第37話 ある男の話



 その男は、成功者だった。


 中東を中心に武器を密輸し、販売する。そんな組織の中心人物だった。


 男が取引するのは、正規の方法では武器を調達出来ないような者達だ。


 男が調達した武器の影響で、革命が起きたり、政権交代が起きたりする事もあった。


 当然の事ながら、各国の諜報組織からその身柄を狙われていた。


 それでも男は、何重にもよる防護策を張り巡らす事で、追手の追及を逃れていた。


 そんな男のあだ名は、太ったカモシカファット・セロウだった。


 男は恰幅が良く、不穏な気配を感じると、カモシカの様に俊敏に逃げてしまう。


 捕まえるのが難しい、第一級の危険人物として、その名を知られていた。


 そんな男の楽しみは、ギャンブルだった。


 ありとあらゆるギャンブルをやり、その結果、普通のギャンブルや普通のスリルでは、満足出来なくなっていた。そんな時、取引先のある国の男から誘われたのが、デス・ギャンブルだった。


 ”デス・ギャンブル”と言っても、自らの命を懸けてギャンブルをする訳では無い。


 命を懸けて行われるゲームの結果を予想して、その予想に賭けるのだ。


 自らには危険が無く、それでいて最高純度のスリル・ギャンブルに参加できる。


 かつて、古代王国では闘技場で人間同士に拳闘をさせたらしい。


 現代では、人権だ何だと様々な問題から、人の命の掛かったギャンブルを行う事は出来ない。


 しかし、ここでは”人の命”でギャンブル・ゲームが行われている。


 デスゲームと言うだけあって、ほぼ100%の確率で参加者が死亡する。


 そう、目の前で”死ぬ”のだ。


 目の前で、理不尽な暴力によって失われる命。


 それを見ながら、己の立場、己の成功、己の生を実感できる。


 ……


 ……


 いつの間にか、デス・ギャンブルの虜となっていた。


 そして、ある日キメラと呼ばれる化物が登場するデスゲームが開催された。


 圧倒的スリルに、逃げ惑う人間……更にハマって行った。


 しかし、そんなデス・ギャンブルだが、一点だけ毎回苦労する事があった。


 それは、毎回ギャンブルの開催場所が変わる事だ。


 通常、出資者(賭ける側)は、送られてくる映像を通して、遠く離れた場所から賭けに参加する事が殆どだ。わざわざ賭けの開催されている現地まで足を運ぶ者などいない。


 しかし、なるべく近くでデスゲーム……命のやり取りを見たい男は、毎回賭けの開催される現地へと足を運んでいた。


 そして今回は、アジアの島国の大使館で行うという話だった。

 当然、打診があった際にその場で、現地参加の手続きをした。


 開催国の空港に通常の旅客機で行く訳にはいかないので、空港まではプライベートジェットで飛び、空港まで大使館の車両で迎えに来させた。大使館車両は、治外法権であるので、中にいれば安全だ。


 問題は、プライベートジェットから、車に乗るまでの間だったが、影武者を数人用意する事でどうにか問題なく入国できた。


 そして、予定通りデスゲームへ参加。


 夜中から未明まで賭けは開催される。


 最初のゲームでは、見事に的中。

 当然、賭けたのは『1.一撃死』だ。


 賭けた分の金、1000万円 ―取引は開催国の通貨で行われる― が、3000万円になる。


 レートは、2倍から3倍程度の倍率だ。


 『3.生還』に賭けれは、10倍以上のレートだが、わざわざ金を捨てる奴もいないだろう。


 となると、賭けるのは、『1.一撃死』か『2.三撃之死』だ。


 賭けが実施される前、”準備室”の中にいる参加者の様子を見れる。


 ”準備室”に入った参加者の様子を見て、毎回直感に任せて賭けるのだ。


「よし、次のコイツは……2だな。中々しぶとそうだし、一撃くらいは避けそうだ」


 そして……


「よおおぉおし!」


 予想した通り、参加者だった男は一撃耐えた。


 ……しかし男は、二撃目で足を食われ、三撃目で命を落とす。


 予想が的中し、また勝ち額が手に入る。



 今モニターの中で起きた事は、一撃耐えた後のテンプレ的パターンだ。


 一撃避けられた事に安心し、次も大丈夫だと思ってしまう。


 極限状態故の楽観的希望。


 故に、まさか”次は加速する”とは思いもしない。


 そう、最初の一撃目は、あくまでも牽制であり、『ちょっと突いてみた』程度なのだ。


 だからこそ、二撃目は避けられない。


 いや、稀に、運よく生き残る者もいる。



 3回の攻撃を避け、生還する。



 そうして生き残った者は、その殆どが買われていく。


 まあ、昔傭兵から、『自分を売り込むために参加者として出場し、五体満足で”生還”、その後自分を”傭兵”として売り込んだ人間もいる』と聞いた事があるが……ただの噂だろう。


 何はともあれ、生き残ったとしても、参加者の殆どは奴隷だ。


 自由になれるわけでは無い。


 生き残った場合、”幸運のお守り”としてその多くがオークションに出品される。


 ”幸運のお守り”とは言うがその実、賭けに負けた出資者の腹いせ、ストレスのはけ口として使用されるだけだ。ロクな目に合わない為、ある意味、『デスゲームで死んでいた方が幸せだった』とも言える。


 そんなデスゲームだが、今のところ勝っていた。


 そして、目の前のモニターに映っている”次の参加者”を見ると、”準備室”で寝ていた。


 ……これは、新しい出資者が参加しているサインでもある。


 新しい出資者……初めてに参加する際は、ゲームの親となって参加者たる人間を提供する必要がある。初めて”出資者”として参加する際に、人間を”提供”する事で共犯となるのだ。


 このルールは昔から決められているらしく、各国の諜報機関が潜入するのを防ぐ目的もあるらしい。……潜入する為とは言え、国の組織が人間を提供する訳には行かないだろう。


それで、何故参加者が”準備室”で寝ているのが、”新しい出資者”のサインかと言うと、親は定められた範囲内でなら、提供する人間の”状態”を弄る事が出来る。


 そして、多くの場合が、”睡眠薬での昏睡状態”を選択する。


 当然、”昏睡状態”でゲームが始まったら、参加者の多くは一撃で命を落とす。


 その確率は実に、90%オーバー。


 親も自分の提供した人間の参加するゲームに賭ける事が出来る。


 だからこそ、これはある意味歓迎。


 ゲームの主催側から、初参加の出資者への歓迎なのだ。


 それを知っているなら当然……


「『1.一撃死』に200億だ」


 一応、”状態異常”で始まるゲームには、賭けられる金額の上限がある。


 その上限が、200億だ。


 『1.一撃死』に賭けておけば、90%以上の確率で勝てるのだから、上限が設けられていても仕方ない。その代り、このゲームは確実に勝てる。


 しかし……


 モニターの中では、男が「一撃目」を避けていた。


「ふざけるなぁ!」


 思わず、手に持っっていた小型端末を、モニターに叩きつけていた。


 叩きつけたモニターと小型端末は、その衝撃に耐えられずに砕けてしまうが……壊れてしまった端末を見ながら、男はどこか満足げな表情を浮かべている。


 小型端末は、何に賭けるかオーダーを伝える際に使用するのだが、この後予定が出来た為、使う事も無いだろう。


「……こいつ、日本人の”ウエハラ”って言ったか、売りに出たら、必ず俺様が直々に可愛がってやろう」


 そう、吐き捨てて部屋の呼び鈴を押した。


 ……オークションの開催時間を聞くために。


――

 オークションは、その後すぐに開催されるという事だった。


 ……予想した通り、”ウエハラ”は”生還”した。


 そして、”ウエハラ”は、オークションに出されると云う事だったので、すぐさま参加の手続きをした。


「……全く、200億を稼ぐには、どれだけの武器ブツを売りさばけば良いと思っているんだ!……そうだ、売る必要のある兵器の数だけサンドバッグにしてやろう……グフフ」


 男は、極度のサディストでもあった為、どの様に苦しめるかを想像してオークションの時間までを楽しんだ。


 ”拷問のフルコース”とも言うべき男の”スペシャリテ”を施す姿を想像していたが、オークション開始の案内が来たので、入札室へと入った。


 入札室へと入った後、直ぐにオークションが始まった。


 司会進行は、いつも通り白スーツにシルクハットの男だ。


『ようこそ、アニマルオークションへ!』


 始めは、希少な生き物……若い頃、自身でも絶滅危惧種の売買をした事があった。


 最初は、動物を扱うような小さい取引から始めたのだ。


 それが、今では世界でも名の売れている”武器屋”だった。


「お、次だな!」


 わくわくする。


 ここまで俺は上り詰めて来た。


 何度も死にそうになった事はあったし、ヤバい事は日常だ。


 しかしそのお陰で俺は、人の命さえ買う事が出来る力を得た。


『さあ、入札をお願いします……はい、先ずは500万から~』


 入札!


『お、紳士から1000万……はい、淑女に2000万!お次は……』


 入札!


『はい、また紳士から3000万……またまた淑女が5000万!』


 む……入札!


『一騎打ちとなりました~紳士8000万!……淑女から1億!』


 ……引けるかっ!入札!


『紳士、1億5千万!……はい、淑女から2億!』


 入札!入札!入札……


「一体、あんな人間に幾ら出すと云うのだ!」


 くそっ……これでどうだ!入札!


『おおっと!紳士から大台の10億の声です……淑女からは……13億!13億です!』


 ……くそっ、付き合ってられるか!


 恐らく、入札で競っている女は90%死ぬゲームで生き残った”ラッキーボーイ”を、幸運のお守りとして加工するか、薬にして幸運の薬として使うかと言った処だろう。


「くそっ……”ウエハラ”がダメなら……」


 男は、ストレス発散が出来なかったことにイライラするも、別の発散方法を思いついた為か、顔に醜悪な笑みを浮かべている。


「おい、そこの!私をキメラバケモノの場所に案内しろ!」


 そう言って、担当として寄越された衛兵の一人に、”もうひとりの参加者”の元まで案内させることにした。


 衛兵から、『上官に確認しますので、少々お待ち下さい』と言われたので、言われた通り部屋で待つことにした。


「なに、キメラバケモノの値段など、10億もしないだろう」


 そう呟くと、キメラに対して、どんな拷問をしようかと想像を広げるのだった。


――

 男は、正巳たちが子供達を救出している間、案内された部屋に閉じ込められていた。


 一応、男も要人な訳で、何かあっては不味いと、保護されたのがその実だったが、男は部屋で待たされるのに我慢ならず何度か癇癪かんしゃくを起こした。


 そんな男に、仕方なく出された一流シェフの作ったディナーが、太ったカモシカファット・セロウと呼ばれた男にとって、人生最後となる食事となった。

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