・・が引き金を引いたのだ。


 しかし、撃たれた当人――岩斉が呻き始めた事から、殺してはいないと云う事が分かり、少しホッとした。……確認すると、太ももを撃ち抜いたらしい。


「ザイ……?」


 正巳の言葉に振り返ったザイが、


「正巳様、龍児様の話の裏付けが取れました。この男が指示をしていたようです……」

「……どうした?」


 ザイにしては歯切れが悪い気がした。


「……状況証拠で判断する事しか出来ませんが、この男も結局は『スズヤ』の人形だっただけのようですね」


 ザイが、『やはり』といった口調で言い切った。


 ……それにしても、『スズヤ』と言うのは、『鈴屋』と同一人物だろうか?


 俺の自宅を放火したのが鈴屋の手下で、その時に一緒に居たのが、伍一会のメンバーの者だった事を考えると、間違いないと思うのだが。


 もしそうだとすると、かなり根深い所まで『スズヤ』が入り込んでいる事になる。


 それこそ、世界トップクラスの企業や各国にまで、その可能性がある。


 恐らく、マムからの報告がそろそろ上がって来るはずだ。その報告次第では、色々と準備する必要があるだろう。


 ともかく、必要な情報は得た。


「リュウ、これ以上は不要だ。殺さないと約束した……綾香が待っているぞ?」


 そう言うと、龍児が我に返ったように、目線を合わせて来た。


「……そうだな、この男は――」

「始末は、任せてくれ……殺しはしないし、運が良ければ生き残れるだろう」


 そう言ってから、ザイに『岩斉この男を拘束しておいてくれ』と頼んでおいた。

 ――傷の手当をするようには言わなかった。


 この傷が男の運命を握っている。


 ――地上へと戻って来た。


 綾香達が居る部屋へと向かう途中、龍児と二人で今後の事を話していた。


 基本的には、本人達の意見を尊重すると云う事で決まったが、その中で龍児から頼まれた事があった。それは――


「ん? ……綾香か?」


 見ると、角に綾香が居た。

 綾香の様子を見た龍児が、すたすたと近づいて行くと、綾香を抱きしめた。


「……終わったの?」

「ああ、お前に話があるんだ……」


 二人で5分程話していたと思ったら、こちらに向かって来た。


 ――綾香一人だ。


弘瀬・・綾香です。これから、よろしくお願いしますね! ……お兄ちゃん、お兄様、お兄ぃたん?」


 ……そう、綾香を連れて行く事になったのだった。


 と言うのも、これから伍一会の残党狩りをするらしく、"安全な場所"に置いておきたいらしかったのだ。龍児に、"ホテル"に依頼するように勧めたが、『自分たちの力で片付ける』と断られてしまった。


 綾香は俺に挨拶をすると、隣にいたユミルに抱き着いていた。


 後は、少年と少女だが……恐らく、二人とも預かる事になると思う。


 そんな事を考えていたら、マムから通信が入った。


『パパ、到着します!』


 どうやら、帰りの迎えが来たらしかった。


 ……確かに、暗い筈の闇夜に、ライトが煌々と照っている場所がある。

 向こうの方向は、恐らく正面入り口だろう。


 そんな様子を横目に、綾香に案内されてサナ達が待っている部屋を開け放った。


「それじゃあ、帰るか――」


 開けた先には、順番に飛び跳ね、"トランポリン"を心底楽しむ三人の大人の姿があった。


 ザイの目にも留まっていた為、揃って雑用を指示され始めた。


 その後、部屋の隅で横になって休んでいた少年と少女の元に行くと、これから如何したいか希望を聞いた。


 すると、少年は『一人前に鍛えて欲しい』と言い、少女は『恩をかえしたいです』と言う事だったので、一緒に行く事になった。


 二人と話している間、行儀よく待っていたサナが飛びついて来た。

 そんなサナを抱えながら、話をした。


 サナとの話は、主に"日記"のような内容だったが、一部頭が痛くなる内容もあった。


 ……『お兄ちゃんは、"はーれむ"をつくるの?』等と言っていたが、どうやら新しい"お姉ちゃん"は、少々悪い事を吹き込んでいたらしかった。


 その話を聞いていたマムが、密かに"ハーレム計画"を始めるとは露も思わず。



 ――その後、弘瀬組の用心棒である"ゲン"から、幾つか質問された。


 その中でどうやら"共通の知人"が居るらしい事が分かったので、ゲンに『ハク爺』の話をすると、『サカマキが言っていたのはわっぱか!』と驚いていた。



 ――玄関まで来たところで、一人のおばあさんが近づいて来た。


 その手元を見ると、なんとヤモ吉が居た。


 ……いや、『居た』のではなく、壊されていた。


 直接手で受け取ると、『外来種を逃がしちゃいけないよ?』と言われた。


 何か底知れないモノを感じて、お礼を言うと、直ぐに玄関を出る事にした。



 ――マムはヤモ吉の件で、電脳領域内で複数人格による"会議"を行っていた。


 その議題は、『ヤモ吉のパワーアップについて』だった。

 その会議で決まったのは、一つ『更に高性能にする』と言う事だった。


 この後、ヤモ吉はナノマシンの集合体として復活する事になるが、それを見た正巳含め一同は、『やり過ぎだよ……』と言う意見で一致するのであった。


 ――


 壊れてしまったヤモ吉を仕舞った正巳は、玄関を出て驚いた。


 そこには、大型の車両が二台止まっていたが、どちらも記憶にないモノだった。その車両は、"車両"と言うよりも、船にタイヤが付いているようなイメージをすると分かり易いだろう。


 それに、不思議な形の上、後部には何やら大きな排気口が4つ付いているのも普通じゃない。極めつけに、車高が3メートル程ある。


 ……異様で異質。


 何だか現代美術を見ているかのような気分になって来る。


 それに、どうやら無人でこちらへと向かって来たらしい。


 少しだけ、マムや他の誰かが来るかと思ったのだが、どうやらマムは"秘密裏"にこの車両を向かわせていたらしい。


 驚いている正巳の横に来たザイは、『前回の流星車も驚きましたが……これは最早、水陸車両ですね。それも、かなりギークに改造してありますね……』と呟いていた。


 ザイの後ろにいた、デューとバロムは少し嫌そうな顔をして、岩斉を担いでいた。……突入前にマムから、『帰りは海からですよ!』と聞いていた正巳には、ある考えがあったのだ。


 車両に其々乗り込んでいると、綾香とユミルが二人揃ってやって来た。


 ……ユミルは、綾香に貰ったらしい洋服に着替えていた。

 ブロンドのショートヘアに似合う、フリルの付いた服だった。


 綾香が、何やら強い視線を送っていたので、二人に『可愛いぞ』と言っておいた。


 腕の中にサナを抱えたままだったので、サナが『サナも!』とねだるかと思ったが、どうやら寝てしまったようだった。


 綾香が、『私に抱っこさせてくれる?』と言って来たので、起こさないようにサナを任せた。……ユミルは、眠っているサナの手を握りながら"車両"へと入って行った。


「……もう直ぐ日が昇るな」


 時刻を確認すると、既に日が白み始める時間帯に近づいていた。

 周囲を確認すると、そこには正巳が一人残されただけであった。


 ……正面には、龍児達が居る。


「また、だな……リュウ」

「ああ、偶には娘に合わせてくれ」


「そうだな……」

「ああ……」


 静かに差し出した手を固く握りあうと、そのまま車両に入った。


 ――車両内には、綾香、ユミル、サナ、少女、それに加えて、白くてモフモフのボス吉が居た。二台ある内の反対には、ザイ、デュー、バロム、少年、それと岩斉の5人が乗ったようだった。


 恐らくザイの指示だろうが、中々配慮がされていると思う。


 一度、綾香に続いて車両に乗り込んだのだが、状況を把握して、もう一台に移動しようとした。しかし、瞬時にボス吉に回り込まれてしまった。


 ボス吉を説得しようとしたのだが、そうこうしている内に車両の扉が閉まり、動き出してしまった。……当然、車両を動かしているのはマムなので、一度停車するように言った。


 しかし、反応が無かった。マムは対応する気が無いようだったので諦め、耳に付けていた通信機 ――イモ吉―― を外して、腕輪の形状に戻した。


 微かに、マムの声が聞こえた気がしたが、その前に車両の上部に付いているボタンを押した。……同じような車両を見た事があったが、案の定"天井が開くボタン"だったらしく、車両の上部が開いた。


 車両の上部が開いたのを確認すると、綾香に声を掛けた。


「綾香、ここに来てみろ」


 すると、綾香が『何でしょうか?』と近づいて来た。

 綾香が来た所で、その手を取ると、車両の天井からその"光景"を見せた。


 ――そこには、薄っすらと登り始めていた日の光によって照らされた、街があった。……少し高台になっている場所を走っていたのだ。


 綾香が頭を出した処で、正巳は下に降りていた。


 正巳はその足で、ユミルの方へと歩いて行った。

 ユミルは、サナの手を握ったまま、ボス吉のモフモフも楽しんでいた。


 そんなユミルを見ながら言った。


「俺達と来ないか?」

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