第49話 仕事着
「おいしかったの~」
サナが満足そうな顔をしている。
……大人二人前に近い量を食べれば、当然だろう。
座っている子供達の顔を見ても、満足そうな様子が見て取れる。
「俺と今井さんはこれから出かけて来るから、ミンとテンは話し合っておいてくれ」
「はい。恐らく、家に帰りたい子もいると思いますので……」
「オレ、マモルけど、ミンナもシンパイ……シッカリハナす」
テンとミンがそれぞれ返事をする様子を見て、任せても大丈夫そうだと判断する。
「……さて、今井さんはどうします?」
今の時刻は、22時を過ぎたところだ。
今井さんが飛行機に乗るまでには、まだ4時間ある。
空港までは、ここから1時間もあれば行くだろう。
「うん。僕は、そろそろ服を着替えようかな、と思ってね……勿論この着物も良いんだけどね、作業着がやっぱり落ち着くな~って」
「似合っていますけどね……」
今井さんはいま、着物を着ている。
”着物”と言っても簡易なモノで、簡単に着たり脱いだりが出来る。
そして、髪を下ろしている今井さんは、和服美人と言った感じで中々……
「まぁ確かに、この格好で仕事に行く訳には行きませんし、俺もスーツを買わないといけないかな……」
今井さんが俯いたまま黙り込んでいる。
「……似合ってるって……似合ってるって……キャ~……」
何やら呟いている気もするが、きっと、今後の計画を練っているのだろう。
それであれば、俺は……
「マム、このホテルではスーツを売っていたりするか?」
「はい、パパ! 和洋中、どんな服でも買えますよ! ホテル内にも店舗が有るので、行ってみますか?あ、マスターの仕事着でしたら、着いた時に最初に注文していたので、そろそろ届くと思います!」
……ホテルの中に服屋が有るのか、便利だな。
それにしても、今井さんの
まあ、良いか……偶には、服を買いに行くのも悪くない。
「ああ、その方が早そうだし、服屋に行ってみるかな」
俺がスーツを買いに行くと決めたところで、今井さんが顔を上げた。
「……正巳君は、
「えっと、仕事着なら
慣れ親しんだ服の方が、仕事に差し支えないだろう。
そう思って答えたのだが……
「正巳君の馬鹿……」
今井さんは、そう呟いて立ち上がり、歩いて行ってしまった。
「パパ……それは無いんじゃないかと……」
マムが、何だか残念なモノを見る様な感じだ。
「え?」
「分析によると、マスターは『可愛い』と言って欲しかったのだと思います!」
……今井さんが?
しかし、これから仕事に行く訳で、仕事に最適なのは言うまでもなく……
「お兄ちゃん?サナも行くの!」
そう云えば、先延ばしにしていたが、サナが『付いて来る』と言って聞かないのだったっけ。
「でもな、サナにはミンとかテンと一緒によく話し合っておいて貰いたくて――「行くの!」」
……腕を締め上げて来る……いや、抱き着いて来るサナに困ってしまい、ミンやテンの方を向くが……
「サナがそう言うなら……」
「オレは、ナニモ、イエナイ……」
……少しは説得しようとしてほしい。
「静かに、じっとして居るなら――「分かったのっ!」」
みなまで言う前に、サナがご機嫌になる。
ご機嫌になるのは良いのだが……
そろそろ手を放して欲しい。
このままだと、何れ俺の腕の可動域が、人間のそれでは無くなってしまいそうだ。
俺が人間をやめる寸前で、今井さんが戻って来た。
「こ、これで良いかなっ!」
上下繋がっている作業着”ツナギ”、普通の服よりもポケットが多く着いていて、工具や部品等を仕舞える様になっている。
襟袖も普通の服に比べ、厚手になっているみたいだ。
……これぞ、正しく今井さんの”仕事着”と言う感じがして、しっくりくる。
どうやら今井さんは、奥で着替えていたみたいだ。
「安心しますね……あ、着物とか他の服も似合っていましたよ?」
何となく、マムやミンのジト~っとした視線を感じたが、無視した。
俺が”可愛い”と言うのは、地上50メートルのジャンプ台から水面に飛び込む位に、覚悟のいる事だ。だから、今は"似合う"と言うのが限界だ。
「あ、ありがとう……」
俺の"似合ってましたよ?"と言う言葉に、照れたようにしている。
先程も同じ事を言ったのだが、どうやら褒められる耐性が、未だ低いらしい。
「……そ、その作業着は以前のと比べて、色々と新しくなっているような?」
照れを紛らわす為に、思いついた事を口に出した。
すると、意外に的外れでは無かったようで……
「そう! 実はね、この作業着はケブラー繊維とアラミド繊維が織り込まれているみたいでね、元々このホテルの仕事着だったみたいなんだけど、マムが上手い事調達してくれて、ついでに僕の要望を取り入れてくれたんだ、それにね……」
……今井さんの琴線を刺激してしまったみたいだ。
「あ、あの、そろそろ服屋へ行こうかなと……あの、帰ってきたら幾らでも聞きますので」
また俺は余計な事を言ったかも知れない。
「――! 分かった、任せてくれ給え! 向こうで得た成果に加えて、
ほどほどにで、お願いします。
「はい、”帰ってきたら”……」
これは、現実逃避ではなく、戦略的撤退だ。
しかし、帰って来たら、3.4時間は話に付き合う覚悟が必要だな……
そんな事を考えたら、少し気が重くなってしまった。
そんな俺の様子を見て、勘違いした今井さんが……
「……大丈夫、必ず上原君達を助ける技術を得て来るから! 必要な技術を持っている人に心当たりはあるし、後は器材を設計するだけなんだ! そうすれば、あの衛兵達だって……」
先輩は、このホテルのとある場所で、安静を保っている。何せ、先輩は腹部と左手に左足を欠損しているのだ。当然このままでは、先輩は助からない可能性が高い。
それに、衛兵達だって拳銃で撃たれ、重傷だ。
本来であれば、病院にでも連れて行けばよいのだろうが、生憎衛兵達は死んだ事になっている外国人だ。
パスポートもなく、身元保証人になるはずの大使館はその存在そのものが”死神”のようなモノだ。
俺達は、大使館側に益があるとされ、逃がされた。
しかし、衛兵達に関しては、そうは行かない。
衛兵が大使館側に掴まれば、即
そうならない為に、今井さんに頼るしか無い。
「よろしくお願いします……」
そう言って、今井さんの顔を見ると、満面の笑みを浮かべている。
「任せてよ! ……その、な、なかめだからねっ!」
……途中で噛んだ。
「そうですね、”仲間”ですからね」
そう今井さんに返すと、サナが上目遣いで……
「サナも、”なかま”?」
と聞いて来た。
そんなに目をキラキラさせなくても……
「勿論サナも”仲間”いや、家族だろ?」
……俺はサナの”お兄ちゃん”らしいからな。
「うん! サナとお兄ちゃんは”かぞく”なの~」
……
俺とサナのやり取りを、ミンが何処か寂しげに見ていた。もしかしたら、サナだけ特別扱いをしていると、感じたのかもしれない。
サナは、確かに大切な存在になっているが、同じくらい子供達も大切だ。
だからこそ……
「勿論、ミンにテン、それにみんなもだからな?」
そう言って、”当然だろ?”と視線を子供達に向ける。
半分くらいの子供達が、言葉が通じていないはずだが、俺が言葉と同時に手を広げると、飛びついて来た。
当然だが、一人一人の事を抱きしめる。
……子供に安心してもらうには、こうして抱きしめるのが良いだろう。
その後、しばらくの間、子供達との組体操のような形になった。
――
少し時間が経って、皆が落ち着いたので、改めて各々の”仕事”の確認をして、部屋を出た。
俺は、スーツを買ったら、朝まで仮眠を取りに部屋に戻る。しかし、今井さんはこのまま、空港へと向かう事になっている。
「……さて、気を付けてね正巳君!」
「今井さんこそ、岡本部長と会うんですから気を付けて下さい。もし何か身の危険を感じたら――」
「その時は、マムを仕込むだけ仕込んで、さっさと逃げて来るさ!」
「はい。安全最優先でお願いしますね」
……今井さんに説明された作戦は幾つかあったが、”マムを仕込む”と言うのも、その作戦の内の一つだ。マムを何らかの方法で各企業のシステムに仕込み、マムがそのシステムを喰らう。そして、そのまま”本社”にマムに侵入してもらい、”本社”の研究内容もマムが喰らう。
……有体に言えば、”スパイウェア”だ。
ただ、マムがスパイウェアと決定的に異なるのは、システムを喰らった時点で、マムが『そのシステムを取り込んでしまう』と言う点だ。
マムは、知らないシステムを喰らえば喰らうほどに、成長する。
マムが仲間で良かった、と思いながら歩いていたら、目的地に着いてしまった。
「……さて、それじゃあ僕は送って貰うから、ここで一旦お別れだね!」
そう言って、今井さんが手を出す。
「はい、行ってらっしゃい」
今井さんの手を握ると、二、三秒視線を合わせ……
今井さんが歩き出した。
歩いて行く先には、ホテルマンがいる。
既に、”送迎”の予約は済んでいるので、問題なく空港に行く事が出来るだろう。
「さて、俺も自分の”仕事”をするか……」
そう呟いて、カウンターへと歩き出した。
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