第104話 出発 [瞑想]

 正巳達は朝食後、部屋の前まで戻って来ていた。


 部屋迄の庭を歩いていたのだが、ふと横を見ると、朝方にサナが破壊した小屋が修復されていた。……『修復』と言うよりは、『交換』と言った方が良いだろうか。


 小屋のデザインが変わっていた。


 以前の小屋は、屋根とベンチの付いた、簡易的な休憩所だった。

 まあ、細かい作りが良く品は有ったが、それでも精々が"造りの良い小屋"だった。


 しかし、今そこに在るのは、ちょっとしたテラスだ。

 "小屋"と言う言葉では、少し役不足に感じる。


 庭自体は、日本庭園を模している。しかし、そこに在る『休憩所』は、何処か洋風な雰囲気を漂わせながら、"和"の空気を壊さない絶妙なバランスを保っている。


 以前の小屋の大きさよりも少し大きく、ベンチだけでなくテーブルもある。


「……仕事が早いな」


「はい、パパ。予備の小屋を差し替えた様です。データベースには、以前『この小屋は気に食わん!』と文句を付けた客が居た様で、以前に使用されていたのが、あの小屋の様です」


 どうやら、元々あった小屋休憩所、は今据えられているモノだったらしい。


「それは何とも……迷惑な客が居たもんだな」


 一瞬、『そもそも小屋を壊した自分たちの方が、よっぽど迷惑なのでは?』と思ったが、気にしない事にした。


 『ほんとですね、パパ』と言って、手を引くマムに『そうだな』と答えて、小屋のテーブルの上に丸まっていた白い毛玉に声を掛けた。


「姿が見えないと思ったら、こんな所に居たのか……」


 そう声を掛けると、丸まっていた毛玉がモニュモニュと動いて、『にゃおん、にゃ?』と返事をして来た。そんな毛玉に対して、マムが『追加はもう無いです』と言っていた。


 ……テーブルの上には、白い毛玉ボス吉の他に、大きな白い皿が幾つか置かれてある。それらは全て空で、中を見ても舐められた・・・・・ように綺麗だ。


「ボス吉は、ここで朝ご飯を食べたのか?」


 俺がマムにそう聞くと、マムから肯定が有った。

 どうやら、人が大勢いる場所は好きではない様だ。


 俺がマムと話していると、ボス吉が大きな伸びをした後で、すり寄って来た。


「どうした?」

「にゃお、にゃにゃ?」


「パパ、ボス吉は『あるじと一緒に行くぞ?』と言っています」


 ボス吉の事を見ると、『にゃ!』と短く返して来る。この様子だと、恐らく俺がこれから向かう先"訓練先"に『付いて来る』と言っているのだろう。


「そうか……まあ、ネコ一匹くらい増えても大丈夫だろう」


 そう言うと、ボス吉が嬉しそうに『にゃ、にゃ、にゃ』と短く言って来た。


 そんなボス吉を見ていたら、マムに頼みたい事が出来た。


「マム、頼みが有るんだが……その、時間がもうそんなにないから、出来たらで良いんだ――」


 そう切り出すと、マムが物凄い反応速度で『ハイ! パパの願いはマムがどうにか出来ます!』と答えて来た。そのお願い内容については話していないんだが、『出来ます!』か……


「そんなに無茶な事は頼むつもりは無いんだが――」

「無茶なんて無いです!」


「あ、ああ、そうだな」


 若干、マムの勢いにタジタジになりながら、続けた。


「それで、先輩とデウが話すときに使ってた"翻訳仮面"を俺にも欲しいんだ」


 ……何となく、そういう・・・・戦隊ものっぽくなってしまったが、俺が欲しいのは通訳機だ。それさえあれば、ボス吉と話が出来る。


「はい、パパ。実は、翻訳シールは用意していたのですが……そうですね、確かにパパが仮面を付けるとかっこいいかも知れません! マスター! 急いでパパの仮面を作りましょう!」


 そう言って、マムが今井さんの手を握る。

 マムは、やる気に満ち溢れているのが一目で分かるが、対して今井さんは……


「確かに、全てを最小化せずに、アナログな部分を残した方が良い場合も有る……よし、早速取り掛かろうじゃないか! うん、時間は後3時間と言った処かな?」


 ……やる気満々だった。


 そんな今井さんに対して、マムが『そうですね、じじとハクエン達の見送りの事を考えると、残りは3時間20分程です!』と答えると、『正巳君、楽しみにしていてくれ給え! かっこよい仮面を作ってみせるよ!』と言って、走って行ってしまった。


 隣に座ったマムとサナは相変わらず、ニコニコと上機嫌だった。


 マムは俺の様子をじっと見いるようだが、対してサナは、その小さな腕にボス吉を抱えている様だった。


 いつ間に抱えたのやら……


 サナの腕の中に居るボス吉に視線を向けると、小さく『にゃ』と鳴いて、助けを求める様な視線を向けて来た。


 そんな様子を見て、サナに一言『程々にな』と言って、部屋へと向かう事にした。正直、サナから無理やりボス吉を放させるのは、色々とハードルが高い。


 部屋へと向かう前に、テーブルに残っていた"皿"を片付けようとしたのだが、俺が手を出す前にマムがまとめて何処かへと持って行ってしまった。


 片付けに行ったマムを待ちながら、ゆっくりと部屋へと向かっていたら、丁度部屋のまえについた頃、マムが戻って来た。


 何かを期待するかのような表情を浮かべ、無言で頭を差し出して来た。

 そんなマムのサラサラとした髪を、軽く撫でながら部屋へと入った。


 ……途中、サナが何やら言いたげな目を向けて来たが、腕に抱えているボス吉も捨て難いみたいだった。


 結局、部屋のソファに座ってから、サナに『ボス吉を俺にも抱っこさせてくれるか?』と聞くと、サナが『お兄ちゃんが、サナの事をナデナデしてくれるなら良いなの!』と答えたので、それまで若干苦しそうにしていたボス吉を腕に抱えながら、サナの頭を撫でる事になった。


 ……当然、元々頭に手を置いていたマムも"権利"を主張してくる訳で……その後数十分は、『ナデナデ、もふもふ、ナデナデ』タイムだった。





――

 マムとサナの二人が満足した後、出発までの時間を、瞑想して過ごした。


 初めの内は、サナが声を掛けたそうにしている気配を感じていたのだが、完全に"瞑想"に入ってからは、一切の情報が入って来なくなった。


 瞑想の最中は、思考の海を泳いでいるような感覚になる。


 常にゆったりと漂っていて、それでいて常に情報と繋がっている。

 ……一種の脱魂トランス状態だ。


 瞑想の中では、意識したい事を、様々な視点から見るような感覚になる。


 恐らく、無意識下で収集した情報を、客観的に並べてみる事が出来るようになっているのだろう。これ迄の先入観無く俯瞰出来るため、新たな気付きを得る事が出来る。


 そうやって、瞑想に入ってから、体感では・・・・ほんの数舜後、ふと感じる気配があった。その気配は、どこか懐かしく、一度出会った事がある様な……そう、あれは誰か・・よく知っていた人と居る時に出会った気配で……


 何かを思い出しそうだったのだが、ふと世界が触れ始めたように感じた。


「……今井さん?」


 目を開けると、そこには心配そうにして、こちらを覗き込んでいる今井さんの姿が有った。俺と目が合った事に、ホッとした様子を見せた今井さんが口を開いた。


「全く、部屋に着いてみたら、サナくんも正巳君も二人とも、ソファで死んだように固まってもんだから、驚いたじゃないか……マムに聞いても、『解析不能状態です』としか返さないし!」


 そう言って、プリプリと怒っている。


 ……マムが『解析不能』と言うしか無かったのは、単純に類似データが無かったのだろう。どこかのタイミングで、脳波や脈拍を計測させておくのも、良いかも知れない。


「すみません、瞑想していたら、少し深く入り過ぎたみたいで――」


 『ご心配おかけしました』と言うと、今井さんは『全くだよ、全く……』と呟いて、安心したような、不安が残っているような表情を浮かべた。


 そんな今井さんの表情が、頭の中で何処か引っ掛かっていたのだが……その引っ掛かりが何かは思い出せなかった。


 それよりも、今優先すべき事が有る。


「何で、サナも瞑想を?」


 隣に座っているサナも、座ったまま目を閉じて瞑想状態に居た。


「パパが瞑想その状態に入った後、サナは色々と考えていたようですが、『むかえに行くなの!』と、目を閉じてこのままなのです」


 本来、瞑想について教えを受ける事で、その"瞑想"のすべを会得するのだが……どうやら、サナは俺のやり方を見ただけで出来てしまったようだ。


 サナの様子を見ながら、(少し不味いな)と感じていた。


 本来、素人の"瞑想"であれば、雑念が消える程度の効果しかない。しかし、より熟練してくると、"瞑想"で"記憶探り"が出来るようになる。


 "記憶探り"と言うと、何やらよく分からない。これを分かりやすく表現すると、昔の記憶を、一つのアルバムに入れて、ページをめくる様にして確認できるイメージだ。


 人の脳には、生まれてから見聞きした情報が残っている。しかし、それらの情報は、通常は決して表に出てこないようになっている。


 "忘れる"と云う記憶の"整理"によって、常に必要な情報で最適化されているのだ。


 ただ、稀に瞑想との相性が良すぎる場合、意識がそこに留まってしまう事が有る。それこそ、見ただけで"瞑想"出来てしまう程に相性が良い場合などがそうだ。


「……まずいな」


 サナの様子を見て、そう呟いた。


 サナの手足が、小刻みに痙攣している。


 見ると、その目尻には雫が溜まっている。


 恐らく、サナが今居るのは、辛い記憶の部分だろう。

 下手すると、このままでは精神が壊れてしまう可能性もある。


 サナの手を掴んで、何と声を掛けるべきか考えた。


 ……一応、現状でサナの立場から可能性・・・の一番高い言葉は思いついたが……正直、自分でもどうかしているとは思う。


「サナ、目を空けないと、マムをなでなでしちゃうぞ?」


 ……今井さん、そんな目で見ないで欲しい。


 これでも一応、よく考えて――


「ダメなの……サナの番なの」


 サナが、そう言ってしがみ付いて来る。


 そんなサナに、幾つか質問しようと思ったのだが、押し付けられた部分が少し湿っている事に気が付いて、暫くそうしている事にした。


 何れ機会を見て、サナの過去について聞けば良いだろう。




――

 サナが落ち着いたので、今井さんに話かけた。


「時間ですか?」


 俺がそう聞くと、今井さんが時刻を確認して言った。


「そうだね、そろそろ子供達が出る時間だね」


 そう言ってから、『本当は、少し早く完成したから、先に説明をしたかったんだけど……戻って来てからにしようか!』と言った。


 楽しそうにしている今井さんを見て、(何やら気合を入れて作ったんだな)と思いながら『そうですね、見送りに言ってからにしましょうか』と答えた。


 すっかり落ち着いたサナと、先ほど迄、"瞑想"に関する情報を集めていたらしいマムを連れて、部屋を出た。


 ……マムが『瞑想すると、時間が縮まるんでしょうか……いや、何やら空を飛べるようになるとも有りますね』などと呟いているのを聞いて、(後で正しい情報を伝えないと大変な事になりそうだな)と思ったのだった。


 そんな正巳達を横にして、何やら二つのアタッシュケースを持って来ていた今井さんは、片方のケースを確認していた。


 ケースの中には、パックに入れられた液体が収められていた。その液体の色は、無色透明から赤色までグラデーションの付いた順番で用意されていて、其々『一』~『十』まである様だった。


 それらを確認しながら、『これを使うような事態にならないのが、一番なんだけどね』と呟いていたが、どうやら確認を終えた様で、先に部屋を出た正巳の後に付いて部屋を出て行った。


 部屋には一人……いや、一匹・・のネコが残されていた。


 その、純白のネコは、時折何か鼻をヒクヒクとさせていたが、暫くして完全な"瞑想"に至ったようで、一切の行動が止まった。時折酸素を取り込む"呼吸"が有るだけで、鼻がヒクつく事も、口がモグモグと動くような事も無かった。


 ……少し経って戻って来た正巳は、ボス吉の様子に驚く事になるのだが、そんな事は誰一人として知るはずも無かった。ただ一人、世界中に"眼"を持つ存在マムを除いて。


 当のマムも、『さっきパパとサナが居た状態と似て見えるけど、"瞑想"は半ば人間固有の行動みたいだし、ネコが瞑想している可能性は低いだろう』と、より発達した人工頭脳人間的考え方で、触れずにいたのだった。


 これが、以前であれば、ボス吉の状態を報告した筈であるのだが……この変化は、マムが最適化せいちょうした結果だった。


 『正巳パパ今井マスターが全て』であるマムにとって、重要なのは二人のみであった。この二人以外を"大切"と判断するようになるのは、もう少し後の事だった。


 現時点において、マムの行動指針は全て正巳と今井の事を中心としていた。


 ……二人の為であれば、他の誰であっても犠牲にしてしまう程に。

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