第92話 休息 [報告]

 風呂から上がった正巳は、リビングのソファに座り込んだ。


 座った瞬間、隣にボス吉が飛び乗って来たので、ボス吉の毛並みを整えながら、濡れていた毛が乾燥した事を確認する。


「乾いたな」

「にゃお」


 現在ボス吉は、小型犬程度の大きさで、両手で抱えられる程のサイズだ。

 ……体の大きさを変えられるのは、とても便利そうだ。


 目の前のソファには今井さんが座っている。


 その傍らには、マムの体が立った状態で設置されていて、今も今井さんが細かい確認をしているが……どうやら、一通りの整備メンテ後のようだ。


 手足の汚れが拭き取られ、服装も変わっている。


「マムも綺麗にしたんですね」


 そう言うと、今井さんが頷いた。


「一応、外皮も確認したんだけど、大丈夫みたいだ。稼働時間は未だ長くは無いけど、重量的には最初の頃の3分の1以下になったからね、その分素材の強度も工夫しているんだけど……うん、良さそうだね」


 そう言いながら、今井さんは機体マムの手の平を確認している。


「手の平ですか?」

「うん。今回一番強い衝撃を受けた部分みたいでね……」


 そう言われて、思い出した。


「そう言えば、俺が飛ばした壁……」

「……これの事かい?」


 今井さんが、そう言うとマムに何やら指示を出した。


「……はい、マスター。こちらが、その映像になります」


 ホテル備え付けのパネルから流された映像には、ドリルの付いた機械が壁を掘り進んでゆく様子が写っていた。


「……」


 結末は、何となく予想できる。


「ココが一番の衝撃を受ける1秒前です」


 映像がスローモーションになる。


 ……ドリルが完全に壁に突き刺さった後、壁が向こう側から膨れ始め、画面下のドリルの付いた機械はバラバラになっていた。そして、目の前の壁がこちらへと迫り……


 『”ッドドォォォンッ!”』……衝撃音と、僅かしか確認できない視界。


 ただ、マムの後部にもカメラが設置されているようで、360度の映像が確認できた。……もし、マムが壁を受け止めていなかったら、後ろに居たサナとボス吉にぶつかっていたかも知れない。


「マム、守ってくれてありがとうな」


 そう言うと、パネル上のマムが『パパが悲しみますから!』と言って、尻尾をユラユラと揺らした。


 ……ふむ、マムの尻尾に関しては、まだまだ二次元の方が正確だ。


「……よし、これで手に関しても大丈夫だ。起動して大丈夫だよ、マム!」


 今井さんの言葉を聞いたマムが、『はい、マスター!』と言って、パネルから消えた。マムは、同時に何人にでもなれる筈なのだが、今は”人間”として”マム”になるらしい。


 ……小さいモーターの駆動音が聞こえる。


 『お?』と思った瞬間、機体の目が開き、飛びついて来た。

 ……少し重い。


 恐らく、成人男性の標準体重位は有るんじゃないだろうか。


「パパ、おかえりなさいデス!」

「ああ、ただいまだな」


 そう言いながら、マムの頭を撫でる。


 重いとは言っても、今の俺に掛かれば、子供を相手にするのと何ら変わりない。


 頭を撫でながら、改めて手や腕の質感を確認するが、人間と何ら変わりないように感じる。違うのは、その肌が綺麗すぎるのと、体重位だろう。


「……色々頑張ったな」

「はい、パパの為に、色々作りました。マスターも頑張っていました!」


 ……色々作った、か。

 少し怖さも有るが、知らないで驚くよりも、知っていて心の準備をした方が良いだろう。


「そうだな、作ったモノを教えてくれるか?」

「はい!」


 そう、マムが答えると、一度飛びついた格好から立ち上がり、俺の上に座って来た。


「にゃあにゃぁ……」


 マムの様子を見ていたボス吉が、抗議の声を上げて来たので、撫でておいた。


 ……ボス吉は目を細めて気持ちよさそうだ。

 ……うちの子達、こんなにチョロくて大丈夫だろうか。


 まぁ、他人にはこうでは無いと願いたい。


 そんな事を思っていると、パネル上に映像が映し出された。


「……これは?」

「マスター、マムから説明しても良いですか?」


 そう言って、マムが今井さんへと顔を向けている。

 ……一応許諾権は今井さんが握っているらしい。


「うん、勿論さ。僕は今回は一緒に見ているよ。ただ……」


 『ただ……』と言って立ち上がった今井さんが、そのまま正面のソファから隣のソファへと移動してくる。……座っていたボス吉は、今井さんの腕の中だ。


「ただ、僕もこっちで見させて貰うよ!」


 そう言いながら、ボス吉をぎゅーっと抱きしめている。……小さく『一人で座ってるのは寂しいからね』と言っていたが、聞こえなかった振りをしておいた。


「さて、それじゃあ頼んだよ」


 そう言うと、マムが『はい、パパ!』と言って、説明を始めた。


「今モニター上には、研究室ラボの映像がリアルタイムで流されています。この映像は高性能ドローン”m-d2”になります」


 そう言いながら、マムが『これです』と手の平に乗せたモノを見せて来る。


「ハチみたいだな」


 何となく、そう言ったのだが……


「流石パパです! この解像度特化型ドローンは、”ハチ”をモデルにして作成しています」


 ……本当に、ハチをモデルにしていたらしい。


「このドローンには、羽が二枚付いていて、羽の表面で発電を行います」


 ……マムの手の上のドローンを見ると、確かに羽の部分に機械的な配線がある様に見える。ただ、それにしたって相当な細かさだ。


「確かに、この羽には配線が引かれて見えるな……」


 何の気なしに、そう言ったのだが……


「え!? 正巳君は、この機体の配線が見えるのかい?」


 ……今井さんの興味を引いたらしい。


「はい、こう、確かに小さい事は分かりますが……見えます」


 そう答えると、今井さんが少し考えた後に、言った。


「……何が有ったのかは知らないけど、その体と言い、その”枷”の事と言い、後でじっくり教えて貰うからね!」


 怒っているわけでは無いと思うのだが、圧が凄い。

 それに、少し近い。


 ……もう少し近づくと、額と額がぶつかりそうな勢いだ。


「えっと、まぁ落ち着いて下さい。勿論俺の事は話しますし、今井さんの事も聞きたいですから。だから、今は……」


 『今は』と言う部分で言葉を切り、膝の上に座っているマムの方を見る。


 ……気のせいか、マムのほっぺたが少し膨らんでいる。


「あぁ、そうだったね。マムの話の途中だった」


 『悪かった』と、今井さんが言うと、マムは『大丈夫です!』と元気に答えて、続きを話し始めた。……マムの手の平に乗っていた筈のハチドローンは、いつの間にかマムの手の中に消えていた。



――

 その後、口を挟むことなくマムの説明を聞いていた。


「……と言う事で、今はこのサイズが限界なのですが、何れは”ハエ”や”カ”のサイズ位にしたいのです!」


 どうやら、ハチのドローンは、3Dプリンターで出力した中で最小サイズのドローンらしい。3Dプリンター自体は、どれほど小さくなろうとも、マムが正確に扱えるらしく、『細かい部品も問題ない』という事だ。


 今ある3Dプリンターは二サイズで、大きな部材を担当するプリンターと、小さな部材を担当するプリンターとで分けているらしい。


「最終的に、ピンポン玉くらいの大きさの、空中に浮く工場とか造れそうだな……」


「……パパ、それ詳しく教えてください!」

「……そうだね、面白そうだ」


 マムの説明を聞いていて、ふと思っただけだったのだが、どうやら興味を誘ったらしい。


「小さいプリンターで、もっと小さなプリンターを造れるのであれば、その小さいプリンターで、色々な工作機械を造り出せば、小さな工場が出来るんじゃないかなって。それで、工場を球体にして、羽でも生やすか何かすれば、小さい独立した工場になる――」


「「それだ!」です!」


 マムと今井さんが同時に叫んだ。

 そして、何やら今井さんとマムとで話始めた。


「一応、3Dプリンター自体は3機作ってあるから、其々稼働させるとして、先ずは地上に小さい”工場”を作るのが先だろうね」

「はい、マスターの言う通り、300分の一サイズの工場を造りましょう! ……目標サイズにするまで、スケールダウンを15回繰り返すとして、残り13回の”3Dプリンター”のスケールダウンは……」


 そもそも、『工場を移動できる形で作るメリットなど無い』と思ったのだが、一人とひとりは、既に新しい”挑戦”に取り掛かり始めてしまったようだ。


 ……マムの腕から、立体映像ホログラフィックが浮かび上がり、何やら細かい部品の情報を調整している。


「……あの?」


 長くなりそうだったので、二人に声を掛けると、マムがモニターに現れた。

 ……どうやら”人間らしさ”よりも、今のマムには”重要”な開発らしい。


「パパ、マムわたしが引き継ぎますので、こちらへ」


 パネルの中のマムがそう言うと、膝に乗っていたマムが機体からだを一瞬立ち上がらせたので、『頑張れよ』と言って、パネルの前まで歩いて行った。


「ボス吉か……」


 今井さんの元から逃げ出して来たボス吉が、足元にすり寄って来る。……屈みこんで、持ち上げようとしたのだが、ボス吉が大きくなり、俺の背丈ほどのサイズになった。


「にゃお」


 ボス吉が一つ鳴くと、座り込んだ。

 不思議に思っていると、パネルの中のマムが通訳してくれた。


「ボス吉は、パパに寄りかかって欲しいようです」

「お、そうなのか!」


 目を向けると、『にゃ』と短く鳴いた。


 尻尾をユラユラと揺らしながら誘うので、誘われるままにボス吉の横に座った。……何処か満足そうにしている。


 満足気にしているのを見ながら『直接話せたら便利なんだけどな』と、思っていたのだが、どうやらマムがそれを察知したらしい。


「実は、翻訳機は作成済みで、現物は上原さんが所持しております。ただ、仮面状の装置なので、現在改良を行い、小型化を目指しています」


 そう言えば、衛兵だったデウと話をするのに先輩が使っていた。


「……仮面、良いじゃないか」


 仮面にはロマンがある。

 それに、機能的であり、素顔を隠す事が出来る道具など……最高じゃないか!


 まぁ、今の状態であれば、仮面など無くともバレる心配は無いのだが。ただ、ハク爺にバレていたように、俺の小さい頃の顔を知っている者が居るかも知れない。


「パパ? 仮面、ですか?」

「ああ、仮面は良いものだ。ある映画に出て来る”仮面”にはあらゆる機能が有ってだな……」


 その後、昔見た懐かしい映画に出て来る”仮面”の話を長々としてしまった。


 ……あれ自体、神が落とした仮面だとかで、トンでも能力を沢山備えていたのだが、まぁそんなものが無くても、仮面には一種のロマンがある。


 静かに聞いていたマムだったが、話が終わると、続けて作った道具を紹介してくれた。……紹介してくれたのは良かったのだが、映像の中で動き回っている”機械の腕ロボット・アーム”が少しだけ不気味に見えてしまった。


 何せ、研究室を5本の腕が縦横無尽に動き回っていたのだ。

 ……地面から生えた腕が、動き回っている様にしか見えなかった。


 その光景に目を奪われていた為か、マムが言った言葉を正巳が正確に理解していなかったのは、”事故”としか言いようが無いだろう。


 マムは『もう少しだけ、研究室が広ければ、この”腕”を量産できるんですが……』と、正巳の事を見ながら言っていた。それに対して、正巳はうわの空で『そうだな』と答えたのだった。


 そうこうしていたのだが、途中で機体からだを持つマムが立ち上がった。

 ……どうやら、今井さんとの打ち合わせが、ある程度終わった様だ。


「パパ、マスター、どうやらホテルの職員が帰還したようです。もう直ぐ呼びにホテル側の人間が来ると思うので……」


 一度言葉を切った上で、マムが俺の事を見て来た。


「報告しておく事が有ります」


 何処かマムが緊張しているように思える。


「言ってくれ」

「そうだね、僕も大丈夫だよ」


 今井さんも同意したのを確認し、マムの事を見る。


 頷いたマムは、俺と今井さんを見て言った。


「パパの命が狙われています」

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