第70話 孤児院 [油断]
――
協力的な傭兵に対して2,3質問したところで、通信が入った。
『
どうやら、監視塔を制圧し終えたらしい。
「ベータには、情報の収集を頼む……このまま尋問を続けてくれ。ただし、あの男だけは
そう言って、白髪の混ざった長髪を頭の後ろで縛った男を指差した。
車両班が制圧を完了したという事は、これから子供達を保護して帰還しなくてはいけない。その為には、各部屋から子供達を連れてくる必要がある。
ベータの面々が頷いたのを確認する。
ふと、重要な事を聞いていない事に気が付く。
「誰に雇われた?」
別に、今ここで質問しなくとも、何れ分かる内容だ。
……とは言っても、今ここで手に入るのであれば、それに越した事は無い。
「……***と聞いている……」
男が答えた名前を、俺は知っている。
……現政権の大臣だ。
この施設に政府の、それも大臣級の大物が関わっている……
どうやら、本当に触れてはいけない”パンドラの箱”だったのかも知れない。
俺が気を抜いていたわけでは無いが、”隙”だと思ったのだろう。俺の横にいた傭兵の一人が、いつの間にか拘束を解き、手に持ったナイフを俺の腹目掛けて、突きつけて来ていた。
咄嗟に、反応をするが……俺の腹にナイフが届く事は無かった。
「……なんでお前が……」
俺の居た場所には、拘束されていたはずの傭兵の男がいる。
……俺は突き飛ばされて、床に尻もちをついている。
……目の前には、白髪の混ざった髪が揺れている。
……その男の手は、拘束されたまま。
……その男の腹部には、ナイフが柄まで刺さっている。
男の口を塞いでいたテープが、僅かに外れる。
「後ろだぁっ!」
……うしろ?
『”ドンッ”』
尻もちをついた俺の斜め後ろで、音がする。
……嫌な予感がして、恐る恐る振り返る。
「……おい、ユミル……」
ユミルが肩口を押さえている。
……ユミルの前には、ナイフを持っている男の姿が見える。
……俺達が連れて来た傭兵の最後の一人だ。
もう一度口を開こうとしたところで、男がユミルにナイフを突き出した。
「死ねぇ!!」
ナイフがユミルに迫る。
男の付きだしたナイフに対して、斜に構えていたユミルが消える――いや、屈むようにして男の懐に入っている。普通、ナイフに対して距離を取ろうとすると思うのだが……
何にしても、男は一瞬、ユミルの姿を見失っている。
しかしそれも、ただ一瞬、刹那の間の事。
男は直ぐに、自分の懐にユミルの姿を見つける。
が――遅すぎた。
「フッ!」
ユミルが、突き出された腕を掴み、腰をぶつける。
男がバランスを崩したタイミングで、そのまま腕を下に引き……背負い投げた。
男は頭から落下して行く……床はコンクリート。
『”ズンッ”』
鈍い音を立て、男が動かなくなる。
「ユミル!」
「……大丈夫です」
ユミルがそう言うが、口の端が痛みで歪んでいる。
刺された傷は深そうだが、直接命には影響しなさそうなので、一安心だ。
ユミルの状態を確認した後で、思い出した。
「っ! ……”ハク爺”!」
先ほど、俺を突き飛ばし、俺の代わりにナイフで刺された傭兵の方を見る。
相手は……首が、変な方向を向いていて……
既に解決されていた様だ。
「なんで、ハク爺がここに……」
腹部から血を流した傭兵が倒れそうだったので、支える。
「……全く、お主が見つからぬから、じゃて……」
傭兵がそう言って、苦痛に顔を歪めながらも俺の頭に手を回す。
「……何で、こんな施設に居るんだよ」
「……そうよのぅ、
傭兵が、話の途中で咳き込む。
……口元を押さえた傭兵の手には、血が見て取れる。
「もう話さないで良いよ……大丈夫、良くなったら聞くよ……おい、治療とホテルへの至急の搬送を頼む!」
いつの間にか入って来ていた、車両班の4人に声を掛ける。
「「
横を見ると、ユミルは防護服を脱いでいる。
……丁度、肩口の隙間にナイフが刺さったらしい。
傷口を、ハムが縛っている。
……一先ず、出血は大丈夫かも知れないが、気になるのはその状態だ。
見た感じ、脱臼しているわけでは無いだろうが……刺された腕が、不自然に揺れている。……まるで、糸の切れた腕のように……
もしかすると、男を背負い投げした際に、更に悪くしたのかも知れない。
「ハム……どうだ?」
俺がそう聞くと、ハムは首を左右に振る。
……ユミルの顔を見る。
「大丈夫です! 直ぐに治りますよ?」
強がり……いや、俺に対する気遣いなのが分かる。
不甲斐ない。
気を抜いてはいなかったが、話に気を取られたのは事実だ。
その結果、反応が送れた。全ては、俺が対処できなかったのが原因だ。
………………
戻って来た車両班に、ハク爺の事を任せる。ハク爺は、”傭兵”ではあるが、俺の盾となった事で周囲の者も
……ホテルマンだけど。
状況が状況なだけあって、
少しの間、手当てを受けるハク爺とユミルの様子を見ていたが、自分の出来る事を探し始めた。
――
手当を受けたハク爺は、車両に運び込まれていた。
一刻も早い治療が必要らしく、先に車をホテルに戻す事にした。また、その際にユミルも返そうとしたのだが『護衛ですので』と言って、聞かなかったので『その腕で護衛は務まらない』と言ったら、大人しく車両に乗ってくれた。
ユミルは、車両に乗る際、堪えるような表情を浮かべていた……悪いと思ったが、未だに動かせない腕をそのままにして、護衛をさせる訳には行かないだろう。
車両がホテルへと戻る際に、追加で車両を2台寄越して貰う様に依頼しておいた。
車両を見送ってから、中央ホールへと戻った。
質問に答えていた傭兵は、舌を噛んで自決していた。どうやら、質問に答える事で気を逸らし、その隙に襲う気だったようだ。それが失敗したのを見て自決したのだろう。
しかし……
「何か気になる点が?」
俺が、立ち止まって考えていたら、リョウが声を掛けて来た。
「傭兵って、金で動くものだと思っていたから……」
金で動く傭兵が、自分の命を無意味に捨てる様な事をするだろうか?
俺の偏見かも知れないが、傭兵にそんな忠誠心があるとも思えない。案件で受ける様な傭兵が、毎回毎回律儀に忠義を示していたら、依頼を受ける毎に命を落としていても不思議ではない。
自分の命と金は、天秤の上で釣り合うはずが無いのだ。この天秤が釣り合う、もしくは自分の命が軽くなるのは、守りたい者や忠義が、反対の皿に乗った時だろう。
「……あれは傭兵だったのでしょうか?」
「どういう事だ?」
リョウも傭兵だと思って連れてきたはずだが……
「いえ、あの縄抜けの技術と、持っていたナイフは……過去存在したある組織のモノに…………いえ、ただ余りにも練度の高い連携でしたので、バラバラに集まった傭兵には思えなくてですね」
「……連携?」
確かに、完璧に意表を突かれたが……
「はい。実は、男がカグラ様に切りかかる前に、視線の動きが不自然だったのです……何処かで『視線の動きで意思疎通をする技がある』と聞いた事があったのですが……」
視線の動きで……
「それじゃあ、ハク爺……俺を庇った傭兵も知ってて、わざと刺されたのか?」
もし、そうだとすれば、ハク爺が刺される事も計画の内にあった事になるが……
「いえ、あの傭兵は、視線の動きに反応する素振りがありませんでした。完全に、咄嗟の動きでしょう。もし、事前に察知して居れば、もっと命に危険のない部分で、もっと派手に血の出る場所を切らせていたでしょうし……」
確かに、リョウの言う通りだ。
「そうか、分かった……俺は子供達を連れて来る。そちらでも、子供達の誘導を頼む」
「
『ああ、そうだな』と答えて、子供達を迎えに歩き出した。
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