第106話 出発 [二匹]

 部屋に入ると、その姿はすぐに見つかった。


 ……テーブルの下で丸まったまま眠っている。


 白い座布団のように丸まっているボス吉に近づいたが、目を覚ます気配が無い。


 これが普段であれば、少し近くに行くだけで起きて来るのだが……


「ボス吉?」


 声を掛けながら、ボス吉の体を持ち上げた。


 ……軽い。


 あれだけ食べたとは思えない位に軽い。


 それに、相変わらずフワフワとした手触りで、サナがハマる理由もわかる。


 先ほどは、サナ達が居た手前、思う存分堪能する事が出来なかったが、今なら誰もいない。誰の視線も気にする必要が無い。


 そう思ったら、体が動いていた。


 ……フワフワのサラサラ、それになんか良い匂いがする。


 ボス吉のフワフワの毛並みに、思いっきり顔を埋めていた。


 …… …… ……


 数秒間、そのまま動かないでいた。


 そのまま動きたくない"誘惑"が、正巳を襲っていた。


 しかし、ここ迄しても起きないボス吉に対して正巳は、普段とは違う違和感を感じた。ゆっくりと、ボス吉から顔を離して、その様子を伺う。


 ……?


「これは、"瞑想"?」


 呟きながら、細かい様子も観察した。


 ……どうやら、本当に"瞑想"状態に在るらしい。


「驚いたな……」


 ネコであるボス吉が"瞑想"する事など、あり得ないと思っていたが……


 まあ、『あり得ない』と言っても実際に目の前に、居るのだから否定のしようが無い。


 考えられるのは、ボス吉が変異した"影響"と言った処だろうか……


 考え込んでいたら、マムからの連絡が入った。


「パパ、時間ですが……?」


 どうやら、時間が来たらしかった。


 不思議そうに、パネル上で首を傾げているマムに『今向かう』と答えて、ボス吉を抱えた。



 ――

 正巳を見ていたマムはカメラの奥で、何やら嬉しそうに呟いていた。


 『パパのコレクションが増えました……後でマスターと観賞会です』





――

 その後部屋を出た正巳は、テラスで待っていた三人と合流して、駐車場へと向かっていた。少し心配していたのだが、サナは大使館員だったデウに対しても、問題なく接していた様だ。


 ボス吉は現在、サナの腕の中だ。


 サナは『寝てるなの!』と言って、いつも通り抱き上げていた。


 満足気なサナを横目に、"失敗した"と思った。


 ……本当は、コーヒーでも飲んで一息付きたかった。


 まあ、仕方なくは有るが……


 遅くなったのが、『瞑想状態にあるボス吉をモフモフしていたから』とは、口が裂けても言えない。……これは想定外の事態だったのだ。


(あんなにモフモフが良いものだとは思わなかった)


 ……顔を埋めてモフモフやるともう、これ以上ない位安らぎを感じた。


(また機会が有れば……)


 そんな事を考えていたら、後ろを歩いて来ていた先輩が声を掛けて来た。


「正巳、デウこいつを頼んだぞ」


 そう言って来た先輩を見て、(この人は変わらないなぁ)と思いながら、『分かりました。しっかりと扱きます・・・・』と返事した。


 ……先輩は俺の顔を見て、ニヤッとしている。


 面倒見の良い先輩らしい。


 っと、話を聞いてたのか――


「『お願いします!』」


 デウが、頭を下げて来た。


 ……俺が鍛えるわけでは無いんだが、一応『ああ、任せろ!』と応えておいた。


 今のデウが普通に会話するには、仮面を付けて話す必要がある。

 その為、食事のとき以外は仮面を付けている。


 ――仮面男。


 デウを見ながら、少しだけ(仮面良いなぁ)と思ったのだった。


 それ程時間が掛からず、駐車場へと着いたので、真っすぐに今井さん達が居る場所へと向かう。


 何やら、今井さんとザイが話をしている。


 ……少しだけ聞こえたが、『他の資材メーカーは~』とか『大量に出た土砂を捨てる場所は~』とかだった。


 どうやら、早速新しい拠点に関連して、既に動いているらしかった。


 ……仕事が早い。


 近づいて行くと、最初にデウが反応して、続けて今井さんがこちらに気付いた。


「お待たせしました。何を話していたんですか?」


「ザイ君に必要な資材に関する情報を貰っていたんだ」


 『資材の情報ですか?』と聞くと、今井さんは難しい顔をして『思ったよりも、必要な貴金属が多くなりそうでね……』と言った。


 ある程度の設計は済んでいるようだ。


 ……昨日の今日で設計を仕上げるなど、人間技ではない。

 恐らく、必要条件を基にしてマムが設計を進めたのだろう。


 どんな設計をしたのか聞きたいところでは有ったが、時間の関係上難しい。

 それに、出来てからの楽しみに、取っておくのも良いかも知れない。


 そんな風に考えていると、今井さんがアタッシュケースを開けて、声を掛けて来た。


「正巳君、これがリクエストのあった"仮面"だよ!」


 そう言って、手渡された仮面を見ると、それはツルっとした能面の様な形をしていた。


 ……目や口の為の穴が無い。


「これはどうやって――」


 『どうやって使うんですか?』と聞こうと思ったのだが、手に持っていた仮面が前触れなく、その形を変えた。


「……これは?」


「これはね、マムの制御するごく小さな機械の集合体で、平時はツルっとした面の形をしている。でもね、いざ使うとなった際には、その形を自在に変形するんだ。それでね……」


 その後も、今井さんによって説明された。


 詰まる所、とんでもなく高性能な仮面と言う事だった。

 基本的な性能としては、"通訳"、"防御"、"変装"らしい。


 ……仮面を顔の前に持って行く。


 すると、仮面が変形して、頭を包み込むような形になった。


 最早、仮面に意識がある様な動きだ。


 ……いや、仮面がマムの制御する一部であるならば、『仮面に意識が有る』と言ってしまっても、間違いではない気がする。


「……凄いもの作りましたね」


 そう今井さんに言うと、『最高の仮面だよ!』と、胸を張って来た。


 その後、暫く仮面を弄り回していた。


 その後、ザイに『そろそろ出立の時間です』と急かされたので、車に乗り込む事にした。


 ……どうやら、ザイは一緒に来ないらしい。


 俺と来るのは、孤児院への救出作戦の際に指揮を執っていた、佐藤のようだ。


 佐藤に、『よろしく頼む』と言うと、『後ほど、隊長も合流する事になるかと思いますが、其れ迄は私が案内させて頂きます』と返して来た。


 佐藤と挨拶をした後、デウとサナと、空港まで向かう車に乗ろうとしたのだが……


「正巳君、この中の薬品は、けがをした時に使ってくれ給え。色が赤くなる程、効果が強くなっている……一番効果が強いものであれば、千切れた腕位はくっ付くと思う」


 正巳の耳に口を近づけて、そう言って来た。


 そんな今井さんに、『分かりました、ありがとうございます』と答えて、握手をした。


 今度こそ、車に乗ろうと思ったのだが……


「パパ!」


 今度は、今井さんと一緒に居た機体マムが話しかけて来た。


「パパ、手を出して下さい!」


 言われるままに、右手を出す。


 ……左手には、アタッシュケースを持っている。


「パパ、この子達をマムだと思って下さい!」


 そう言って、マムが俺の手の上に両手を重ねると、何かが手の平に乗った事が分かった。


 そして、マムが手を退かすと……


「これは、イモ吉に……ヤモリだから、ヤモ吉か?」


 そう、俺の手の平には、二匹の外見の違った生き物が乗っていた。


「はい! ……素材に微細機器を組み込んでいるので、質感がリアルで、動きもリアルになっています。それに、それぞれがオリジナルの特徴を生かすようになっているので、役に立つかと思います!」


 ……手の平の"どう見ても本物としか思えない"二匹は、マムが作った機械と言う事だった。機械とは言っても、時折小さく動くのを見ていると、本物としか思えない。


「……最高だ」


 思わず呟いていた。


 ……何より、灰色の体をしたヤモリのしっぽが良い!


 この、しゅるっとしたしっぽ!


 最近何故か、マムが尻尾をしまう様になってしまった為、可愛らしい尻尾を近くで見られるのは、これ以上ない癒しになる。


 ……いや、サナやマム、ボス吉とは違った癒しなのだ。


 ただ、高性能であろうが故の懸念が有った。


「マム、充電はどうするんだ?」


 そう、電気で動いているであろうイモ吉とヤモ吉は、充電も必要だと思ったのだ。


 しかし……


「二匹とも、熱エネルギーを電気エネルギーに変換する機構で、動いています」


 『なので、肌身離さず一緒に居れば、問題ありません!』とマムが言った瞬間、マムを抱きしめていた。


「ありがとう!」


 気分はまるっきり、欲しかったおもちゃを買って貰った子供の気分だった。


 暫く、マムを抱きしめていた正巳だったが、ザイの『神楽様、出立の時刻となりました』という言葉で、我に返った。


 マムから体を離すと、マムは少し残念そうにしていた。


 そんなマムと、何やらニコニコと上機嫌な今井さんに『それでは行って来ます』と挨拶をして、車に乗り込んだ。


 ……車には、既に一緒に行くメンバーが乗り込んでいた。


 座ると、隣にサナが移動して来た。


 相変わらず"瞑想中"のボス吉を抱えたサナから、自分の手の平へと視線を動かすと、それ迄イモリとヤモリだった二匹は、正巳の手首に巻き付き、両腕に"腕輪"の様になった。


 どうやら、佐藤が運転手をするようで、『それでは出発します』と言って来たので、外で見送っている今井さん達に頷いておいた。


 そうして一行は、佐藤の運転する車でホテルを出発した。

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