第105話 出発 [一陣]
部屋を出た正巳達は、ホテルの地下にある駐車場に来ていた。
駐車場には、既に沢山の子供達で埋め尽くされている。
『埋め尽くされている』とは言っても、ごちゃごちゃと込み合っているわけでは無い。其々が列を作っていて、秩序を持って並んでいる。
……どうやら、均等になる様に班分けをしたらしい。
背の低い子供から高い子供まで、満遍無く散らばっている。
正巳が駐車場に出ると、それまで隙間なく整列していた子供達の列が、真っ二つに割れた。
二つに割れた先には、ハク爺とアキラ、ハクエンともう数人の子供達が居る。
何となく、ハクエンの隣に立っている少女に、見覚えがある気がした。
「君は……」
近くまで行って気が付いた。
そこに居た少女は、俺が施設で最初に入った部屋にいた娘だった。
「あの、お礼が遅くなりました。……ありがとうございました」
そう言って、俺の方を見る。
「いや、早く戻ってやれなくて悪かった……他の娘達は?」
「はい。……私よりも傷が深かったり、根が優しい子ばかりで、同じ部屋だった娘達はホテルでの"実習組"になりました」
そう言ってから、自嘲するようにして『私は不器用なので、こっちの方が向いているんです』と言った。娘の顔には、何かから逃れる様な陰りを感じる。
「……どうだ? 男達を恨んでいないのか?」
そう言って、少女の目を見る。
……今の俺は、この
背後でそんな光景を見ている筈の、少年少女達なのだが、話し声は愚か、ひそひそと話す声すらも聞こえない。俺の居ない間に、それなりの教育を受けたのか、それとも孤児院出身が故の影響か……
背後の気配に気を向けていた正巳だったが、少女が返答する気配を感じて、目の前の娘に集中した。
娘が、一つ呼吸をしてから答えた、"その答え"を聞いて、納得した。
「持つ者に奪われない為に、力を付けてきます」
そう言って返して来た視線に、"熱"を感じる。
今はまだ、完全に吹っ切れていないみたいだが、確かに一歩前に踏み出していた。
と、そこまでは良かったのだが、その後少女が呟いた『……確かに、あの男は憎んでいますが、私はお兄さんに救われました。……付いて行くと決めたんです』という言葉で、それまで静かにしていた少年少女達が『自分も同じだ』と、一気に湧きたった。
そこに居るのは、少年や少女ばかりだったが、300名を超える子供達の歓声は、空気を震わせるほどだった。……地下駐車場という立地も、その歓声を増幅させる一因となっているのであろうが。
このまま放っておくと、いつ静かになるか分からなかったので、『静かにするように』と言おうとしたのだが……
「静まれ!」
ハク爺の一言で、静まり返った。確かに、声を張ったモノだったが、そこまで大きな声でも無かった。それでも、静かになった所を見ると、"統率の取れた"という面では本当に優秀らしい。
「ありがとう、ハク爺」
ハク爺に礼を言うと、『ほれ、皆が待っとるぞ?』と言われた。
……どうやら、俺が一言言わなくてはいけない雰囲気のようだ。
『そうだな』と、一瞬考えてから、子供達へ視線を戻した。
「無事に帰って来るように!」
一言だけ、そう言った。
すると、口々に返事をし始めたので、『車に乗る時に聞くから』と言って、静かにさせた。その後、皆の見守る中、ハクエンとアキラと言葉を交わした。
特別な話など無かったが、『怪我しないで帰ってこいよ』と言うと、其々『分かりました、お父さん!』『俺は心配ないよ、アニキ!』と、答えて来た。
そんな二人の頭をガシガシと撫でると、照れくさそうにしながらも『行って来ます!』と答えて、既に準備万端だった"車両"に乗り込んで行った。
最初に出発する車両に乗るらしい、ハク爺は、今井さんと何やら話していた。
話し終えたのか、アタッシュケースを受け取ったハク爺は、随分とご機嫌で『これなら多少の無茶は大丈夫だ』等と呟いていた。
そんなハク爺も、どうやら車での移動に関しては、ザイ達ホテル側に一任しているみたいで、俺にと視線を交わした後、出発して行った。
ザイの話によると、ホテル所有の山にて訓練を行う事になっているらしい。
ザイの話を聞いていたら、何やら視線が集まっていたので、何事かと思っていたら、どうやら俺の前まで行列になっている様だった。
もしかして、と思って『これは、何の列だ?』と聞くと、先頭に並んでいた少年が『ぱp……お兄ちゃんに撫でて貰ってから、出発する為の列です』と言って、何やらモジモジとしていた。
一応、『別に俺を通って行かなくても良いんだぞ? そのまま乗った方が、面倒が無いだろ?』と言ったのだが……どうやら、皆がみんな俺を通って車に乗るつもりらしい。
まあ、昨日の宴会で顔を合わせたとは言え、殆ど初めて会うようなものだ。面倒と言う以外に、特に断る理由も無かったので、一人ひとりの顔を目に焼き付けて行く事にした。
…………
その後、40分以上かけて全ての子供を送り出していた。二人目の子供が、自分の名前を言った為、それ以降の子供達も、名前を名乗るのが流れとなったのだ。
正直、こんなに時間が掛かるとは思わなかったが、お陰で殆どの子供の特徴を覚える事が出来た……マムが。
これで、何かあった際にもマムに聞けば良い。
「お兄ちゃん、今度お話聞かせてね!」
黒髪のショートヘアの少女が、最後の一人だった。
マムが言うには、『最後だと覚えて貰える』と言っていたらしい。
……中々打算的な子もいるようだ。
まあ、その為には、最後に出発する班に入らないといけない訳であって、班分けの際にここ迄を想定していたとしたら、相当頭の切れる子供と言う事になるのだが……
今から、子供達の成長が楽しみになって来る。
最後の車が出発したのを確認して、周囲を確認すると、さっき迄あれほど子供達で一杯だった場所がガランとしていた。
少し寂しく感じる。
ただ、この寂しさは失う寂しさでは無い。
少しの間の、辛抱なのだ。
再び子供達に会った時、少なからず成長している事だろう。
そんな風に考えて見たら、『負けていられない』と言う気になって来た。
いつの間にか、先輩とデウが来ていたらしい。
二人と話しながら、一緒に部屋に戻る事にした。
今井さんに声を掛けようかとも思ったのだが、何やらザイと話し込んでいる様だった。
邪魔するのも悪かったので、ザイに出発までの時間を確認して、先に戻っている事にした。……確認したところ、あと三十分ほど時間がある様だった。
マムはしばらく迷っていたが、今井さんの側に付いている事にした様だった。その代りに、俺の隣にはサナがピッタリと付いて来ていた。
部屋に戻るまでの間の、デウと先輩の反応は面白いものがあった。
部屋の前に通じている"隠し扉"に驚き、中に造られた日本庭園に言葉を失っていた。
そんな二人に、小屋もとい"テラス"のベンチで待っている様に頼んで、部屋の中へと戻って行った。……幾ら"仲間"であっても、今井さんの許可なく部屋にいれる事は出来ない。
何故なら、部屋のソファやベッドには、今井さんの来ていたであろうTシャツや、下着なんかが置いてあったりするからだ。
……どうやら、今井さんは朝に弱いようで、何も言わないでいると、俺がいるにもかかわらず、平然と着替えを始めてしまう。ただ、意識がハッキリとしてくると、毎回顔を真っ赤にして恥ずかしがるのだが……
そんな事を考えながら、思わず緩んでいた表情を引き締めた。
……マムが、今井さんに俺の挙動を、伝えないとも限らない。
サナも部屋に連れて行こうとも思ったが、これからデウとも一緒に行動する事を考えて、二人と一緒に居るように言って、残して来た。
何はともあれ、まだ部屋に居るであろうボス吉を、迎えに来たのだった。
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